どこかに落っことす。
名前
八月二日 火曜日




かようびにせんれいをうけて、










































棚は壁に埋め込まれ、部屋には簡素なコンロと流し台だけ。全体的に白くて、棚の取っ手の部分だけが鈍色。それが、イザークとアスランのダイニングだ。
その中で、ひときわ異彩を放つものがある。モスグリーンの冷蔵庫。このダイニングにたったひとつ、家具と呼べるものだ。それは丸みを帯びていて、ドアはひとつ。大きな鉤鼻のようなシルエットを持った、シルバーの取っ手。コンセントはどこに繋がっているのか、耳を澄ますと、ヴォーン、低く鈍い電子音。



―――だけどアスランは、その冷蔵庫をつかったことが無かった。
流しの下に保冷庫が在るから、それをつかえと、イザークに云われている。生の肉だとか魚だとか足の早いものは買ってくるな、とも。どうしても食べたければその日のうちに調理するか、外食だ。ただし、いちばんちかいリストランテまで、おんぼろのジープで三十分。そう嘲笑を含んだような、冷えた声音で云われた。
どうせお前だって食べないんだろう、そう云われた気がしたから、ベジタリアンというわけでは無いんだな、と返した。精一杯の厭味には、やはり嘲笑で返されて、会話は終わった。
日持ちのするオートミールと、ドライフードと、レトルトと。長いことそれくらいしか食べていない気もした。
そう云えば昔、身体に良くないって怒ったこともあったけな、とアスランは苦笑を漏らした。今ではすっかり毒されて、そんなこと気にもしていない。楽で良いじゃないかとさえ思う。


「……何を笑っている」
「別に……そんな風に見えたか?」
「貴様が顔の筋肉を動かすことが久々すぎる」
「そうかな」


首を傾げながらも、道理で頬の辺りがぎしぎしするはずだ、と感心した。


「……そうかもしれない」
「認識できるだけマシか。たまには泣くか哀しむかしてみたらどうだ?」
「喜怒哀楽」
「そうだ」
「……なんで、怒るか、とは、云わない?」
「俺が面倒くさいだろうが」
「そんなものか」
「ああ」
「ふぅん……ああそうだ、イザーク。俺、奇跡的に覚えてることがある」
「なんだ?」
「覚えてないのかって、哀しそうに云われたんだ。道行くひとに」
「昨日か?」
「多分、買い物に行ったとき。昨日だったっけ」
「どんなやつだった?」
「覚えてない」
「貴様の脳は、相変わらず失敗作のようだな」
「不良品なんだよ。きっとそのうち交換か修理かできるさ」


今までもそうやってだましだまし、生きてきたんだ。
誇らしげに胸を張るアスランに、イザークは珍しく口端を擡げた。


「……イザークが笑う方が、珍しいじゃないか」
「そうかも知れんな。まぁ良いさ。貴様もそのうち思い出す」
「笑い方を?」
「哀しそうに微笑った、道行く人間の顔を、だ」


そう云って、イザークは部屋を出て行った。
やっぱり引き戸のような気がしたが、アスランは黙っていた。
哀しそうにわらった、顔。覚えていないの? ああそうだ、確かにあの顔はわらっていた。覚えていないの? そうアスランに訊いて、そして微笑んでいた。そうだ、すっかり忘れていたけれど。わらっていた、のだ。あの道行くひとは。





けれどどうして、イザークにはそのひとがわらっていたのだと判るのだろう?















冷やす。
 凍らせる。
二度と起き上がってこないように