それでおしまい、ソロモン・グランディ…? |
そして さいごに のこったものは___? |
冷蔵庫の中に腐乱死体がひとつ。あか と あお の コントラスト。冷え切って凍っていて、過去から剥がれない。 炎上したジープには、ただひとつ、赤い日記帳。倖せに塗りつぶされた過去は、あっという間に燃え去って、未来の方角に灰を飛ばした。 |
【生きたいと叫ぶ人間を生かそうとして、 殺してしまうお話】 |
……傲慢だ。 イザークがそっと呟いたその独白を、アスランはしっかりと脳の海馬に記憶した。その言葉をこの声で聞いたのは一体これで何度目だろう、と思う。残念ながらその答えが算出されるほどアスランの頭は上手く作用してはくれなかったが、とても聞きなれた響きだ、ということは自信を持って云えた。 その意味を、アスランは知らない。けれどイザークがアスランの思考回路の理解を端から諦めているように、きっとアスランが知ることは許されないのだろうと思った。ふたりで暮らす上で、自然に取り決められたそのボーダーラインは、アスランにとってとてももどかしい。けれどそれを越えてしまうと、きっとイザークは更に遠くに行ってしまうのだろうという予感があったから、アスランはその言葉だけ心の記憶に刻み込んで、後は大人しくしていた。とてもとても気になったけれど。正直、何も入ってない冷蔵庫の中をぼんやりと見つめながらそんなことを云うなんてちょっとイザークの頭いかれちゃったんじゃないかとか思ったけれど。それでもアスランは大人しくしていた。 アスランはただのアスランで、そのアスランを生んでくれたのはイザークだったから、アスランはイザークに恩を感じなければならない。 けれどもちろんそれは強制ではなく、アスランが勝手に取り決めていることだ。取り決めておかないと、自信が持てなくなるから、だからアスランはわざと“感じなければならない”という恣意的な表現を好んだ。 アスランはいま、アスランなんとかではなくただのアスランで、アスランなんとかのなんとかの部分を殺してくれたのはイザークだから、アスランはイザークの云う通りにしなければならない。 このルールも、生きて行く上で絶対必要だと考えたアスランが制定した、ここの法律だ。イザークはアスランが大嫌いだった髪の色を好きだと云ってくれた。(その上“綺麗”だとも!)だからアスランはこの純粋な青を赤なんて不純な色が混じらないように努めたし、好きになろうと努めた。 イザークが冷蔵庫をつかうなと云うから冷蔵庫はつかわなかったし、食材は云われた通りのものを云われた通りの場所に仕舞うようにした。アスランがただひとつ得意なことは紅茶とコーヒーを淹れることで、それはイザークも誉めてくれたから、もっともっとイザークの好みに近づくようにがんばった。 だけどいつからか――そうだ、「いつまでもそんなこと覚えていて何になる」と云われたときから―――どうしてイザークにこんなに恩を感じているのか判らなくなった。それでもイザークはアスランにとって絶対的存在で、イザークが帰ってくるからアスランはこの家に居るのだ、それは確かことだ。だけどイザークはアスランに、住む場所を与えてくれたそれだけでは無い何かをしてくれたはずだった。なにかきっかけがあったはずだった。だけどそれが一体なんなのか、判らなくなった。 それでもイザークはアスランに「ただいま」と云って、ときどきアスランが買出しなどで外に出て帰って来ると「おかえり」と云ってくれた。 なんだ、それだけで充分じゃないか。 それ以上を望むなんて、それこそ―――― ……傲慢だ。 カシャン、いつか聞いた、床を何かが弾く音が聞こえた気がしたけれど、別に大事なことではないと思ったので、アスランは聞き流した。 |