その後はスザクが本当に真っ当な服屋が何軒か連なっているところに連れて行ってくれて、ルルーシュ好みの品揃えの店もあったので、まず服を調達することにした。もうとっとと着替えたい。まともな服を見れば余計にそう思う。
ただ、試着するたびにスザクがやたら似合うよを連発するものだからまったく参考にならなかったので、自分の好みだけで選んでおいた。この街に紛れ込むに相応しい、今度こそ周囲に溶け込める服が欲しかったので、現地人のスザクの意見を聞こうと思ったのに。お世辞ばかりでもこまる。気が利かない。
試着の際、ついでだとウィッグを外したときは、そうだったんだ、とさすがに褒めずに驚いていたが、そっちのほうが自然だね、踊り子には全然見えなくなった、とまた笑って結局は褒めてきた。ルルーシュがいままでつけていたウィッグのような、長髪の男はあまり居なさそうな街中を歩くので服を変えたところで目立ちそうではあるが、変装という意味でウィッグはどうしようか迷っていたのだが、外して良かったのかもしれない。
街中のひとたちは、ルルーシュが想像していたような着物姿ではなかったが、ブリタニアから持ってきたルルーシュの普段着だとやはりどこか浮きそうなので、数日分くらい必要だろうといくつか買ったのだが、支払いは僕がとかスザクが莫迦なことを云い出したので説得するのに骨が折れた。
借りをつくるのは好きではない。
むしろ助けてもらって、案内もしてもらっている身だと云うのに。何よりも、完全に私物だ。払われる理由などない。金はたんまりとある。皇帝からかっぱらった金が。
スザクは、僕が勝手にここを案内したんだからとか、換金レートがどうのなど何の理由にもならないことを云っていたが。こういったものを自分で買うからこそ旅をしている意味があるんだとか、ルルーシュが自分でも意味不明な云い訳をして、何とか納得させた。
しかし、その論争がひと段落し、ルルーシュが会計を済ませているあいだに、結局、それらの荷物は総てスザクに持つよと云われて取られてしまった。それもまた悪いのではないかという気はそれなりにしたが、手が塞がることで人を殴ることはなくなったと思えばまぁ良いだろう。そこは借りにはカウントしないでおく。重そうだから助かったそこは気が効くな、などと思ってなどいない。ああ、そんなことはない。
それにスザクは、殴るのが得意だと云うだけあって、見掛けの体躯のわりに腕などを良く見ると筋肉がついている。格闘系には見えないと思っていたが……日本の武道系というと、このくらいなのだろうか。
その後、スザクは雑貨屋と云っていたが、伝統工芸品が並ぶ店を見せてもらって、やはり日本の技術に感心した。何につけても細かい装飾が施されていて、色合いは決して派手ではないのに、華やかだ。
宿で使うからと云って生活用品が揃っている店にも連れて行ってもらった。観光が目的の旅行では普通あまり行かないところだと思うが、だからこそこの地で暮らす日本人の生活が垣間見れて興味深い。やっぱりスザクに荷物は総て奪われてしまったけれど、そのまま返さずに逃げるような人物ではないだろうし、あの重さはトレーニングの一環なのだと思うことにした。
一通り見てまわったところで、そろそろお腹空かない? と聞かれる。
歩き回ったからそれもそうだな、と頷くと、飲食店はもともと多いけど、いまはお祭りみたいな状態だから屋台もいっぱい出てるんだ。どっちが良い? と選択肢を与えてくるスザクに即答で屋台、と答えて。新鮮な気持ちで屋台を堪能した。
ブリタニアでも屋台の食べ物なんて食べたことがない。皇宮から城下町に出るときは大抵ひとりなので、精々がカフェで休憩するくらいで何となく敬遠してしまっていたから。
屋台の趣は日本とブリタニアでだいぶ違うのだが、店でゆっくりするよりもまた違う愉しみがある。ブリタニアでも尻込みなんかせず愉しんでおけば良かったと後悔した。
