空の青に彩られたシンプルなステンドグラスの張られた窓際、入り口側から向かって右側二番目の円卓。
それが、彼の指定席だ。

at Cafe'



土曜の朝に鳴る携帯の音。―――それは間違いなく危険信号だ。
しかもその曲が勝手に設定されたとある人物からであることを指し示すとしたら、尚更。


「……どうした、カガリ?」


暫し迷った末、結局アスランは通話ボタンを押した。どうせ隣に住む双子には、昔から甘いのだ。


『アスラン〜』
「……寝坊か?」
『…………えへ』


土日は大抵こうだ。
なら始めからバイトなど入らなければ良いのにと思うのだけれど、その分の収入が減るのは嫌らしい。確かに土日は稼ぎ時だ。確かにそうだ―――が、お陰でアスランの預金通帳の残高ばかり溜まっている有様だった。


「……またか。もう代わってやらないぞ? 大体、今起きたなら間に合うじゃないか」
『間に合わないって! これから朝シャンしたりしなきゃいけないんだぞ!』
「お前が?」
『何っだよそのバカにしたような声は! 私だってなぁ……』
「判った判った。悪かったって。キラは? アイツ確か今日ラストだろ?」


う、と詰まった声に、アスランはカガリも年頃になったのか……と関心しかけた考えを正した。
そうか、二人して夜通しゲームでもやってたか……


『ゲ、ゲームじゃないからな!』
「へぇ。じゃあ何だ、映画でも観てたのか?」
『ああ、アスランが結局付き合ってくれなかったやつやっとレンタル解禁に……って、違う!』
「何が」
『だから、その……』


云い淀むカガリに、流石に遊びすぎたかと助け舟を出してやることにした。本当に代わってやらなければならないとしたら、急がなければならないのはアスランとて同じことだ。


「代わって欲しい、って?」
『お前ラスツーだろ? 私1本目なんだ。だから、時間代わって欲しいな〜って』
「……まあ、良いんだけど。俺そしたらディナーまで時間空くな……」
『代わる代わる! 喜んでディナー代わらせていただきます』
「なら交渉成立だ。って云っても精々1時間くらいしか変わらないだろ。平気か?」
『何とかな。助かったよアスラン。お礼に後で何か奢るから!』
「別に良いって。それより折角代わってやったんだからちゃんと来いよ」
『判ってるよ! じゃあ後でな』
「ああ」


折角早く起きたからマイクロユニットの制作でもしようかと思ったのに、予定が台無しだ。
けれどまあ、午後の予定が空いたから良しとしよう。てきぱきと用意して、ついでに切羽詰っているはずのカガリがするとは思えないキラへのモーニングコールをして、アスランは早めに家を出た。






























「ありゃ。また?」
「ええ、まあ……」
「まあ、オープニングデューティーはアスラン君の方が丁寧だから、俺はかえって有り難いけどね」
「すいません……カガリもちゃんとラスツーの時間には来るみたいですから」
「あ、じゃあディナーはカガリちゃん?」
「はい、そうです」
「了解了解」


シフトが代わったらきちんとマネージャーに伝えなければならないのが決まりだが、キラ・カガリ・アスランの場合それが頻繁に行なわれるのでもう黙認されていた。と云うか、普通ならば二人が寝坊して空くはずの分をアスランが補ってくれるのでアスラン様々といった感じだ。お陰で、アスランはマネージャーにアスランだけでなく3人分のシフトを把握しておくように言及されている。
そのうちに2本目や3本目の子が来て、やっぱり? と揶揄われた。カガリが1本目に入ってちゃんと来たことなど数える程度でしかない。それでも本人がシフトを出すときには張り切っているので、無下には扱えないのが現状だ。
まあ早い時間の仕事の方が楽なのでアスランとしてはもうどうでも良くなってきているのだが。


「今日は暇ねー。あ、アスランバタースクープ代わるわよ。アスランの方が見栄えするんだから、フロア出てきて」
「は?」
「それはそうね。それに、王子来たし」
「え、ホント? 見たーい。やっぱりアスランちょっと待って! 一瞬だけフロア出てくるから」
「それが、今日は1人じゃないのよね」
「え? 何ソレまさか女連れ!?」


