絶望から目を逸らす術を知らない
孤独を癒す術を知らない






















 孤独はもう、慣れてしまったから、辛くは無い。
 だけど、似たような想いを抱える同胞が居たらと、思わないわけでは、なかったんだ。




















「アンタ……?」


 桜の花が進級を祝うように、若しくは、気だるげな春の午後を憂えるようにその身を散らしていた。
 俺はその中で、俺ができることについて長いこと考えていた。花弁の何枚かが俺の視界を横切って、俺の髪や制服に纏わりついたけれど、俺はそれを後になって桜並木を抜け出すまで気付かなかった。
 どのくらい前だったか、キラ・ヤマトと一緒に校門をくぐってゆくイザークの姿を見た。そしたら帰路へ向かうはずの足が凍ってしまって、ほんの数ヶ月前のこととかがぐるぐる頭の中を旋回して、気付いたら、人気がなくなっていた。一瞬だけ遠くを見るようにしたイザークと目が合った気がするのなんて、愚かな俺の幻想だろう。
 遠く、熱心な運動部の掛け声だけが風に乗って聞こえてくる。
 俺はその声にすこし我にかえって、丁度目の前の花弁をひとつ、掴んでみた。
 ……なにも変わりやしない。掴んだ花弁一枚、俺の中で次第に萎れていくだけで、目の前の景色はなにも変わらない。
 ああこんなものだろう、と思った。俺がイザークに掛けられたたった一言の挨拶に狂喜乱舞するほど喜んだとて、イザークにとって、それはたくさんのひとに向けた挨拶の中のほんのひとつに過ぎないんだ。


「おい、アンタ」
「え……」


 痺れを切らしたようにかけられた声が、どうも俺の肩に向かっていた気がしたから、ふと振り向いて―――















 もしかしたら人生を揺るがすような大きな出来事だって、始まりはいつもいつも唐突だ。










「アンタ、ザラの……だよ、な」
「きみ、は、確か、ア……」
「―――いや」
「え?」


 お互いただ呆然と、すこし離れた場所に居る相手を見ていた。その距離の中に舞い散る大量の桜も目に入らないくらいに。
 けれどその驚きは何故相手が此処に、ということに集約されていて、頭の中ではさっきも思い浮かべた数ヶ月前の出来事が、滑稽なくらい冷静に渦巻いていた。
 その中で、ひとつの名前を探り当てる。
 けれど、相手は苦笑してその名を呼ぶのを制した。


「養子に、入ったんだ。だから今俺は、サブナック。オルガ・サブナックだ」
「そう、か……」
「ああ」


 暫し刻が止まったかのように。
 まじまじとお互いの姿と、それから多分、お互い過去の記憶を見遣っていた。
 総て清算されるまでに、たっぷり数分は要しただろうか。
 俺は漸く、何か云うべきだと気付いたけれどそれは言葉にならず。結局、元よりの性格のためか、先に口を開いたのは相手の方だった。彼は固めた髪を無造作に掻き毟って、俺へ向けたのかどこへ向けたのか判らない目をして、後悔なのか呆れなのか嫌悪なのか判らない顔をしていた。


「あー、そっか。そうだよな。ザラなんて金持ちだもんな。この学校の生徒だったなんて、当たり前じゃねぇか」
「え、と……?」
「そういや、その制服着てた気がするわ。何で気付かなかった、俺……」
「あの……」
「悪ぃな。俺、この四月からこの学校通うんだよ」
「……え?」
「俺を引き取ったサブナックってのが成金でな。問答無用でこの学校に入れられたわけだけど……いやぁ、お前が居るのは予想してなかった」


 参った参った、と軽そうに云う相手の目線は、しかし、明らかに俺を避けていたし、行き場無く大ぶりにジャスチャーをする手はすこし震えているようにも見えた。
 そりゃ参っただろう、と俺も思う。一体この再会を、どんな言葉で結べと云うのか。


「あ、の……」
「何だよ」


 それでも向こうは気まずそうに俺の反応を待っているような気がしたから、声を掛けた。
 掛けたけど、以前会ったときと同じ鋭い眼つきで見返されて、思わず口をついて出てきてしまった言葉と云えば。


「……これから、宜しく」


 何だろう、この台詞。
 云ってしまった自分も訳が判らない。
 相手が「はぁ?」と云って盛大に顔を顰めたことに、我ながら思いっきり頷きたい気分だった。