バラバラに砕け散った欠片をひとつひとつ拾い集めながら、考える
一体、何を落としたんだっけ?
まだぱらぱらと体育館から出てくる生徒たちに、俺は自分でサボりを決行しておきながらすこし安堵して教室へと向かう波に紛れた。
「……あ! アスラン!」
「ニコル……」
「もー、先行っちゃうんですもん。待ってくださいよ」
俺はまだ云い訳を思いつかないままで内心慌てていたと云うのに、ニコルは周囲の人間に聞かれても平気なように機転を利かせてくれた。
「悪い」
俺も不自然にならないよう流れから外れて、ニコルの追い付くのを待った。
「……大丈夫でしたか?」
「うん、平気だよ。ごめんな、心配かけたみたいで」
すぐ側に来てから小声で聞いてくるニコルに、俺はとにかく安心させようと微笑んだ。こそこそしていかにも内緒話をしてますとも見られないように自然に声だけ潜める辺り、"鋭い"というオルガのニコルへの評価を思い出して余計に笑みが零れる。
「それは構いませんけど……特に何かあったわけじゃないみたいで良かったです。気をつけてくださいね」
「うん。……有難う」
「いいえ」
ニコルの態度に、俺は感謝と申し訳のなさを覚えた。
ニコルはこんなに無条件に俺を心配してくれて、そして無事を喜んでくれるのに。俺は云い訳をしようとしていたなんて、そんなひどい話があるだろうか。けれどきっとニコルは謝罪の言葉は受取ってくれないだろうと思ったから、感謝の言葉だけを口にした。
何も詳しいことを聞いてこないニコルに、本当は薄々オルガに関して気付いているんじゃないかと思いながら。俺は結局、この子の優しさに甘えてしまうのだった。
「でも一限が潰れたのはちょっとラッキーでしたね。校長の話は長くてお尻が痛くなっちゃいましたけど。僕、数学で当てられそうだったので」
「ああ、あの先生、日付で指すもんな。でもニコルは優秀だから当てられても平気だろう」
「そんなアスランじゃあるまいし。誰だって当てられるのは厭ですよ」
「俺だって厭だよ」
「え? そうですか?」
「何でそこで驚くんだ。誰だってって、今自分で云ったじゃないか」
「だってアスランって、そういう規格から外れるんですもん」
「何だそれ」
ニコルは俺を少々偶像化している面がある。俺はそんな立派なわけでも、綺麗なわけでもないのに。それで云うのならば、見る者の気分を落ち着かせるような笑みを湛えるニコルの方が、俺はよっぽど綺麗だろうと思うのに。それでも、ニコルがそうやって慕ってくれること、そのこと自体は浅ましくも嬉しいと思うのだった。
教室に着くと、俺たちは随分と後の方だったみたいで、大半の生徒が既に教室内に居た。しかし席についているわけではなく、何やら教卓の前に集まっている。
「……?」
クエスチョンマークを浮かべて入り口に突っ立っていた俺たちに、その騒ぎの中心に居たキラ・ヤマトが気付いて手を振って来た。
「アスラン君、ニコル! 遅かったね。今席がえしようと思ってさ、くじ引いてるんだ。おいでよ」
「席がえ……ですか?」
「そう。一限は結局潰れるみたいだけど、まだちょっと時間あるじゃない。だから有効利用」
「―――だからと云って何でお前が仕切っているんだ」
「イザーク! 君が遅いからいけないんだろ。僕はちゃんと担任にも皆にも了解は得たもんね」
「え……」
ヤマトに誘われるがまま、教壇に近付いて行くニコルをぼんやりと見ながら扉の前でそのままヤマトの話を聞いていた俺は、背後からかけられた声に思わず飛びのきそうになってしまった。振り返ると、想像した通りの人物が想像した通りの表情で立っている。
「あ、悪い……」
「―――いや」
そういえば、何処に居ても目立つはずのイザークの姿を教壇の輪の中に見なかった。いつも無意識に彼の姿を探してしまう俺なのに、気づかなかっただなんてどうかしている。しかも、後ろにはディアッカの姿まであった。
二人は俺より早く戻ったはずなのに、どうしたんだろう。そう思ったけれど、深く考えるまでもなく朝礼に後から紛れ込むなんて無理だとすぐに気付いた。きっと、何処かで時間を潰していたんだろう。俺とオルガのようにどうせならと一時間目をサボろうとしたに違いない。だけど結局長話の所為で授業は潰れていて、教室はこんなことになっているから困惑しているのだろう。―――この、不可解な表情の意味はきっとそれだろう、と俺は都合良く解釈した。
出入り口を塞ぐかたちになってしまっていた俺は、すぐに身を引いて二人が通れるようにした。けれど、イザークもディアッカもそっと入って来ただけで奥まで行こうとはしない。ディアッカに到っては、ちらちらとこちらを見ている。昔はイザークと共に彼と遊んだこともあるが、最近の無愛想な俺の態度が気に入らないはずのディアッカなのにどうしたことだろう。さきほどの図書館での会話が尾を引いているのだろうか。ならば俺がニコルの側まで行こうか、そう足を踏み出した瞬間、自然と俺の隣に立つことになっていたイザークが口を開いた。
「……何もそんなびくつかなくても良いだろう」
「え……」
台詞の意味と、眉を顰めた不機嫌そうなその表情と。一体どちらから解釈すれば良いのか、迷っているうちに腕を掴まれ、イザークの方へと引き寄せられる。一瞬の眩暈と、激しい鼓動。掴まれた部分のあまりの熱さに、俺は漸く、俺が今立たされている状況を把握した。
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