けど、さすがに食べ歩きは……とやはり苦く思う部分はあったが、一応ところどころに簡易的なテーブルと椅子は用意されていて、空いた席をスザクが神業としか思えない素早さで確保してくれたので気にせずに済んだ。
しかし、この食事時だけではなくずっとそうなのだが、スザクは立ち並んでいる屋台やいろいろなお店で声を掛けられていた。ウチ寄っていきなよ、今日は良いの出てるよ、などという誘いだ。ついでに、そんな美人連れてどうした、というような声もあったような気がするが、さてどうだったか。
何にしろ、自主的に治安の悪そうなところを見回りするくらいなのだから、顔が広く人望もあるようだ。
スザクはルルーシュを気遣いながらもそのひとつひとつの声に応えていて、ルルーシュはそんなスザクを眺めながら、スザクがオススメされていた中で気になったものをピックアップして食べた。スザクにしろ屋台の人にしろたまに奢られてしまったが、ここは意固地になって自分で支払うような場面ではないだろうとお言葉に甘えることにした。その代わりと云っては何だがどれもこれも案外イケるので、感想だけはちゃんと伝えるとどの相手も非常に嬉しそうだ。咲世子が居るので和食に慣れていないわけではないが、現地で食べるものは慣れないかと思っていたがそんなことはなかった。特に焼き鳥。ねぎまとつくねなんてとても良い。煮込みとかもなかなか、ブリタニアにはない味付けだ。デザート的立ち位置のたい焼きも良かった。カスタードもあったが、そちらは味の想像がつくので敢えてあんこを選んでみて良かった。日本来た! と感動した。
そうこうしているうちに暗くなり始めてきたので、さすがに初日からこれはまずいかと、しおらしくそろそろ戻らないと、と云ったら、スザクが非常に残念そうになってしまって。
きゅうん、と鳴いた感じだ。
「そっか……あんまり遅くまで連れ回しちゃいけないよね。あの、でも夜は夜で綺麗なところとかもあるから。ルルーシュ、もうちょっとここに居るって云ってたし。良かったら、」
また案内するけど、と云うので、
「ああ……お願いしようかな」
スザクがぱっと笑顔になる。
餌か、散歩用のリードを出してきたときの感じだろうか。
「じゃあ、また会えるってことだね!」
「ん? ああ、そうなるな」
「えっと、早速だけど明日とかは? 何か予定ある?」
本当に早速すぎるな、とは思ったけれど。
「来週までのことはあまり決めていないな。いろいろ巡ろうかと思ってただけで」
「じゃっ、じゃあ、遺跡見に行くとかどうかな!」
「え?」
「あの、昔の人が造った、」
「……いや、遺跡の意味くらいは知っているが」
「そ、そうだよね。えっと、いまの王より前の、皇族が国を治めてたころに政の中心地だったところなんだ。すぐ近くには、違う時代の城跡もあって。ちょっとここの街中からは離れてるけど……。興味はない?」
「そうだな……観光地なら、行ってみたい」
「本当!?」
あまりの笑顔にこちらが怯んでしまうくらいだった。
「離れてるって云っても、半日もあればじゅうぶん往復できるくらいのトコだから。じゃあ、明日のお昼、正午くらいに、今日裏道から出てきた辺り……は、ダメか。厭な思い出だよね」
えっと、と考え始めたスザクに、くすりと笑う。
「いや、大丈夫だ。判りやすい場所だし、もうあんな格好もしないから。それに、もしまた何かあったとしても、スザクが助けてくれるだろう?」
ぱぁっと、笑顔が輝いた。
ずっとお留守番をしていて、ようやくご主人が帰ってきたときの感じだ。
「うん、任せて!」
その後、すぐ別れるのかと思ったら、今日はルルーシュと会えて良かった、愉しかった、ルルーシュが敬語じゃなくて普通に話してくれるようになって嬉しかったなどと両手を繋がれたまま延々と続いたので正直辟易したが。
送っていくと云うスザクに、街中の宿だから心配は要らないと云って荷物だけ受け取って振り切った。
しょんぼりと、じゃあ、と手を振るスザクに、久々に解放された手を振り返し、明日な、と云ったら、また眩しい笑顔を見せてくれた。