女の子の勢いについていけないアスランだったが、もちろんその話題には反応していた。フロアへ向けて背中を押されたまま固まっている。


「うん。でも6人連れだから、微妙な感じ」
「えー、そんな大勢で? また珍しい……」
「でしょ? たまに一緒に来る色黒の人も居るけど」
「……私アイツ苦手なのよね……」
「ミリィにはトールが居るから無駄なのにね」
「もう! 揶揄わないでよフレイ」
「何よ、本当のことでしょ。それより王子の卓、男5人に女のコ1人なのよ」
「え、何よソレ逆ハーレムじゃない」
「そうなの! しかも皆美形なの!」
「あ、ソレは見たいわね」
「でしょ? でも正直あんまり近寄りたくないのよね」
「判るー。女の子も勿論可愛いわけでしょ?」
「そ。客もみんなそっちに視線持っていかれてるくらいよ」
「まあそれは王子1人のときでもそうだもんね」
「そうなのよね。だからここは我等がスタッフの誇る美形No.1、アスランに行ってもらおうと思って」
「そうね。それなら私たち気兼ねなく見られるし」
「え、ちょっ……」
「「頑張ってアスラン!」」


しっかりしていて皆を引っ張っているミリィと、女のコの魅力を把握しきっているフレイに二人がかりでフロアへ押し出されては、アスランに断ることなど出来るはずもなかった。タイミング良く従業員用の出入り口から顔を覗かせたカガリに縋るように視線を投げたが、憐れむ目で横をすり抜けミーティングルームへ逃げ込まれた。
お前代わってやったのにその態度か! とは思ったが、この二人のような女のコらしさに欠けるカガリでは確かに(特に口では)勝てないかも知れない。
……まあ、彼が来たとき丁度フロアに出られるんだから良いか、と無理矢理己を納得させて、大人しくフロアへ出た。アスランを送り出したはずの二人も何故か後へついてきている。本気で見たかっただけらしい。
アスランはふう、とフロアを見渡した。オープンしてすぐの時間とあって、ミリィの云う通り閑散とした店内の中で、一ヶ所人が密集している場所があった。
いつもの2-2の席ではないけれど、耀く銀髪のお陰ですぐに見つけることができる。
彼の名前も知らない自分だから、彼が友人と一緒に居るところを見るのはすこしだけ心苦しいのだけれど。何だかんだで、カガリと代わって良かったと思ってしまった。
彼の居る場は賑やかだ。それは6人という大所帯の所為もあるが、何よりフレイの云う通りの外見の所為でもある。髪は色から顔立ちまで、何もかもが賑やかだなとアスランはぼんやりと考えた。周囲も彼らに見惚れるばかりなので、五月蝿い(というほど喧しいわけでもなかったが)と顔を顰めるどころか、オーダーを頼むことすら忘れているらしい。
彼らの中から一人が「すいませーん」と手を挙げるまで、誰一人アスランたちに声を掛ける者はいなかった。
アスランは手を挙げた金髪の人と目が合ったけれど、ついでにぐるっと向けられるその辺り一帯の視線に少々尻込みした。……成程これは近寄り難いかも知れない。
それでも背後から「ほら、早くしなさいよ」という視線が突き刺して、その勢いに勝てなかったアスランは「はい、ただいま」と云ってそろそろと歩き出した。壁を背に、端に坐る彼の顔だけは良く見えて、しかもこちらを向いているのが判るものだから無駄に緊張してしまう。丁度反対側の人が影になっていて見えなかったが、見慣れたピンクが視界を掠めた気がした。


(……ピンク?)


脳裏に一瞬ある人物が過る。
そうそうある色ではない。
けれど同時に、そうそうこんな場所で出会う人でもない。
気の所為だろうと、アスランは背後に視線をひしひしと感じつつ伝票を持った。


「お待たせしました。ご注文で宜しいですか?」


銀髪の彼の側に立ったのはせめてもの期待と意地を張った結果だ。
けれど彼の向かい、アスランからすると右側から異様に視線を感じる。恐る恐る目を向けると、確かに、オレンジ色の髪をした人物がアスランをじっと見ていた。


(ど、どっかで会ったっけ……?)


何だろうこの視線の強さは。かなりガン見されている。
知り合いなのかと思うが、この髪の色のインパクトはそうそう忘れられるものじゃないから、初対面で間違いない筈だ。アスランが首を傾げると同時、相手が口を開く。


「俺、ラスティ・マッケンジーっての」
「は……?」
「君、美人だねー。えーっと、……ザラ?」


アスランの胸の名札をオレンジ髪が覗き込んで、名を読み上げた。


「……オイ、貴様」
「何だよイザーク。別に良いっしょ」


思わぬところから制止の声がかかり、アスランが一瞬呆けた隙を突いて他のメンバーも次々と捲し立ててきた。


「いや良くないだろ。見境なくナンパするなよ」
「恥ずかしいから止めてください、ラスティ。店員さん困ってるじゃないですか」
「ま、気持ちは判るけど」
「ミゲルまで何を云うんですか」


