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判らないことがあったら、まずはとにかくキラに相談! これはアスランの中の基本事項だ。 だからアスランは、とにかくキラ目掛けて突っ走った。そうじゃないと、顔が火照って仕方なかったから。走っている間に触れる風が頬を冷やしてくれて丁度良かったし、何よりキラのことだけ考えていれば良い。 さっきからばくばく煩い胸を押さえて、アスランは教室棟から体育館への渡り廊下でキラの姿を見つけると、一目散にその腰に飛びついた。 「きら!!」 「うわッ!? って、アレ? アスラン?」 「キラ〜……」 抱きついた腰から手を離し、うるうると涙を溜めこんだ瞳で上目遣いに見上げるアスランは、傍から見れば大変可愛らしかった。しかも、手を組んで“お願い”ポーズのオプション付き。大抵の男ならそれだけで陥落するだろう。事実、キラの友人は鼻の下を伸ばしてアスランを覗き込んでいた。 けれど慣れているキラからすれば、「またか……」という心境でしかない。寧ろ、“お願いするときはこのポーズで!”と教え込んだのはキラ自身なのだから、感心こそすれ、ときめきとは程遠かった。 けれどそのおかげもあって、すぐにアスランの用に思い至ったキラは、慈愛を含んだため息を吐いてアスランを見遣った。 「……判ったよ、先行ってて」 「本当!?」 「うん。ちょっと用あるけど、すぐ行くから」 「ありがとう!」 殊勝な態度を一転、瞳を耀かせたアスランは、すでに「待ってるねー!」と手を振り遠ざかろうとしている。 キラはそんなアスランに「ちゃんと前向いて!」と叫びながら、次の瞬間にはアスランが段差で転けることを予測していた。 (……うん、タイミング完璧) キラの期待通り見事に足を引っ掛けながらも、持ち前の運動神経の良さで体勢を崩した程度に留まったアスランは、すぐに前を向いて目的地へと向かったようだ。そこでパンツの一枚くらい見せたらどうだ……と思いつつ、でも見えてたら見えてたで怒ってたかも知れない、とキラは思う。そんなキラの思惑など知らない友人の面々は、アスランの姿が扉の向こうに消えるや否や、口々に喋りだした。 「かっわいいな〜アスランちゃん」 「あのちょっとドジっぽいとことかたまんないよなー」 「良いよなぁ、キラは」 「幼馴染だっけ? あのコああ見えてガード固いから、なかなか話も出来ないしさぁ……」 最後に自分に意識が向いたところで、キラは「そう?」と乾いた笑みを漏らした。それが気に入らなかったのか、どんどんキラへの追求は厳しくなる。 「大体、さっきのだって何でアレだけで判るんだよ?」 「かわいかったけどさぁ……」 「しかもお前、抱きつかれても無反応って何事だよ!」 ふざけた様子ではあるが、それらはまず間違いなく彼らの本音なのだろう。ますます深くなる笑みを湛え、キラは向き直った。 「……ま、長年一緒に過ごした僕だけの特権だよね」 にこり。 そう云って退けたキラに、もう友人も諦めたのか「はいはい、ご馳走様〜」などと云っている。それもこれも総て、所詮は負け犬の戯言でしかない。そう思ったキラは、友人だけではない、遠くから突き刺さった視線をさらりと受け流して、用を果たすべく体育館へと向かった。 |
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キラが用を済ませ屋上へ赴くと、そこではアスランが飲み物を片手に優雅に読書を……していると思っていたのに、彼女は両手を頬に当ててひたすらぼーっとしていた。キラの登場にも気付いていない様子だ。 「……アスラン?」 呼びかけにも応答が無い。キラはもう一度、「おーい、アスランってば」と呼びかけながらアスランの前方へ回り込んだ。 「わッ! キラ!」 「はいはい、僕ですよー」 漸く気付いたアスランに、珍しいこともあるものだと思いながら、アスランの傍らにあったミルクティーのパックに当然のように手を伸ばす。 「……それで良かったか?」 「うん、さっすがアスラン。ちょうどそんな気分でした」 アスランはキラに相談があるときは、申し訳無いとでも思っているのかいつもキラの分の飲み物を用意する。それは長い間一緒に過ごしたふたりの間の暗黙の了解だった。けれど、そのときのセレクトがまさにキラの希望通りなのは、その無言の約束の中に時間の長さだけでは計れないものがあるからだと、キラは思っている。 何にせよ、オレンジだったりカフェオレだったりコーラだったり、かなり偏りのあるキラのその日の“気分”を、アスランは良く読み取るものだ、とキラは感心した。 その一方で、アスランはアップルティーかな、と予測をつけ、その通りのものがアスランの向こう側に置いてあるのをこっそり確かめたりもしているのだけれど。 「でも一体どうしたのさ。アスランが学校でこんな話するのも珍しいんじゃない?」 「え……」 「そんなに相手がしつこくて、急かしてるとか?」 「は?」 「そうだとしても、いつも云ってるじゃん。