かようびにせんれいをうけて、 |
棚は壁に埋め込まれ、部屋には簡素なコンロと流し台だけ。全体的に白くて、棚の取っ手の部分だけが鈍色。それが、イザークとアスランのダイニングだ。 その中で、ひときわ異彩を放つものがある。モスグリーンの冷蔵庫。このダイニングにたったひとつ、家具と呼べるものだ。それは丸みを帯びていて、ドアはひとつ。大きな鉤鼻のようなシルエットを持った、シルバーの取っ手。コンセントはどこに繋がっているのか、耳を澄ますと、ヴォーン、低く鈍い電子音。 ―――だけどアスランは、その冷蔵庫をつかったことが無かった。 流しの下に保冷庫が在るから、それをつかえと、イザークに云われている。生の肉だとか魚だとか足の早いものは買ってくるな、とも。どうしても食べたければその日のうちに調理するか、外食だ。ただし、いちばんちかいリストランテまで、おんぼろのジープで三十分。そう嘲笑を含んだような、冷えた声音で云われた。 どうせお前だって食べないんだろう、そう云われた気がしたから、ベジタリアンというわけでは無いんだな、と返した。精一杯の厭味には、やはり嘲笑で返されて、会話は終わった。 日持ちのするオートミールと、ドライフードと、レトルトと。長いことそれくらいしか食べていない気もした。 そう云えば昔、身体に良くないって怒ったこともあったけな、とアスランは苦笑を漏らした。今ではすっかり毒されて、そんなこと気にもしていない。楽で良いじゃないかとさえ思う。 「……何を笑っている」 「別に……そんな風に見えたか?」 「貴様が顔の筋肉を動かすことが久々すぎる」 「そうかな」 首を傾げながらも、道理で頬の辺りがぎしぎしするはずだ、と感心した。 「……そうかもしれない」 「認識できるだけマシか。たまには泣くか哀しむかしてみたらどうだ?」 「喜怒哀楽」 「そうだ」 「……なんで、怒るか、とは、云わない?」 「俺が面倒くさいだろうが」 「そんなものか」 「ああ」 「ふぅん……ああそうだ、イザーク。俺、奇跡的に覚えてることがある」 「なんだ?」 「覚えてないのかって、哀しそうに云われたんだ。道行くひとに」 「昨日か?」 「多分、買い物に行ったとき。昨日だったっけ」 「どんなやつだった?」 「覚えてない」 「貴様の脳は、相変わらず失敗作のようだな」 「不良品なんだよ。きっとそのうち交換か修理かできるさ」 今までもそうやってだましだまし、生きてきたんだ。 誇らしげに胸を張るアスランに、イザークは珍しく口端を擡げた。 「……イザークが笑う方が、珍しいじゃないか」 「そうかも知れんな。まぁ良いさ。貴様もそのうち思い出す」 「笑い方を?」 「哀しそうに微笑った、道行く人間の顔を、だ」 そう云って、イザークは部屋を出て行った。 やっぱり引き戸のような気がしたが、アスランは黙っていた。 哀しそうにわらった、顔。覚えていないの? ああそうだ、確かにあの顔はわらっていた。覚えていないの? そうアスランに訊いて、そして微笑んでいた。そうだ、すっかり忘れていたけれど。わらっていた、のだ。あの道行くひとは。 けれどどうして、イザークにはそのひとがわらっていたのだと判るのだろう? |
冷やす。 |
凍らせる。 |
二度と起き上がってこないように |