この愛に啼け
コンビニで適当に飲み物やお菓子などを買い込んで、一路スザクのマンションへ。
さすがにここまで来ると皆愉しくなってきたらしく、スザク以外はわいわいと盛り上がっていた。
仕事とっとと終わらせようって気がしてきた、でもテスト勉強もしなきゃね、あらちょっとくらい遊んだって良いじゃない、ゲームとか大人数でやると盛り上がるし、云々。
その明るい団体の後ろで、スザクはどんよりと雨雲を背負っている。まだ認めていないらしく、憮然としているので、スザク以外で唯一場所を知っているリヴァルが代わりに案内していた。
さすがに突然訪問して失礼になってしまう理由があったとしたら、ミレイもここまで強引には行かなかったし、スザクも性格的にちゃんとその理由を遠慮なく云いもっと強固な態度で断固譲らないはずなので、今回はスザクに隙があったのが悪いのだ。
恐らく、猫云々を除けば皆が家に訪問することに関して文句はないのだろう。以前リヴァルを泊めたときも快く、自分から提案してくれたほどだし。
そう思ってリヴァルはスザクの隣に並んだ。
「良い加減諦めればーぁ?」
「いや、それはもう良いんだけど……どうやって機嫌取ろうかなぁって考えてるだけ」
「……猫の?」
「うん、猫の」
リヴァルがそれ以上を聞いて良いものかどうか迷っていると、ジノがスザクの肩を後ろから抱き込んであっさりと訊いてくださった。
「ホントに猫かぁ?」
「残念ながらね。向こうにとって僕は餌くれるだけの人だよ」
「ワオ。意味深な台詞」
「そのまんまの意味だけどね……」
男3人でひそひそとそんな話をしていると、ミレイが「何なに? エロ本の隠し場所の相談?」と実に愉しそうに訊いて来た。
「そんな中学生みたいな……」
「でもちょっと、当たらずとも遠からず?」
「あら愉しみ! ところで次どっちー?」
「あ、右曲がってすぐです」
もう諦めたというのは本当のようで、スザクは今度こそ率先して道案内を始めた。リヴァルも細かい場所までは自信はなかったので助かったと思いつつ、右折してすぐ目の前に構えたマンションに絶句する皆を見て、「あー、そうそうこの感じ」と思っていた。学生が住むようなワンルームのマンションではなく、立派な分譲マンションだ。
しかし何故ジノまで驚いているのだろう、と思い彼を見てみると、ジノは唖然というよりは少々ショックそうな表情をしていた。
「学生のひとり暮らしと云えば……トタン屋根の2階建てで、カンカンって音慣らして階段を……」
「いやいや、君かなりイメージ偏ってるから。確かにそういう部屋もなくはないけど、スザクの部屋の場合は広いって事前情報があるじゃん」
「そういう家の方が、ワンルーム? とかいうやつより広かったりするんだろう?」
「ああ、うん。確かに間違ってはいないけど、どこで訊いたのそんなコト」
「何処だったかなぁ。ものすごく感心したから良く覚えていたんだが……そうか、ちがうのか……」
中をこの眼で見たかった、と心底残念そうに呟くジノに、スザクが心底厭そうな表情で呟いた。
「ご期待に添えず申し訳ありませんでしたね」
「いやいや、マンションというのも初めて入るからな。集合住宅っていうのはどんな感じなのか気になるから構わないぞ」
「なんかなぁ……俺、このマンション家族で住んでても金持ちーって思えるレベルだと思うんだけど」
リヴァルが黄昏れていると、そこそこのお嬢様であるはずのシャーリーも「うん、それ間違ってはないと思うよ」と肩を叩いてくれたので自信が出た。さすがはシャーリーだ。フォローを忘れない。
そしてリヴァルの想い人である完全にお嬢様のミレイは、そんなリヴァルなど何処吹く風だった。
「でも確かに良いマンションね〜。一人暮らし用じゃないでしょ」
「ここの地主と伝手がありまして。親が見つけて来てくれたので、別に僕がすごいとかじゃないですよ」
あっさり応えるスザクに漢らしさを見たが、しかしその中に猫、らしきものを飼ってると思えばそんなイメージも速攻で払拭される。さてどんなものが出てくるやら。
そんな期待を抱きつつ、エレベータで最上階のボタンが押されるのを2度目ながらリヴァルは感嘆のような気持ちで見ていた。
そのうちに部屋の前に立ったスザクが、鍵を開けながらわくわくと待ち構えるメンバーを振り返る。
「クーラー点いてると思うんですが……もし暑かったらすみません」
