Married on Wednesday, |
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「イザークイザーク! 大変だ!」 「……なんだ?」 「冷蔵庫が空なんだよ! 空き巣にでも入られたんじゃないか?」 「はあ?」 イザークが心の底から邪魔ですと云わんばかりに盛大に顔を顰めていると云うのに、アスランは構わずイザークの寝室へ入り込んできた。 アスランは貧血の方はもうすっかり良いようで、今朝から元気に走り回っている。ただ、身体中に巻かれた白い包帯が痛々しくはあるが、それは時折動かす際に顔を顰める程度で済んでいたので、イザークはもう平気だろうと判断し、彼に奪われていたベッドを今朝方奪取したばかりだ。 「なんの話をしてるんだ?」 「良いから、キッチンに来てみろって!」 「引っ張るな! それに冷蔵庫なら、初めから空だが?」 「えええええ?」 アスランはベッドに潜り込んだイザークの腕を持って勢いをつけた態勢のまま、大袈裟に驚いて見せた。 「―――五月蝿い」 「だ、だって。……じゃあ、ご飯はどうするんだよ!」 「棚の中にこれでもかってほど入ってるはずだ」 「え、棚?」 疑問符を浮べながらアスランは、大人しくイザークの腕を放し寝室のドアを開け放ったまま出て行く。なんとなく、アスランの云わんとしていることは理解できたような気がしたイザークは、二次災害に供え頭ごと掛け布団に埋もれた。 「なんだよコレはーッ!」 ―――ああ矢張り 生粋のお坊ちゃまが、レトルトじゃあ文句が在るとでも云うのか、畜生め。 そして矢張り想像通り、アスランは覚えたての名を叫びながら寝室への襲撃を再開した。 「イザークイザー……って、なに布団被って寝てるんだよ!」 「五月蝿い……喧しい、俺は眠い」 「だから寝て良いって」 ベッド奪っちゃったのは俺なんだし、と、殊勝そうに話すその言葉の裏に歴然と鎮座している矛盾に、気付いていないとは云わせない。 イザークは仕方なく(と云うよりはもう安眠を放棄して)布団から顔を出した。 「それを悉く起こしにかかっているのは貴様自身だろうがッ……!」 「だって! 俺は、お礼とかお詫びとかに、イザークにごはんつくってあげようと思って……」 しゅん、と項垂れるアスランに、ちょっとコイツ可愛いかもと思ってしまう己の価値観がいっそ憎い。 「なのに食材はないし……在るのはレトルトばっかりで、つくり甲斐が無いし、俺がつくる意味も無いしっていうか、レトルトは身体に悪いんだぞ!」 「要点を纏めて話せ、要点を」 「俺は育ち盛りだし、イザークは身体にガタが来始める頃……って痛い痛い痛い!」 「で?」 「うう……」 アスランは赤くなった頬を擦りながら、怨めがちな眼でなにかを訴えていたが、そんなものはきっぱり無視の方向でイザークはもうすっかり身体を起こして腕組みをしていた。―――身体を起こしてしまったのは聞き捨てならない台詞の所為でもあったが、まあその辺りは突き詰めないが吉だ。 「……それ、で、」 「ああ」 「レトルトはいけないと思うんだ」 「別に問題は無い」 「……なんで。あんな立派な冷蔵庫があるのに、空っぽだったぞ?」 「突然家を開けることが多いからな。食材を買い込んでも腐らせるのがオチだ」 「……イザーク、いなくなるの?」 「はあ?」 「だって今、」 「ああ……別にお前を置いて行きはしないさ」 「―――本当?」 「嘘ついてどうする。……ああ、俺が楽しいだけか」 「なんだよソレ! え、って云うか俺置いてかれるの?」 「落ち着け。そんな面倒なことはしない。家を開ける用事ってのも、単に仕事だしな。それに、お前をひとりここに残すのなんて危険だろう」 「……それは俺の身体が? それとも家が?」 「さあな」 「くッ……」 「良いから、腹減ってるなら好きに喰え」 「ち、違うって!」 「あ?」 「俺が食べたいわけじゃないって。大体、なんでホントに文字通り何にも入ってないのに、冷蔵庫の電源入れてるんだ?」 