レクイエムを歌えない |
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「イザーク! ……ッイザークってば!」 「……は?」 じわり滲む汗、と、それから、視界一面に拡がる夜明け。 目を開けた瞬間飛び込んできたその景色に、イザーク一瞬今自分がどこに居るのか本気で判らなかったので、寝起きという事情も相俟って暫し呆然とした。 「いつまで寝てるんだよ」 「……は?」 「は? じゃないだろ。お前が寝坊なんて珍しい」 夜明けを湛えたアスランが、眉を潜ませてイザークの顔を覗き込んでくる。間近に迫ったその髪の色を見てのち、漸く状況を呑み込んだイザークは、咄嗟に今は夜中だ、と判断を下した。 「寝坊……? だって、まだ、」 「もう昼だよ。何云ってるんだ」 「は……?」 「……? なんだよ、お前」 「いや、」 目の前に居るのは、いつもと変わらずに呆れたような顔をしているアスラン(可愛さ余って憎さ百倍だ、コノヤロウ)だ。その髪の色だけを見ていたので、イザークはついそれが空の色だと思い込んでしまったらしい。―――覚醒したと思っていたけれど、もしかしたらまだ寝惚けているのかも知れない。それとも、此処はまだ夢の中なのだろうか。 しかし、今イザークを起こそうとしているアスランは、イザークが寝る前に覚えていた通りのアスランだった。思い出そうとした記憶の中に居るのと同じ、残酷な無邪気を持つ子どもでもない、またむかしを知らないおとなでもないただの青年のアスランに、そうだ、そうだよなとひとり頷く。 (しかし、それにしても一体いつねむりに就いたのだったっけ?)(考えても判らないことは振り払う。それが生きる骨だ。) 「イザーク? まだ寝惚けてるのか?」 「いや、起きた。だからアスラン、ちょっと来い」 「は?」 「良いから」 「だからの意味が判らないんだが……」 「すぐに判る」 来い来いと手招きするイザークに、思いっきり警戒の表情を見せたアスランは、それでも恐る恐るイザークに近づいてきた。 その速度は早くもなく遅くもなくゆっくりとしていて、本気で怖がっているとも、わざと焦らしているとも取れる。 そのもどかしさに、イザークはあとちょっと、というところで、それまで招いていた腕をバッと伸ばしてアスランの躯を引き寄せた。そして、ぎゅう、と抱きしめてみる。 そうだ、この感触 ……ほんものだ。 「な、なんだよイザークッ!」 「五月蝿い、ちょっと大人しくしてろ」 「はぁ? ―――まあ、良いけど」 首を傾げながら、アスランはすとん、と力を抜く。その変わり身の早さには、さすがのイザークも面食らった。 「……抵抗しないのも珍しいな」 「今日くらいはな。って、お前が大人しくしろって云ったんじゃないか」 「それはそうだが……いざ云う通りにされると気味が悪い」 「〜〜〜ッ、じゃあもうッ……」 「そう、そうでないとな」 バタバタと手足を動かして抵抗を示すアスランに、それでこそアスランだとぎゅうっと締め殺さんばかりに腕に力を入れる。 「ぐッ……ちょ、っと、緩めろ」 「ああ悪い、つい」 「ったく……どうしたんだよ、イザーク」 結局イザークの暴挙について抵抗を諦めたらしいアスランは、プライドと引き換えにすこしの自由を得ることを選んだようだ。 そしてイザークの腕の中から顔を上げて、上目づかいで訊ねてくる。が、思いっきり胡乱気にした目つきなので可愛くも何とも無いのが残念だった。 「別に……」 「厭な夢でも見たのか?」 「ああまぁ、そんなところかもな」 全く、15歳くらいのアスランだったりもっと大人びた20代くらいのアスランだったり、なんだか色々盛りだくさんだった。しかもイザークに死体愛好の趣味は無いと云うのに。冷蔵庫をつねに冷やしてまで死体を手元に置いておくなんざ、悪趣味すぎる。