「あら、それくらい良いわよ。でも猫ちゃんは大丈夫なの?」
「それなんですよねー……。あ、やっぱり暑い……けどそれほどじゃなさそうですね。どうぞ、真っ直ぐ進めばリビングですから」
「おっ邪魔しまーす!」
「今クーラー点けますね。でもそんなに暑くないってコトは窓が開いてるのかな? ちょっと、ゼロー?」
何やら名前を呼びながら奥へと消えるスザクを見送って、ミレイを筆頭に部屋に入り込む。さすが、玄関は人数分の靴でぎっしり埋まってしまったが、リビングへと続く廊下は広めにできていたので、この人数でお邪魔しても問題はなさそうだ。
「スザク君の部屋でも探して突入したいところだけどー……」
「さすがに居ないところでは止めておきましょうよ……」
居るところなら良いのかカレン…と皆が思ったが、「そうよね! 後でからかって反応見ながら探してやりましょ!」と笑顔で宣ったミレイの方がやはり大物だった。
そのまま素直にリビングに進むと、スザクがテーブルを脇に退けているところだった。さすがに押し掛けた身なので、リヴァルも咄嗟に奥に入って手伝おうとすると、スザクにやんわりと「お客さんなんだから」と断わられた。漢だ。
「今ローテーブルもうひとつ出してきます。作業するならリビングが一番広いので」
「え、あるの?」
「一応客が来たときの想定はしてあるので。あ、先に窓締めてエアコン点けないとか。もー、エアコンも点けないで、ゼロどこに居るんだろ」
「ゼロってのが猫ちゃんの名前?」
「ええ、まぁ……」
歯切れ悪くそう答えながら先にエアコンのリモコンを手に取ったスザクがピ、と音を立てて電源を入れると、ウィーン、という起動音がした。
かと思ったらなんか変な音が聞こえ、皆がえ? と首を傾げる。
猫の呻きに聞こえなくもないような、と思っていると、真っ先にスザクが「ゼロ!? 」と反応し、開いていたベランダへとつづくっぽい窓に走った。
半開きだった窓をガラッと音を立て一気に開け、すこし視線を彷徨わせた後、勢い良く叫ぶ。
「う、わ! 何、なんで何してんの君!!」
君……? 猫に?
と首を傾げるより早く、一瞬ベランダに出たスザクがすぐに腕に大きな黒いものを抱えて戻って来た。
スザクは軽々と持ってはいるが、そんな軽いとは思えない大きさだ。
猫だとばかり思っていた面々はその様子を見て状況を理解できないでいた。スザクの腕にあるものをまじまじと見て、それが何か判断した瞬間、声にならない悲鳴を上げる。
それは、大きな黒い……
人間 だった。
「うわあああやっぱり」
「やるなぁ、スザク!」
「え? 猫じゃないの?」
「いや、ちょっとすみません。ソファ占領します!」
そう云ってスザクはリビングの壁沿いにコの字に置かれたソファの、一番長い部分に抱えていた人間を下ろした。自然、全員の視線がそちらへ行く。
黒い艶のある髪に、外に居たはずなのに白磁のような肌。瞳は瞼に封じられていたが、そこをびっしりと長い睫毛が覆っていた。それは一見してだれもが思うほどの
「わ、ぁ。綺麗……」
その声はシャーリーだっただろうか。つづいて、パシャリ、という音と。
「わ、ダメ。アーニャ、撮影禁止」
「……だめ?」
「せめて本人が眼を覚まして訊いてからね。彼、確かカメラかなり嫌いだから」
「そう……」
「今のも消して。勝手に撮ったのが判るとかなり怒る」
「判った……」
アーニャが大人しく頷いたことにも驚いたが、それよりはしかし。
「……彼? 男?」
「え? ああ、うん、そうだよ。なんだと思ったの。ちょっとゼロ、大丈夫?」
ぺちぺち、とスザクが頬を軽く叩いていると、ふるりと睫毛が震えて薄く瞼が開いた。影になっていて、その色は見えない。
「……ああ、スザクか。おかえり」
「うん、ただいま。ってちょっと、意識朦朧としてない? 平気?」
「あー……平気だ。でも助かった」
「助かったって……どうかしたの? まさか貧血?」
「いや、ちょっとだけと思って昼寝してて、」
「外で?」
「そう、それで……起き上がれなくなってそのまま。これが噂に聞く熱中症か?」
「ば、莫迦ーーーーーー!!!」
遠慮なくスザクは叫んだが、彼の台詞を訊いた他のメンバーも唖然としていた。いやそんな、正直アホっぽい理由なのにそんなあっさりと。
「五月蝿い。耳元で叫ぶな、スザク。それより喉が渇いた」
