あ あ 光 、  光 だ
俺を焼き尽くし、灼熱の煉獄へと追い立てる、唯一で絶対の






















「アスラン」


 声。
 俺を繋ぎとめる声。
 俺を、呼び戻す声。
 目を開けてからも呆然としたまま身動きしない俺に、痺れを切らしたように紡がれた声で漸く俺は視線を廻らせた。


「アスラン」


 時を置いて、もう一度。
 俺を呼び起こして、そして置き去りにした、声。


「……イザーク……」


 すぐ側に在った気配に、俺はひどく安堵した。
 最近感じていなかったし、見かけただけでびくびくしていたはずの、その姿に。俺は深く深く、安堵したんだ。


「大丈夫か?」
「俺……」
「ああ、無理するな。今医師を呼ぶから」
「イザー…ク」
「ナースコールで呼ぶだけだ。お前の側を離れやしない」
「………」


 "お前の側を離れやしない"
 その言葉が俺の頭を支配して、そしてこびりついて離れない。

 ―――ねえイザーク。君はとても、残酷だ。とても、とても優しくて、そして残酷だ。





(嘘吐き)


 スピーカーに向けて俺の覚醒を告げるイザークの死角で、俺はそっと口を動かした。例え無音でも吐き出してしまわないと、泪となって溢れてしまいそうだった。


「今医者が来て説明してくれるだろうが。左足、骨折してるそうだ」
「ああ……何か、痛いような気もする」
「……麻痺してるんだろう。とは云っても、そんなひどいものじゃないらしいけどな」
「ふうん……。俺の足、何処にあるんだろうとか思ったけど」


 千切れたわけじゃなかったんだ。
 呟く俺に、イザークがぎょっと目を剥いた。


「……覚えてるのか?」
「うん。しっかり。……母さんの声が段々小さくなっていったのも、全部覚えてる」
「そう、か……」
「……父上は、母さんのところ?」


 俺は当然の疑問としてただ尋ねただけのつもりだったのに、イザークは戸惑いがちにそっと頷いた。始めは何でだろうと思ったけど、まさかあの仕事人間がこんなときにまで来なかったとでも云うのかと思ったけど、イザークの気遣いの様子で俺は悟った。

 ―――ああ、俺が本当に事態を判っているのか、判断つきかねているのか。若しくは、認められないでいるとでも思っているのか。

 今更そんなことを心配するイザークに、俺は大丈夫だと微笑んでみせた。
 判ってるよ、大丈夫。ちゃんと判ってる。―――母さんは、死んだんだろう? 俺の目の前で、死んだんだろう?
 だって俺は、母さんの命の焔が消えかけてゆくのを、この目でしっかり見ていたんだ。……ただ、見ていたんだ。


 イザークが俺に何か云い掛けたそのとき、大袈裟な音を立ててドアが開かれたのでイザークは口を噤んだ。そのつづきは気になったけれど、今彼の口から紡がれる言葉を聞いたらきっと啼いてしまうだろうから、俺は無遠慮な医師たちに感謝さえした。
 医師は俺の意識が混濁していないか確認すると、簡単に俺の状況を説明してくれた。奇跡的にも左足を骨折しているだけで、他は擦り傷切り傷が数箇所ある程度らしい。ただ、それは外傷の話であって意識のないままに簡単に行なった検査では特に異常もないようだけれど、頭部を強打している可能性もあるから、意識がはっきりしているならすぐにでも精密検査をしたい、とのことだった。
 俺はそんなことより、"奇跡的"という言葉に嫌悪感を感じて戸惑った。


(……奇跡? 母さんは死んでしまったのに、それを奇跡と呼ぶの?)


 俺が無邪気に信じた奇跡は、そんなものじゃない。
 視界がぐるぐると回って、何も見えなくなった。もともと見えていたものは真っ白な天井だけのはずなのに、其処にはたくさんのものが渦巻いていた。それは母さんの笑顔だったり、妙にスローモーションに感じるトラックが向かってくる光景だったり、いつもの父上の厳しい顔だったり、母さんの白い手だったり、イザークと遊んだ日の空の青さだったり。その無秩序さに俺は酔ってしまって、何かを求めるように手を動かした。
 何を掴めるはずもないと思ったその掌は、しかし、不意にひんやりとした感触に包まれた。


(―――ああ、イザークだ)


 冷たいと思うまでに冷え切ったその手の久方振りの感触を、忘れていない。どんなに時間が経ったとしたって、俺はきっと忘れやしない。
 手を繋いで、突き抜けるような青さの日々を駆け抜けたあの頃。―――もう戻ってはこない、過去の思い出たち。それらひとつひとつが甦ってくるような感覚に、漸く俺の意識は冴え渡った。


「判りました」


 本当に大丈夫かと念を押す医師に、何をして大丈夫だと問うているのか逆に聞きたかった。


「じゃあ、明日早速出来るように手配をしておきます。今日はゆっくり休んでください」


 忙しいのか居心地が悪いのか、医師は手短に検査内容を説明すると慌しく出て行った。
 彼らが出て行った一人部屋の病室はひどく静謐で、俺は間を持たせようと特に何もない中をぐるりと視線だけで見渡した。


「……ここ、いつもの病院?」
「ああ。お前は普段小児科だからあの医者は知らないだろうが。外科病棟だ」
「ふうん……」


 小児喘息を患っている俺は、ずっと小児科に通っている。他にも疾患があったりするけれど、そのどれもが幼少の頃からずっとだから、中等部に入っても小児科のままだ。待合室とかだと小さい子に囲まれることになるからちょっと恥ずかしくて、そろそろ普通に内科か呼吸器科にでもしてもらえないものかと思っていたものだけど。
 ……こんなことで違う病棟にもお世話になるなんて、決して望みはしなかった。


「……俺、」
「うん」
「何にも、出来なかった……」
「…………」
「声……母さんの声が、今も聞こえる気がするのに」
「……アスラン」
「イザーク。俺はどうして生きているんだろう」


 茫洋と呟いた、その瞬間
 




 ダン





 鈍い音と、揺さぶられる感覚が俺を襲った。


「え……?」
「何、を、云ってるんだ、お前……」
「イザー、ク?」


 衝撃は然程なかった。
 白い肌を滾らせ、静かに激昂するイザークの姿をただ呆然と認め、漸くイザークが俺の横たわるベッドを殴ったのだと思い至った。
 優しすぎる彼は、俺の言葉に怒りながらも俺を殴ることだけはしなかった。否、できなかったのだ。


「……知らせを受けた俺が、一体どんな気持ちだったのか。お前、判るか」
「…………」
「置き去りにされる者の気持ちは、今のお前になら判るだろう」





 ―――イザーク。

 確かに俺は置き去りにされた者だ。痛いほどに、その痛さに潰れてしまいそうなほどに、お前の云いたいことは、判る。

 けれど。





 それをお前が、云うの?