断じてそんなことはするもんかと、イザークはアスランを抱く腕に、アスランが苦しまない程度にすこし力を込めた。 「幸先悪いな。今日のこの日に」 「ほんとうだな。イザークらしいと云えばらしいけど」 「どういう意味だ、と云いたいところだが。……まぁ良い、こんな日だしな。何か食べたいものはあるか?」 珍しく冴えた優しさで問い掛けたつもりだったのに、腕の中のアスランは、人間業を軽く越える角度に首を曲げてイザークの方を見上げてきた。 その不自然な体勢にイザークはぎょっとしたが、何してるんだ、という咎めの言葉は、あまりにもきょとんとしたアスランの表情に声にならなかった。 「食べたいものって……なんでそれを俺に聞くんだよ」 「なんでって……今日は月曜日だろう?」 「そうだよ」 「月曜日はお前がここに来た日だ」 イザークがそう告げるや否やアスランはさきほどよりも更に眉間に寄せた皺を濃くして、あからさまに呆れた声で「はぁ?」と云った。それはとても洗練された、隙の無い動作だった。 だが、呆れてはいるが馬鹿にしているわけではないその様子に、イザークの方がたじろぐ。どうも、イザークとアスランとのあいだに何か―――大きな食い違いがあるような気がした。 腕はそのままにすこし身を引いてみせたイザークに、アスランは吐いたため息の勢いのままに口を開く。 「何云ってるんだ? 今日はイザークの誕生日じゃないか」 「……は?」 「だから、イザークの好きにして良いんだよ」 俺、ちょっとがんばったんだ。レトルトはやっぱり身体に悪いから、今日はちょっと良い食材を買ってきた。オートミールとドライフードとパスタ以外の食べ物なんて久しぶりだよな。肉も野菜もフルーツもあるし、……ああ大丈夫。お前の云う通り、冷蔵庫はつかわずに保冷庫にちゃんと選り分けてあるさ。それから、セカンドフラッシュが入荷してたから買ってきたけど、保管室には入れないからとりあえず空いてる棚に入れておいた。あとな、ワインも買ってきたんだ。それは俺の好みにしちゃったけど。あ、まだキッチンに買って来たままで置いてあって、断じてワイナリーには入ってないからな! それに―――……それに、冷蔵庫はちゃんと冷えてる。何も入れてないよ。 「おい……」 「ッ、」 緩めた腕からすこしだけ抜け出したアスランは、イザークに身振り手振りでキッチンの方を示してみせた。そのマシンガントークをどうにか止めようと、アスランが立ち上がろうとした隙に思わず左腕を掴み、 その拍子にハッとするほど身を震わせてイザークの手を振り解いたアスランに、イザークは反射的に謝った。 「悪い……火傷の痕があるんだったな」 「違うよ。切り傷だ」 十字架の紋章が刻まれているナイフで、逆さ釣りの十字架を削ってやったまでは良いんだけど。その痕が膿んじゃって、なかなか良くならないんだ。 呆然とするイザークに、アスランはいよいよどうしたという顔付きで首を傾げた。 「どうしちゃったんだよ、イザーク。まだ悪い夢を見てるような顔してる」 「ああそう、……夢?」 「夢だよ。イザークを煩わせるものは、全部ぜんぶ夢なんだろう?」 そう云って微笑んだアスランの表情を、ついさっき見たような気がしたけれど、一体いつのことだったか判らない。もしかしたら、時間などに刻まれないほどのむかしのことだったのかも知れないけれど、イザークにはもうそんなことはどうでも良かった。 「さぁイザーク。早く目を覚まして。今日はお祝いだ」 「ああ、そうだな……」 大人しく半身だけ起こしていたベッドから立ち上がると、アスランはにこっと幼く微笑んだ。それは久しぶりに見る表情だった。 「Happy birthday, イザーク。おれを拾ってくれて、ありがとう」 |
Let me wish you a |
happy birthday!! |