総ては、俺の弱さと自虐心が招いた結果だ。
けれどーーーだからこそ。どんなに傷ついても護らねばならないものが、在る。






















「何故止める!」
「だって……だって! イザーク、オルガが悪いわけじゃない!!」


 部屋のドアのところで漸くイザークに追いついた俺は、必死でイザークの腕を掴んだ。
 オルガは疾うにリビングの方へ向かっていて、姿は見えない。けれど声はしっかり聞こえてしまっているだろう。イザークのこの叫びを聞いたオルガが、そしてそれを止めようとする俺の叫びを聞いたオルガが、一体何を思うのか。


 ―――知りたくない。
 目を閉じて耳を塞いで、何も見ずに何も聞かずに逃げ出してしまいたい。だってやっとオルガと対等に話せるようになるかと思い、このままならイザークとも、元のようなとまではいかなくてもそれなりに穏やかな関係で居られるかと思ったのに。それなのに。
 世界はいつだって俺の思い通りにならない。誰も彼も俺を赦してはくれない。
 ああだけど、そうだ、俺はそれを望んでいただろう? ―――否、望むべきだろう?
 だから俺は立ち向かわなければならない。それで俺が悪者になることは厭わずに、ただ、俺の周囲が不幸になることは避けなければならない。


「悪くないって……お前、何か毒されてるんじゃないのか!?」
「毒され、って……」
「昔からお前は騙されやすいからな。どうせあいつに上手く云い包められたんじゃないのか?」
「なっ……ちがう!」
「何がだ。何がちがうんだ。説明してみせろ。俺に理解できるようにな!」


 激昂したイザークに縋った手を振り払われて、俺は戸惑った。
 どうすれば、上手く伝えることができるんだろう。どうすれば、イザークの怒りを鎮めて、上手く説明することができるんだろう。
 何にしても、この頭に血が上った状態のイザークは人の話など頭に入らないだろうから、今説明下手の俺がどんなに話したところで理解してもらえるとは思えない。昔からそうだ。イザークはときどき俺の話なんか聞かないで、勝手に結論を出してしまうことがある。離れたときだってそうだった。
 今も、イザークは多分怒るだろうとは思っていたけれど、それにしたってもうちょっと俺の話を聞いてくれても良いのに。昔こそひっついて離れなかった俺たちだけど、一番の成長期に一番離れた存在だったお前が一体、俺の何が判ると云うのか。

 ……判らないに決まっているだろう?
 俺でさえも上手く説明できないオルガへの想いを、事情も知らない(知ろうともしなかった)お前が、判る訳ないだろう?

 でも、と俺が云いかけてもそこでイザークはまた突っかかってきて、悉く中断させられる説得に。いくらイザークとは云え、この件だけは、イザークの力を借りずに俺自身が築いた友情(のようなもの)に関してだけは、俺も譲れなかったから。
 良い加減ふつふつと怒りが込み上げてきて、そこには恐らく数年来の不満も多分に含まれていて、一気に膨れ上がったそれは抑えつけていた反動か突如として爆発した。


「何っで、お前にあれこれ云われなくちゃならないんだ!」
「んなッ……!」
「都合の良いときだけ保護者面して、俺の意見抑えつけて、勝手にそれが俺のためだとか云って、それで満足か!?」
「ッ、貴様!」
「そうやって怒れば、俺がお前の云いなりになるとでも思ってるんだろ? 確かに昔はそうだったもんな。でも今は違う。変わってないなんて思うなよ。お前が離れてた間に、色んなことが変わったんだ!」


 ―――俺を取り巻く状況も、俺自身も。
 だからこそ、俺はお前とまた同じように過ごすことよりもずっと、あの頃に戻りたいとばかり願っていた。今あの頃と同じようにイザークが側に居てくれたとしても、あの頃のように愉しくて嬉しいばかりではいられないと、判り切っているから。
 なんだかんだで最近は、また近寄れたことが嬉しかったりもしたけれど。その歓びよりもずっと、ひた隠しにしていることがばれてしまう恐怖の方が、大きかったから。


「お、前……」
「だから、……俺、が……どれだけ……―――」


 数々の悲観を、真実を、お前に届かないように奔走していたのか、知りもしないで。
 ―――ああ、だけど。知られないようにしていたのは他でも無い、俺自身なんだけど。

 どうしようもない矛盾に、それまで滾っていたはずの自信ごと身体中の力が抜けてしまい。すぐ背中にあった壁にずるずると倒れ込む中で、何を云いたいのかも判らないまま続けようとした台詞は咳に掻き消された。

 ……これこそ。
 イザークに最も知られたくない秘密のひとつだったのに。

 気付かないでくれると良いなと思いながら、段々とホワイトアウトしていく視界と思考の中を、一転して慌てたようなイザークの声が微かに響いていた。
 アスラン、と。何度も何度も、俺の名前だけを。


(―――いつかの日にも、そうだったら良いなって、思ったけど)


 俺の幸福がお前の悲嘆に繋がるって判っているから、俺はお前の倖せだけを優先してきたのに。
 今こうして俺を呼んでくれるイザークの声に、むくむくと湧き起こってしまう俺のほんとうの願いを。押し込めて閉じ込めて瞼の裏側に映った景色は、桜に霞んだフィルタの向こうに掻き消えた、過去の俺とイザークの姿だった。