商店街の端、門の辺りまで行けば人通りは少ない。住宅街とは反対方向なのだから余計だ。
その門の影に凭れ掛かるように、ジノが立っていた。不機嫌そうに。
しかし、金髪を目立たなくさせるようにという意図なのだろうが、その服装にその帽子はどうなのか。カジュアルと云えばカジュアルめの服装なのに、ハット。余計にセンスを疑う。ジノはそもそも正装以外はほとんど似合わないけれども。
髪の色を隠そうとしたことだけでも褒めてやるべきなのか。全体を隠そうとしてニット帽をかぶるよりはいくらかましだと思っておくか。
そんな、見掛けだけならだれよりも怪しい人間がさりげなく近寄ってきて、「ちょっと回り道します」と云ってすれ違って行った。それ以上に怪しい奴が居るらしい。どこの奴らだと不審に思いながらも適当な距離感でふらふらして付いて行く。
やっと仮の住まい、御用邸に近付いてきた辺りで、もう大丈夫と云ったジノが隣に並ぶ。
まず先に帽子を注意しようかと思ったのだが、それよりもジノがあまりにも不機嫌そうだった。


「どうした、おまえ」
「ッ、どうしたもこうしたも! 何愉しそうに男とデートなんてしてるんですか!」
「―――は? デート?」
「ふたりで街じゅう練り歩いて! しかも手なんか繋いじゃって!」
「ああ、案内してもらっていたんだ。何せおまえがあんな服を買ってくるものだから目立って仕方なくて、普通の服屋を教えてくれると云うから付いて行った。手は、はぐれないようにじゃないか?」


するとジノが、はーっとため息を吐く。


「……恨むべきか、憐れむべきか」
「は?」
「なんでもないです。帰りましょう」
「当たり前だ、帰る」
「いや、そうじゃなくてですね!」


ジノがぎゃんぎゃん喚く。


「おい、一体何をそんなに怒っているんだ。俺が絡まれたとき助けに来なかったくせに」


ギロリと睨み上げると、それまで強気だったジノが多少怯んだ。


「ああ、アレ。云い訳に聞こえるでしょうけど、あの辺り入り組んでたでしょう」
「そうだな。だからこそ俺は危険だったんじゃないのか」
「そこ突っ込まれると痛いですけど。あの辺、ル…貴方が連れ込まれたあたり、特に二本隣の通路は特に、人の出入りが激しかったんですよね」
「……何?」


あんな入り組んだ細い路地の暗がりに? とルルーシュの眉が寄る。


「あー、ただ、そっちはゴロツキって感じではないです。普通の一般人な感じ。でも、住んでるにしても、あそこに? って感じでしょう。普通の人間なら尚更。建物そのものはともかく、出入り口の位置的に。どうにも怪しいので、その奴らに見つからないように、と思って回り道して、屋根から飛び降りようとしたんですけど、」
「さすがラウンズ……」
「そしたら、あの男に先越されちゃいました」
「……まぁ、ちょうど俺の黄金の右足が炸裂する直前だったがな」
「やっぱり…!」


ジノが呆れたように項垂れる。


「そんな気はしたんですけど。さすがにあの人数相手には止めてくださいよ」
「ああ、だから助かった」
「また危険を結果だけで語って誤魔化して……。しかし、無事に済んだことは確かに結果としては良かったのですが。助けてもらったからって、何もあんなに、こんな時間まで付き合うことないのに。案内と仰っていましたが、まさか助けたお礼に付き合ってとかなんとか云って、無理に連れまわされたわけじゃないでしょうね?」
「は? いや本当に、旅をしていてこの国には着いたばかり的な話をしていたら、別れ際に服屋他、この辺案内するけどどうかと誘われただけだ。その服では目立つだろうから、この後も目を付けられるんじゃないかと云って。お人好しな奴だなと思ったが、なんか捨てられた犬がきゅんきゅん鳴いてるみたいに見てくるものだから、つい」
「つい、って。どんだけ犬タイプに弱いんですか」


私とか! と張り切って親指で自らを指すものだから。


「おまえとは何かタイプが違う。アレは何か、新鮮だった」
「……猛犬かもしれませんよ」
「そうかもな。―――いや、それはおまえだろう。忠犬にして、時に猛犬」
「判ってくださっているのなら良いのですが」
「アレも、仔犬っぽい裏にその面を隠し持っているのは確かだろう。いや……猛犬、と云うよりも……獅子と云うべきか」


ただし、いまは眠っているが。


「……私が見ていた限り、一応はほのぼのとしていたようでしたが?」


何故かジノの額に青筋が浮く。


「そうだな。不思議なくらいに」
「……不思議?」


ジノが頸を傾げる。


(……―――スザク)


ふっ…と、眸を伏せる。
そして、顔を上げた。満月にはまだすこし足りない、欠けた月。ブリタニアから見るものとは、影が違っている。
日本に来ているのだな、と思った。そう、ここは日本だ。


「ああ―――アレは、アイツは、枢木王だ」
「……は!?」
「ああ、着いたな。仮初めの我が家に」


念のため、入り口ではなく森のように屋敷を囲んだその隙間から入って行く。死角は当然把握済みだ。


「ちょっと待ってくださいよ! つまり狂王ってことですかソレ!」
「ああ、そうだな。そうとも呼ばれていたな」
「アレが…? そっくりさんとかじゃなくて?」
「さすがに印象と気配は変えていたが、アレは本物だ。声と、耳の形が同じだから。声は声でトーンは変えていたがな」