「あ、ゴメン。そうだね、水分取った方が良い。そう云えばさっきポカリかアクエリ買ったような……もらって良いですか?」
スザクがテーブルの上に置かれたコンビニの袋を指してミレイに問いかけた。さすがのミレイも呆気に取られていたらしいが、話し掛けられてはッと我に返り、うんうんと頷いていた。
「え、ええもちろん。どうぞ」
「おいスザクー、勝手にキッチン入って良いか? コップ取ってくるよ」
「ああ、ありがとうジノ。多分洗い場に置いたままかな」
「そんなものを俺が放っておくわけがないだろう」
だるそうなのに、そんなところだけ律儀に彼が注釈を入れる。
「あ、ゴメンそうだよね。じゃあ入って右側の棚に、ガラス張りだからすぐ判ると思う。どれでも良いよ」
「了解、っと。あったあった」
ジノがそう動いたことで、リヴァルはこういうとき咄嗟に動けるって良い男だなぁと思ったが、同時にジノがそんなにすぐ人のために行動を移すことに違和感を覚えた。コップを持って戻って来たジノにつられ、なんだかんだで顔色の悪いゼロという名の猫?を見てすぐにそんな考えは吹っ飛んだが。
「ありがとう、じゃあゼロ、コレ飲んで」
「スポーツ飲料……」
「嫌いなのは知ってるけど、今回ばかりはダメ。大人しく飲んで」
むう、と眉を顰めた人物が、それでも素直にコップに口をつけた。ただし、本人は手を動かしていない。コップを持っているのはスザクだ。
(えええええええええ……?)
突っ込んで良いのかどうかは判らないが、とりあえずニーナが頬を染めているのはなんかちょっとちがう気がする。
だが、人の手から飲んでいるから飲みにくいのか、すこし舌を出しているのがなんか、男なんだけど、それは判ってるんだけどエロい。うっかり自分も赤面するところだった。
「ん、ちゃんと飲んだね」
「もう一生飲みたくない。というわけで俺は寝る」
「その方が良いよ。このまま横になる? それとも部屋運ぼうか?」
「好きにしろ」
「え? 僕の?」
そのスザクの問いかけに答える前に、ゼロはスザクの腕に起こされていた身体をずらし、すとん、とソファに横たえた。そして眼を閉じて、あっという間に眠りに就いてしまう。
呆気に取られたのはスザクだけではなかった。
「な、なんかすごいコね」
「どうしよう……心配だから側で見てたいけど、」
スザクはそりゃもう心配そうにゼロを見ていたが、そんなことを真顔で云うスザクの方がリヴァルは心配だった。そんなに人を気にするスザクを初めて見たのだから当然だ。
それぞれ皆思うところがあるらしく、スザクがきょろきょろと、部屋があるのであろう方向とゼロの寝るソファを交互に視線を彷徨わせている様子に、一番先に反応したのはカレンだった。
「良いんじゃないの?」
「え? カレンさん?」
「本人が周囲に人が居ても気にしないって云うんなら、そのまま寝かしとけば?」
「……良いの?」
「私は別に。ただ騒いでも知らないわよ」
冷たいようにも聞こえる声音だが、ゼロを見たり逸らしたりしつつ頬をほんのり染めている様子に、なんとなくカレンの気持ちが判ってしまう面々だった。
そんなカレンに便乗するようにしてミレイが手を挙げる。
「私も構わないわよ。なんか彼、眼福だしね!」
「ゼロを変な眼で見ないでくださいね」
「あら。怪しいわね、猫とか云っちゃうし」
「あー、それはその……」
「良いのよ良いのよ、思春期だもの。恋せよ少年!」
「え、やっぱりそうなのミレイちゃん!?」
やっぱりってなんだ。そして何故スザクではなくミレイに訊くんだ。
ニーナの台詞に全員が反応したが、怖くてなんとなく訊けなかった。ただスザクは健気にも「そんなんじゃないですよ!」とがんばっていたが、誰も訊いていない。
「と、とにかく好きに荷物置いてください。今テーブル出してきますから、とっとと始めましょう」
必死そうなふりをして実際余裕がありそうなスザクばかり見て来たリヴァルとしては今の珍しい状況は面白くはあるのだが、さすがにちょっと不憫になってきた。期待しまくった猫の正体がこんな我が儘な男だったのだから余計だ。これからのスザクが心配にもなってくる。
そういうわけで今度こそ手伝うべく名乗りを上げたリヴァルに、スザクも大人しく同意した。ものすごく疲れているようなのにゼロが眠るソファをちらちらと気にし、そのときだけ表情が変わるスザクに、なんだかなぁ、とリヴァルは思った。