恋の授業 2時間目
基本すっ飛ばして。【キラなら知ってる】


















「つまりアスランは恋をした、と……?」
「ち、違う!」
「じゃあ何でいきなりそんなこと……」
「判らないから、百戦錬磨のキラに聞いてるんだ!」
「百戦錬磨……」


まあ、確かに。(キラの妨害も多大にあるが)恋のこの字も知らない初心なアスランにとって、手当たり次第女の子と付き合っているキラはそう見えるだろう。でもアスランはいままでそんなキラを達観するかのように遠くから眺めて居るだけだったのに。
そんなアスランが、恋。
そんな面白い……もとい、重大な事実を前に、キラはその優秀な頭で素早く計算をした。カチャカチャ、チーンという結果を弾き出すその音を本能で聞き取ったのか、今更アスランが失敗したか……とでも云うように身を引く仕草を見せたがもう遅かった。
アスランが逃げ出す前に、その細い腕をガシ、と掴む。


「アスラン!」
「な、何……」


アスランがびくびくしているが、この事態を前にキラはアスランに気を使うことを放棄した。


「その話、じっくり聞かせてもらおうか……」
「いや、もう良い……」
「ダメだって! アスランひとりでその気持ち全部清算できるの?」
「う……」


キラの予測が正しければ、今アスランは初めての恋(と思われる気持ち)を前に実は内心かなり混乱しているはずだった。それを踏まえた上での追求の科白は、的確にアスランの心を撞いたらしい。狙いどおり、観念したようにアスランは項垂れた。


「じゃあ、とりあえず帰ろうか」
「え……」
「誰も居ないとは云え、僕だって知り合いばっかりのこの学校でそんな恥ずかしい話をする気はありません」
「でもキラ、用……」
「しつこいって、アスラン。今日は暇なの」
「キラが放課後誰とも約束ないって、珍しいな……」
「そういやそうだね」
「キラと帰るの、久しぶりだ」


そう云って掴まれたままの腕の方で視線を落とし、恥ずかしそうに告げるアスランは非常に可愛かった。


(グッジョブ!)


何がって、キラがだ。何せこんなアスランは、キラの教育の賜物なんだから。
でも、その恋をした相手とやらには、アスランは素でこんな部分を垣間見せるのだろうか。
奥手とか初心とか云うよりもただひたすらに鈍いアスランに恋が芽生えるように、と今まで教育を怠らずにきたが、実際こうなってみるとなんだか複雑だ。
アスランにはキラの認める奴しか近づけさせるものか、と思っていたが、例えアスランの好きになった野郎でも、こんなアスランが他の奴に見られるのは悔しいような気がした。
けれど、今の自分には必要の無い感情だと思ったのでキラは敢えて受け流す。
例えどんなことだって、アスランの力になることはキラの中でずっと昔からの決定事項なのだ。
それに、今まで恋愛事に興味もなかったアスランが恋をしたとなれば、皆無だった色気も出るだろうか。それは歓迎すべきことのはずだ。だからキラは、同じように顔を俯けて「そうだね」と呟いた。
それでも、もうすこしの間だけ、この自分専用の笑顔を独占していたい。キラは俯くアスランの顔を覗き込もうとした。


「―――貴様ら」


冷え切った声がキラとアスランの間を貫く。その声にアスランは不必要なほど大袈裟にバッを顔を上げ、キラは盛大に顔を顰めた後、のんびりと姿勢を正した。


「イ、イザーク……」
「……何、せーとかいちょー、邪魔しないでくれる?」


アスランは目を見開き、キラは邪魔だと云わんばかりに目を貶める。
そのふたりの視線を受けて、屋上の入り口を塞ぐかたちで佇む人物……イザーク・ジュールは、腕を組んでその様子を見ていたが、暫し後に呆れたように息を吐き出した。


「……取り込み中のところを悪いが、そろそろ此処を閉めたいんだがな」
「わ、悪いッ!」


アスランがバッとキラの手を振り解いて、イザークに向き直る。夕焼けの色を映し出したのか、かすかに赤くなったように見える頬を見て、キラは「お?」と思った。


「すぐ出るからッ……」
「……アスラン」
「はいッ!?」
「悪いが、さっき頼みはぐった書類があってな。また明日も来れるか?」
「わ、判った!」
「そうか」


イザークの相手をしながらいそいそと鞄と飲み物のパックを持ち上げたアスランの様子に、キラは悲しいながらもピンと来てしまった。
……本当に悲しい。いやまさか、という気はしないでもないのだけれど、アスランの慌てっぷりを見れば丸判りだ。
今度こそ、キラはアスランが遠くに行ってしまったような気を味わった。


「気をつけて帰れよ」


アスランに対し、鉄壁のしかめっ面を取り払い微笑むイザークを、キラはアスランに見せないように思わずぐい、とアスランの身体を押し出すことで遣り過ごした。


「だいじょーぶ、会長。僕ちゃんと送って行くから」
「……ああ、貴様ら家近いんだったな」
「うん。アスランは僕が責任持って送り届けるんで、ご心配なく〜」
「……そうか」
「さ、アスラン行こー」
「キ、キラッ……」
「あ、どっか寄ってく?」
「いや……あ、イザーク、お疲れ様!」
「……いや、じゃあな」
「ああ! じゃあ、あの、さようなら……」
「……また明日」


せめてもの対抗として最後に呟いたイザークの言葉は、アスランに届いたのかどうか。キラはアスランの背中を押すようにして慌しく階段を駆け下り、ふたりの姿はすぐにイザークの視界から消え去った。