中、キンキンに冷えきってたぞと喚くアスランに、ああそれで良いのだと安心した。 いつだってあの中は冷やしておかなければならない。そう、なにものも腐らぬように。 「……いつか使うかも知れないからな」 「いつかって?」 「家に居る間、いつ新鮮なものが喰いたくなるかも知れんからな」 「でも結局今までもレトルトばっかりなんだろ?」 「まあ、それで事足りているからな」 「なら電源切れよ!」 勿体無いじゃないか! と意気込むアスランに、コイツは本当にお坊ちゃまかと思わず項垂れる。 「もう、良い……。一回寝たら買出しに行こう」 「本当か!?」 「ああ。なんでも好きなもの買ってやる。だから、冷蔵庫でもなんでも好きにつかえば良い……」 「だから違うって。イザークの好きなものはなに?」 「は?」 「だから、イザークに俺の手づくり料理を食べて欲しいんだってば」 「……気にするな」 「なんだよその目は! 云っとくけど、俺は料理上手いんだからな!」 「花嫁修業か?」 「からかうのもいい加減にしろって! ……ああ、もう良いッ!」 それはこっちの台詞だと云いたいのを思わず飲み込んでしまったのは、何故か意気込んだままのアスランがもぞもぞと布団に入り込んできたからだ。 「……何やってる、貴様」 「叫んだらクラクラした。だから寝る」 「リビングにソファが、」 「怪我人につかわせる気か?」 「じゃあ俺が、」 「疲れてるんだろ? イザークは背高いから絶対ソファじゃはみ出る」 「なら、」 「一緒に寝るしかないだろう?」 「しかないってなんだ。他にも方法は色々と、」 「ないよ。イザークは寝なきゃだめだ。あったかいところで寝ないから、キレやすいんだよ」 「それとこれとどう関係が在る」 「俺と一緒に寝ればあったかいよ」 「あのな……」 「イザーク、俺は決めたんだ」 「……なにを」 曲者だったり、抜けていたり、意外と熱かったり。 一昨日から二転三転するアスランの印象に、「会話が成り立たない」という項目を付け加えることにしたイザークはそうすることで早々に諦めて、アスランの好きにさせることにした。だって、いちいち相手をするのは、本当に疲れる。思春期で多感なこの頃は自分もそうだっただろうかと自問してみたが、いやここまでじゃないと速攻で否定を返した。 「俺は死んだはずなんだ。だけど、イザークに生かされた」 「……そうだな」 「ならこの命はイザークのものだ」 「はあ?」 「うん、そう云うと思った。そんなもの要らないって」 「判ってるならその通りにしろ。俺は手助けくらいはするが、それを自分のものだと思うほど傲慢でもなければ、支えになってやれるほど親切でも無い」 「うん、知ってる。だから勝手に支えにすることにしたよ」 「……もっと俺にも判り易いように話せ」 「俺はね、イザーク。イザークがどう思おうと、イザークのために生きることにしたんだ」 「どうしてお前の云うことはそうも一貫していないんだ?」 感情に突き動かされるがままにフラフラしているだけのように思えるのは俺の気の所為か? そのイザークの疑問に、アスランはまるで判ってますというようにフッと一度笑い、それでも矢張り己の持論をつづけるのだった。 「だってイザークがどんなに否定したところで、イザークが救った命は、確かに此処で息づいているんだよ」 どうしてこんな厄介な奴を拾ってしまったのか。そんなものは、もうずっと、その血に塗れた身体に手を伸ばした瞬間から後悔しつづけているのだけれど。―――それでも、どうしてもその髪の色をうつくしいと、思ってしまうのだから救えない。救えないのは、アスランのことじゃない。イザーク自身だ。……何て傲慢な、と、思うのだけれどそれでも夜の色はイザークの瞳の中で瞬いている。 「俺はイザークに望まれて生き返った。だから俺はね、イザークのために生きることにしたんだ」 これはイザークの命だよ。良いね、イザークには命がふたつ在るんだ。 |