温かさと
を知る。
八月三日 水曜日




すいようびにけっこんして、










































アスランは記憶というものを、基本的に持たない。
それは必要最低限、例えばのちのち必要な記録だったり、イザークへ報告すべきことだったり、それらで精一杯だからだ。主義と云われればそうかも知れないが、じゃあ思い出をつくれと云われたらきっと無理だろう。日々の出来事はいつもアスランをすり抜けて行く。
だから、アスランにとって、思い出すという行為は奇跡的なことなのだ。
過去の出来事を思い出す。良くその機能が働いてくれたものだと思うが、きっとそれは心ではなく、頭の働きなのだろうと思う。


「……この前はどうも」


この前。
それはいつのことだっただろうかと考える。判らなかった。けれどそれはきっとあまり重要なことではない。重要なのは、アスランがこの顔を覚えているということだ。玄関の扉を押し開けた、その先に居るこの人間の顔を。


「イザークは、居る?」


覚えていないの? そのときの哀しそうな微笑い顔ではなく、今は朗らかな顔は、アスランにそう訪ねてくる。客だと判断したは良いが、知り合いかどうかが区別つかなくて、一体どうしたら良いものか困り果てた。
知らない人間は通すな、とイザークには云われている。だけど知らないわけじゃなく、どれだけの頻度かすらも判らない(何せ覚えていないのだから)奇跡のおかげで、アスランはこの顔を知っているのだ。だけど客は、アスランではなくイザークを尋ねて来ている。
さて、一体どうすべきか。


「……イザークの、知り合いですか」
「俺はきみとも知り合いだよ、アスラン」
「そうですか」


名前を呼ばれたことにすくなからず驚いたけれど、そんな素振りを見せたら負けだと思ってそのまま返事をした。とても凄まじいプレッシャーを感じるのは、気のせいなのか事実なのか。そういう感覚的なことは難しくて良く判らない。


「覚えてないの?」


客曰くの、この前、と、同じ質問。


「覚えていますよ。この前、も、そう訊かれた」
「そうじゃなくて。その前のことを」
「俺には必要が無いので」


記憶も、過去も、思い出も、アスランを苦しめるものでしかない。だからアスランはそれらを持たない。

そんなものは捨ててしまった方が楽だ。

そうだ、そう云ったのはイザークだった。思い出した。またひとつ、奇跡が起きる。
アスランの記憶か、過去か、思い出か、そのどれかであるらしい客は、今度は生ぬるい笑顔でアスランを見つめていた。


「……そう。じゃあ仕方無いのかな」
「何が?」
「この前の仕打ちは」


仕打ちと偉そうに客は云うけれど、アスランは一体全体この前というときにこの客に何をしたのか、全く思い出せなかった。覚えていないの? そう訊かれて。一体、何を。
答えたのだったっけ?


「良く、判らないので。イザークに訊いてきます」
「過去が君たちを連れ戻しに来たんだって、そう伝えてね」


過去が一体何をしてくれるんだと思ったので、イザークには客だとだけ伝えておいた。それから、この前会った人物だということを。
イザークは、やはりなという呆れた顔をして、アスランを部屋にのこし、応対に出た。それから後のことは、アスランは知らない。ただすこしの遣り取りが聴こえて、それだけだった。















もう動かない ソレ に
そっと口接吻