横並びをすると監視カメラに入り込んで危険だからと後ろを付いてきていたジノから、何故か怒りのオーラが伝わってくる。


「……そう云えば、初夜の顛末など聞いていなかったんですけど」


私はサバイバル中だったので、と猛犬が唸る。


「それはこんな歩きながらではなく、この後にでも教えてやろう。ここに来ることになった経緯も含めて」


その怒り加減からして、生えた胸をつかまれたことは黙っておこう、と決めた。振り返って良く良く注視してみれば、ジノは怒ると云うよりも何やら拗ねているようにも見えたが。


「そうですねー、何せサバイバルから解放されてすぐにこき使われてますからねー」


ぶすう、とむくれた顔が可愛くもなんともないのでまた前を向いた。本当に犬だったら可愛く思えたかもしれない。


「なんだ、それくらい。護衛のくせに。それより、アイツに明日は遺跡に行こうって誘われたんだが」
「…はッ!? アイツって、狂王にですか?」
「それはそうだろう。立ち寄った店の人間を除けば、街で接触したのなど、お前が見逃した下品な奴ら以外にはアイツしかいない」
「そこはすいませんって……いや、それよりも! 行くんですか?」
「ああ」
「なんで! 狂王のことを探ろうとでも!?」
「まぁそれもなきにしも非ずだが、そういうわけではなく」
「では何故!」
「だって遺跡だぞ、遺跡」


ルルーシュが振り向いて視線を合わせると、ジノが不審そうな顔をする。


「……はい?」
「考えてみれば、いままで俺はいくつかのエリアに行ってこそいたものの戦場ばかりで、当然旅行じゃあるまいし、観光なんてしたことがなかった。ブリタニア国内だって、成人しなければ視察なんて仕事は入らない。だから……遺跡だぞ!?」
「そんな輝かしい笑顔で見ないでくださいよもう……。本当に、恨むべきか、憐れむべきか」
「は?」
「いえ、何でも。―――で、待ち合わせ何時ですかソレ」
「昼ちょうどだ」


ルルーシュがそう教えた瞬間、はーっとジノがため息を吐く。


「ランチを食べてから遺跡とやらに向かうコースですか」
「―――え? そういうことなのか。咲世子に頼んで早めに昼ご飯食べないとなって思っていたが、じゃあ食べないで行った方が良いわけだな。助かったジノ」
「……憐れむ割合が大きくなってきた……。云わない方が良かったかとも思うけど」
「さっきから何をぼそぼそ云っているんだおまえ」
「いいえ、何も。思ったよりも少ない日数だったとは云え、さみしく寒い夜をひとりで越えて、独り言を云う習慣が付いただけです」


何をしつこい、と思う気持ち70%くらい、さすがに悪かったか、という気持ち30%くらい。


「ガッツだ、ジノ。今日は暖かいふかふかのベッドで眠れるぞ!」
「じゃあ一緒に寝てくれませんか」
「トリスタンにお願いしたらどうだ」


癒されるぞ、と云えば。


「さすがに酷すぎるでしょ殿下……」


どうせ真似だろうが、泣いてまで抗議してくるので。


「コレやるから落ち着け」
「……犬? に、花? 何ですか、これ」


既に屋敷にほとんど近付いている。そこから零れる灯りに翳して、透明で綺麗ですけど、とジノがもの珍しそうに眺めている。案の定涙の跡などない。


「日本式の飴細工だ。ガラス細工みたいに見えるかもしれないが、飴でできている」
「へー……精巧ですね。さすが日本だ」
「ああ。それに、おまえへのプレゼントを、と云っていただろう?」
「嬉しいような、結局は犬というあたりが複雑なような。花というあたりが、頭がお花畑とでも云われているような。まぁでも、他の男と居ながらも私のことを忘れていなかったようなのでちょっとは良い気分になりました」
「それは良かった。飴と鞭の使い分けは大事だからな」


犬はともかく、花の意味までしっかり読み取ったのは驚いたが。


「正に飴というわけですか。鞭がひどすぎて釣り合いはとれていない気がしますけど。しかも狂王とのデートが私にとっての鞭なのかどうか裏読みすべきか迷うんですけど。しかしコレ、綺麗すぎて食べられないなぁ。かと云って、私自慢の殿下コレクションにこのまま加えるのも溶けてしまうだろうし」


ぼそぼそ何事かつぶやきながらも、最後には結局、あとで写真だけでも撮ろう、とジノの機嫌は急上昇したわけだが。
……コレクション……


「……聞こえなかったことにしておこう。―――ああ、そうだ。俺はアイツに案内してもらった屋台で済ませたが。おまえ、夕飯食べたか?」
「さすがに護衛に徹していましたけど」


それが何か? とわりと迫力のある笑顔を向けてくる。


「じゃあ、何か作ってやるよ」


何が良い? と聞けば。


「温かい……温かいスープと、熱々のグラタンをお願いします…! デザートも、アイスなどではなくフォンダンショコラで!」


わりと哀願するほどだったので、申し訳なかったなと思う割合がちょっと増えた。


「それは判ったが、おまえ」
「何です?」


ちょっとしたお土産と料理くらいで機嫌が直るのならば安いものだ。―――と、思ったのだが。


「いまいちどういうものか把握していないんだが、観光地だというからには身を隠す場所が少ないかもしれないからな、見つからないようにしろよ。同じ旅行者に見せかけるのは許さん。王に印象を残すな。それに、もしかしたら森でも歩くのかもしれない。咲世子ほどは無理にしても、音を立てないように気をつけろ」


途端ジノが変な顔になる。


「……やっぱり恨もうかなぁ」
「は? ああ、独り言か」


ジノは今度はがっくりしてしまったが、実際に作った料理で完全に機嫌を直したようだったのでほっとした。しかしジノはむしろ咽び泣く勢いだったので若干引いたのも確かだ。
勝った、この点では絶対に勝った…! と呟く意味不明さに、サバイバルって人を壊すんだな、と他人事のように考えた。