一撃必殺だよって」 「な、何の話してるんだキラ!?」 「あれ、違うの?」 てっきり、また告白でも受けてその対処に困ってるんだと思ったんだけど。 それが間違っていなかったのなら、今のようにかなり省かれた話でもアスランはきちんとキラの話を理解したはずだ。キラとアスランの間で交わされる会話はいつも、余計な説明を必要としない。けれど今ばかり、アスランは全くキラの話が判らないとでも云うように首を傾げていた。 「僕はてっきり、またアスランに不逞の輩が近づいたんだと思ったんだけど」 「不逞、ってキラ……そうじゃなくて、いや、それもあるにはあったんだけど、そのことじゃなくて……」 「あったんじゃん」 「でもそれはちゃんと断った。キラの云う通り、一撃必殺? で……」 「それは良くできました」 キラはいつも、ぼーっとしているアスランに勧告している。その気のない告白には、一言目できっぱり断って、余分な期待と持たせないように、と。アスランはキラの云うことは正しいと盲目的に信じているふしがあるので、毎回その勧告通りあっさりすっぱりきっぱり断っては、その通り道に無類の屍の山を築いているようだ。 「でもそれなら尚更、何かあったの? それでもまだしつこく付き纏ってくるとか?」 そこまで云って、困ったように首を傾げるアスランに、キラはちょっと思い至ったことがあった。 キラがいつも云っているのは、“その気のない”告白に対するものであって…… (い、いやでもアスラン断ったって……でも告白が一件とも限らないし……!) 実際、キラ自身も今さきほど一件の告白に答えてきたばかりなのだ。 そうそう告白なんてあるものじゃないかも知れないが、キラとアスランの場合は生憎その“普通”が通用しなかった。 「あああアスラン、まさか……」 「何をそんなに吃ってるんだ、キラ?」 「い、いや、相談って何かなって」 今もってきょとん、と首を傾げるアスランに、やっぱりキラはそんなわけないか、と思い直した。 あの恋愛ごとから程遠いアスランが恋。高校生と云う歳になっても、何の警戒心も無くキラの部屋で一晩中ゲームに明け暮れるアスランが、恋。……有り得ない有り得ない。 キラは一息入れつつ、己の早とちりを密かに恥じつつ新に問い掛けた。何にしろ、キラはアスランが困っているならできる限り助けてやりたかった。それは特に誰に宣言したわけでも約束したわけでも無い、キラの中の決まりごとだ。 「相談、と云うか……聞きたいことがあったんだけど、やっぱり失敗したかな……」 「何で? 僕じゃ頼りにならない?」 「そうじゃなくて。やっぱり、家に帰ってからの方が落ち着いて話できるかも、って……」 「何だぁ。僕は別に良いよ? つかもう帰る?」 「え? キラ、誰かと約束あるんじゃ……」 「へ? 僕そんなこと云ったっけ?」 「さっき呼んだとき、『用がある』って云ってただろう? それって、デートの約束じゃないのかなって」 「あのねぇ、僕は体育館に向かってたんだよ?」 「だから、体育館裏とかで誰かからの告白受けてたんだろ? キラなら速攻でデートに漕ぎ着けるだろうと……」 「僕を何だと思ってんのさアスラン……」 「だっていつもそうじゃないか」 「なっ、僕はそんなホイホイオーケー出したりしないって!」 「……そうか?」 「僕にだって好みくらいあるんですー!」 聞き捨てならない科白に思わず叫んでしまったが、アスランはきょとん、と目をぱちくりさせた。 「……そうなのか?」 「そうなんだよ」 てっきり、自分も女の子なくせにフェミニストなところがあるアスランに女の子は大事にしろ、とでも怒られるんじゃないかと身構えたけれど、アスランはそんなキラをスルーして何故かうーん、と考え込んでいた。 「……どしたのアスラン」 「いや、その好みって、つまり、好みなら好きになって、好みじゃないなら嫌いになるのか?」 「別に、嫌いにまではならないけど……」 「けど?」 訳の判らない突飛な発想と、曖昧な表現を許さない追随。(自分は曖昧な態度ばっかり取るくせに) いつものアスランだ、とは思いつつも、その切羽詰ったような様子にやっぱりどこか奇妙しい、と思った。 アスランは妙に真剣な顔をして、キラの返答を待っている。キラの云い淀みを責めていると云うよりは、期待している様子だったのでキラも大人しく答えを考えてみた。 「そうだなぁ……。好きって云ってもらえるのは嬉しいけど。残念ながら、僕から好きになる見込みは無い、ってこと」 「ふうん……?」 「あの、アスランさん……?」 「なぁ、キラ」 「何?」 「“好きになる”ってどういうことだ?」 「は……?」 何を云って……? とキラが呆然とする間に、アスランは居た堪れなかったのか身振り手振りを沿えていやつまり、とか唸っていた。 「そ、その、つまりだな……」 「うん?」 「こ、恋って何だ……!?」 今度こそ、キラの思考回路がショートした瞬間だった。 |
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