そして悪化。
が熱を持つ。
八月六日 土曜日




どようびにしんじゃって、










































「こういう日は思い出すな」


真向かいからびゅんびゅん風が向かってくるのに、なんでまともに喋れるのか。アスランのその疑問を嘲笑うかのように、イザークがアスランに軽々しく問い掛けた。そう、呟きのように聞こえたけれど、アスランは問われたと感じたのだ。なんでだかは知らないけれど。
イザークみたいに器用な真似はできないと直感で悟ったアスランは、自分が運転してるわけじゃあるまいしと、横を向いて喋ることにした。


「なにを?」
「貴様はまだ思い出さないのか」


おんぼろのジープは、ガタガタと恐ろしい音を立てながら、恐ろしいスピードでびゅんびゅん風を切って進んでいる。ガコンガコン、車体は時に石を弾いて大きく飛んだ。荷台には、モスグリーンの冷蔵庫が溢れている。大きな鍵鼻のようなシルエットの、シルバーの取っ手は、ジープの荷台には入りきらなかった。いつものヴォーン、という遠吠えのような電子音と、あたまの奇妙しくなりそうな冷却装置の音は、それ以上に喚きたてるエンジンの音に掻き消えているので安心だ。
アスランはあの冷蔵庫をつかったことがない。
中に何が入っているのか、それとも何も入っていないのか、何も知らない。ただ、外観と、中はきっと冷え切っているのだろうということだけだけは知っている。それからあとは、イザークがとても大事にしているということと。


「思い出すも何も、覚えていることがないよ」
「記銘・保持・再生・再認。これらが記憶を構成するものだ。貴様の場合、保持までは働いているはずなんだ」
「何云ってるんだか全然判んないよ、イザーク」
「そのアホみたいに優秀な頭には、バカでかい容量の記憶が詰め込まれているはずだ」
「記憶、」
「そう。思い出せないだけ。ほんとうは貴様は総てを覚えている」
「……あか、の」
「そうだ」


あかい記憶を蒼い色で塗り潰す。
ああイザークの蒼は、イザークが正面を向いている所為で片方しか見えない。もうひとつ見えたら、暗闇からひっそりと手を伸ばすあかの侵入を、拒むことができるのに。
それにしてもあのあかいものは、一体どこから来るんだろう?
今もまたのっそりと、暗闇に蔓延って、出口を探している。ならば暗闇は何処にある? 背後に? それとも、―――アスランの記憶の中に?


「お前ももう、自分の道が見つからなくて迷うだけの子どもじゃないんだ。そろそろ思い出さないと、アイツはどこまでも追いかけてくるぞ」
「、」
「記憶が貴様を追いかけてくる。もう居ないはずのアイツらが、貴様を取り戻しに来る」
「イザーク、」
「思い出したいか?」
「い、厭だ……!」
「そうだな。貴様はそう云った。だから、俺が―――」


もう居ないはずの想い出の中の顔。アスランの記憶の中で、疾うに果てたはずのいのち。だけどそれをつい先日、アスランは見た。連れ戻しに来たよ。哀しそうに微笑って。イザークが応対に出た。何かを云ってた。何かを叫ばれた。何かは聞こえなかった。聞きたくなかった。
厭だ厭だ厭だ。
もう犯した罪に殺されるのは厭だ。
ひとついのちを落として、生まれ変わってまで、アスランは逃げてきたのに。イザークのところへ、逃げてきたのに。


「―――逃げてやるさ」


お前は忘れることが下手なんだ―――むかしから。
隣に居るはずなのに、どこか遠くから聞こえてくるイザークの声を、どこかが奇妙しいと思いながら聞いていた。どこかが奇妙しい。だってアスランはもうとっくに大人で、イザークはそれ以上に大人で、そんなふたりにむかしなんて無いのに。


「……忘れてるだけなのかな」


下手だったはずの忘れ方を、知ってしまったあのときから、ずっと。埋もれていたはずの記憶に、気付かないふりをしていただけだとでも?















どろり皮膚が溶ける。
止める術が無い。崩壊は進む。