Re;volver
星と野良犬


「ではスザクは、もしかしてこれからルルー……アリエスの離宮に向かうところですか?」
「あ、はい。そのように云われています」


聞き覚えのある単語に素直に頷けば、何故かユーフェミアはすこし怒ったように腕を腰に当て、怒っているようなポーズをつくった。


「もう! 敬語も良いんですよ!」
「いや、しかし……ユフィこそ……」
「私のこれは、元々の口調ですから良いんですっ。それにスザクは、ルルーシュと同い年と聞いています。と云うことは、私より一つ上でしょう? それなら尚更、敬語はやめてくださいね」
「はぁ……あの、じゃあ、すこしずつ……」
「仕方ありませんね。それで許してあげます」


スザクの想像していた、我が侭なお姫様の想像図にすこしだけ似たようなユーフェミアの云い方にすこしだけ笑みを漏らして、スザクは首を傾げた。


「あの、ルルーシュというのは……」


さきほどユーフェミアが発言した単語だが、それを聞いた瞬間、どこかふわりと懐かしい気持ちが湧いたのだ。気のせいかとも思ったが、いまこうして自分で改めて口に出すと、それは間違いなく胸に差込むような郷愁を覚えた。
なんだろう。初めて聞く響きなのに。
確かに綺麗なことばだとは思うけれど、それだけではない何かを感じる。


「ルルーシュは、私の一つ上の兄です。アリエスの離宮に住んでいて……それはもう、素敵な男の子なんですよ!」
「え、そうなんです……そうなんだ」


人の名前であることくらいは予想していたが、何故その名前にこんなに身体が反応するのかが判らない。
ユーフェミアの兄とすれば、当然その身分はブリタニア皇子ということになり、いままで日本を出たことのなかったスザクとの接点などないはず。それにスザクと同い年なら、さすがに日本にまで名前が売れているとも思えない。スザクが知る皇族の名というと、皇帝以外では第一皇位継承者のオデュッセウスや次期宰相と名高いシュナイゼル、戦場で名を馳せはじめたコーネリアが精々だ。ルルーシュという名は、初めて聞くはずである。
自分の気持ちを持て余し戸惑いながら、それでも敬語を云い直したスザクに、ユーフェミアはぱあっと表情を明るくさせた。


「はい! だからスザクとは、これから一緒に暮らすことになるんですね。羨ましいです」
「羨ましいって……」
「とっても羨ましいです。私の家はここだから、すこし離れていてそう頻繁に遊びには行けないし」
「ここ、って……」


そう云われて、スザクは道なりに並び立つ木々よりも向こう、先程からなかなか途切れないと思っていた宮殿を囲む柵に目を遣る。柵のすぐ傍は生け垣が深く、宮殿そのものは天辺の方がちらりと離れた場所に見えるのみだけれども。
その視線を追い掛けるように、ユーフェミアが注釈を加えた。


「ここが、私の住むリ家の宮です。アリエスの暮らしに慣れたら、スザクも遊びに来てくださいね」
「はぁ……」


無理だろうな。
直感でそう思いながら、スザクは愉しそうなユーフェミアに一応そう返事をしておいた。


「あ、でもそれよりは、私がアリエスを訪れる方が多いかも知れません。ちょうど今日もこれから向かうところだったの。良ければ、一緒に行きましょう!」
「へ、」


ユーフェミアがそう云って指をさしたその先は、確かに先程からスザクが目指していた方角だった。
とたん急かしはじめるユーフェミアになんとなく引き摺られるかたちで、いままで立ち止まっていた場所からまた歩き出す。


「スザクはまさか、ひとりであそこまで歩いて行くつもりだったの?」
「え、あ……うん。ある程度手続きみたいなのをした後、次に行くのはあそこですよって教えられたから」
「送る者も居なかったの? アリエスへの紹介は?」
「いや、何も……。ペンドラゴンの空港に着いたら軍人っぽい人が待ってて、そのまま皇宮に連れて来られたんだけど……着いたらまず、皇宮のセキュリティデータに登録するためって云われて、いろいろデータを取られて。その対応をしてくれたのは事務官っぽい人だったよ。それが終わったら、あそこに見える、白い綺麗な建物を目指すようにって云われたんだ」


スザクの説明に、ユーフェミアが形の良い眉をひそめる。


「まぁ、ひどい対応。後で云っておきましょう」
「あ、いや、そこまでは……」
「気にしないで良いんですよ。スザクは、賓客?なんだから。お兄様がそう云ってらしたもの」


賓客……――確かにそういう存在に対するような態度ではなかったが、そもそもスザクはそう呼ばれて良い存在なのだろうか。
判らないので、曖昧に頷いておく。


「でもユフィこそ、ここからひとりで歩いて行くんだろう?」
「ええ、でもそれはいつものことなんです。私がアリエスに行こうとすると、いつもお母様が邪魔をするの。だから抜け出して来たんです」
「抜け出し……って。だからって、あんなところから」
「そう。窓から出て、植え込み伝いに」
「ええ…? そんな、危ないよ」
「だって、入り口は反対方向だから遠いんですもの。スザクはアリエスに入るんだから、こっち側の人間よね。くれぐれも、内密にお願いします」


こっち側、というのが何のことか良く判らなかったが、人差し指をくちびるの前に掲げて、しー、と囁くユーフェミアの可愛らしい動作にすこし和んでしまい、結局スザクは大人しく頷いた。


「判ったよ……それに僕も、あそこまで行ったところでひとりで入るのはすこし不安だったから……」


あそこを目指せ、そう云われただけで、いざ着いたところでどう説明すれば良いのか判らないし、あちらに本当に話が行っているのかどうかも判らない。
正直なところ、ユーフェミアが付いていてくれるのなら助かった。この偶然の出逢いに感謝したい。
そんなスザクの正直な気持ちの吐露に、ユーフェミアが同情顔で神妙に頷く。


「それはそうですよね……今日のところは、私のことは案内人とでも思ってくださって構いません。でも、アリエスはみんな良いひとたちですから、安心してくださいね」
「……そう、なの?」
「はい。慣れない土地で大変だとは思うけれど……受け入れ先がアリエスだなんて、むしろ運が良いくらいですよ!」


天真爛漫に微笑むユーフェミアに、それはあくまでもスザクの場合には当てはまらないのでは……そう思ったが、その笑顔を曇らせることは憚られて、スザクは「だと良いな」と零した。
どんなにユーフェミアに癒されたからと云ったって、やはり期待は、そこには微塵も含まれていなかったけれど。