(イザークって云うのか……)


何処かずれてるアスランのことだ。オレンジ髪を中心に沸き起こる騒ぎよりも、名を知りえた喜びが勝る。
けれどさすがにオレンジ髪に腕を掴まれてハッとした。


「まーこんなん放っといてさ。この後ヒマー? 遊ぼーよ」
「……はい?」
「あ、ホント? アリガトー。じゃあ店の入り口でさ…・…」
「いやいやいや、ソレ返事じゃないって」


最初に目が合った金髪がゴメンな? と顔を向ける。それに戸惑いながらアスランはいえ、と首を振った。


「邪魔すんなミゲル。いくら俺が成功したからって」
「だから成功はしてない。良い加減諦めろラスティ」
「だってこんな美人さんそうそうお目にかかれるもんじゃねーよ?」
「「「…………」」」


まあ確かに、といった視線を感じ取って、アスランは漸く己の立たされた立場に思い至った。


「……俺、男ですが」
「あ、やっと喋った」
「あの……」
「それにしても男かー。やっぱりなー。でも大丈夫。俺気にしないから」
「は……?」


いやそこは気にしてくれ。
そう思うも、彼の前だという緊張と、お客様相手だという遠慮と、思いもかけない対応に対する混乱で歯切れの悪い返事しかできないアスランだった。何より自分はイザークというらしい男に惹かれているということをすっかり棚上げしているが、そこはそれ。何で俺が男にナンパされなきゃいけない、と憮然とする。
良い加減どうにかしようとアスランが意を決して顔を上げた瞬間、ほんわかした声がその場を包んだ。


「決めましたわ、やっぱりこちらにします! って、あら……?」
「……今の今まで迷ってたんですか?」
「良くこの騒ぎの中……」


呆れ顔のメンバーの外れで、紅一点の彼女は上げた視線を彷徨わせて――恐らくは注文しようとしたのだろう――、店員であるアスランへ顔を向けて、そして、止まった。


「あら……?」
「え……」


一番離れた場所で、しかもメニューを見るために顔を俯けていたからアスランも気付かなかったけれど―――


「まあ、アスラン!」
「ラクス……?」


さきほどの既視感は気の所為ではなかったらしい。


「え、何? 二人とも知り合い?」
「アスランっての? 良い名前だねー」
「いや、お前はいい加減にしとけ?」


言い募る仲間はほったらかしで、ラクスは目を耀かせてアスランを見据えた。


「どうしてアスランが此処に……あ、もしかしてアルバイトを?」
「はい」
「まあ……こんなところでバイトしてらしたなんて。……云って下されば宜しかったのに」
「いえ、そんな……ラクスこそどうしたんです?」
「学園祭の季節ですもの。たまには打ち合わせも外で、ということで、無理矢理イザークが通い詰めてるらしいお店に皆で押しかけたのですわ」
「そ、そうですか……そう云えば生徒会に入ってらっしゃるんでしたね」
「ええ。私、普段こういったお店にはなかなか入らないものですから……」
「それは……そうでしょうね」
「まさかアスランがバイトしていたとは思わず……知っていましたら私も通い詰めましたのに」
「いえ、俺はキラに付き合わされた口ですし……それに、クライン家の方がこういう店に通っているなんて知ったら、シーゲル様が黙っていませんよ」
「あら。パトリック様はお許しになられたんでしょう?」
「まあ……社会勉強に、と」
「ならば問題ありませんわ! それにキラと一緒、ということは……」
「ええ、カガリも一緒です。そろそろ二人とも来るはずですよ」
「まあ嬉しい! ご挨拶させてくださいませ」
「二人が入ったらラクスのことを教えておきます」


「あの〜……ちょっと良い?」


和やか談笑ムードに入ったアスランとラクスに、制止の声が掛けられた。


「あら、私ったら……すみません。早くオーダーしなければなりませんわね。アスラン、私、ストロベリーパイのミルフィーユとアッサムをお願いします」
「いやそうじゃなくて! あ、いや、それもそうなんだけど……」
「まあ、何ですの? ディアッカ」
「いや、だからその、お二人はどういうご関係で?」
「ああ、それは……」


云い掛けたアスランに一斉に5人の目が向いたが、アスランが先をつづけるよりも先に全員の背後から涼やかな声が響いた。


「アスラン・ザラは、私がいずれ結婚する方ですわ」


マネジャ誰だろう。フラガさんか虎さん?