きんようびにきとくになって、 |
日記を見つけた。 イザークがまた出かけると云うので、アスランなりに荷物の整理をしようと思った結果だ。中央の、ラグマットだけのリビング代わりの部屋に、ありとあらゆるものが雑多にばら撒かれた。食材、食器、布団、衣服、工具、本、刃物、通信機器、武器、それから記憶。だけどジープに乗るものはとてもすくない。このなかから厳選するのは、なかなか骨の折れる仕事だ。 だけどここから先はイザークの仕事なので、アスランは出すだけ出して後は放っておいた。後はイザークがやれば良い。それから、アスランは片付ければ良い。いつ帰ってくるのか知らないけれど、まあイザークが戻るまでに何とか元に戻しきることができるだろう。こういうときこそ、記憶を最大限に利用するものだ。アスランは満足した。 「これはまた……」 「元通りにするのは俺がやる。だからイザークは思う存分、この中から持ってくものを選べば良い」 「と云われてもな……」 「なにか問題があったか?」 「大有りだ。良いか、今回に限り、俺は貴様を連れて行く」 「へ」 「だから今すぐこれを戻せ」 「持っていくもの、は」 「冷蔵庫。ただそれだけで良い」 「……モスグリーンの?」 「そう。ああ、冷却装置は必要だな。あの中はつねに冷やしておかなければ」 「えっと、えと」 「とにかくお前は後片付けだ。他のことは俺がやっておく」 「わ、判った」 イザークは慌しそうに、キッチンの扉の奥へ消えていった。 イザークの仕事に連れて行ってもらうのは、アスランは多分初めてだ。仕事かどうかも知らないが、イザークはアスランを置いてながいあいだジープでどこかへでかけるので、その目的が何にせよ、アスランは一環して仕事と呼んでいる。 仕事に連れて行ってもらえる。あのジープに乗るのだって、多分初めてだ。いちいち多分がつくのは、覚えてない所為だ。赤い記憶は、蒼で全部塗り潰してしまった。その事実だけ、いつか必要になるときがくるかも知れないので覚えておく。それから、あのときの客の顔と。 アスランは適当にものを拾って、それをひとつひとつ元の場所へ戻していった。ただし、食材は、イザークがキッチンの中から鍵をかけてしまったようなので、その前に積み上げておいて後回しだ。 全部を覚えておいたので、仕事は早い。ひとつを元に戻すたびに、そのものと場所の記憶をひとつ消した。ひとつ記憶を消すたびに、頭と躯が軽くなったような気がした。 最後に手に取ったのは、赤いノートだった。ノートにしては分厚くて、それはどうも日記帳のようだった。鍵の無い日記帳。ならば見られることを前提にしているはずだ。論理を組み立てて、アスランはそれをそっと開いた。イザークはまだキッチンの中でごそごそやっていて、用の済んでしまったアスランは暇だからこれくらい良いだろう。それにこれは確か、アスランの部屋にあったものだ。だから問題は無い。 その日記帳の纏う赤は禍々しかったけれど、中に書かれた日記は幸福を纏っていた。すくなくとも、アスランにはそう思えた。倖せというものを知らない、アスランには。 |
暗転。 |
電気が切れる。自家発電装置起動せず。冷気は逃げ、熱気が流れ込む。 |