ものすごくハラハラしながらの頼みごとだったが、ジノは見事にその期待をある意味で裏切らなかった。


「なっ…、なんだ、これは!!」
「何って、殿下ご所望の服ですけど?」
「俺は! 普通の! 民衆に紛れるような服を買って来いと云わなかったか!? これではまるで踊り子のようではないか!!」
「何にしろ殿下は目立ちますって。これくらい派手な方がかえって良いですよ。そもそもこれがいまの流行りですから」


……信用ならない。
と思ったが、それほど時間も掛けず戻ってきたということは少なくとも街で売られているものであることは間違いない。
もう一度頼むのも面倒だし、ジェレミアは顔が割れていて、神殿の人間たちには護衛と云い切ってしまった手前、もし不意をついて誰かが訪れてきたりしたら居ないとまずい。ルルーシュは臥せっているとでも何とでも云って誤魔化せるが。咲世子は……天然だ。いや、咲世子も顔が割れている。とは云え変装術くらいお手の物だが……いや、彼女は天然だ。ジノと大差ない気もしてきたが。女性に選ばせるのもな、という考えもなきにしもあらず。
消去法でジノに頼むことにしたわけだが、さすがは大貴族と豪語するだけはある。満足におつかいもできないらしい。よって、ご褒美はナシ。


「―――まぁ、良いだろう。行くぞ、ジノ」
「行くって……何処に?」
「街中に決まっているだろう。まずは商店街あたりにしておくか」


なっ、危ないです何を考えているのですか! と喚いたジェレミアが、驚きのあまりつい一瞬うっかりルルーシュに向かって投げそうになっていたオレンジの存在に気付いていたルルーシュだったが、確かに心配性のジェレミアにとっては何云い出すんだこのわがまま皇子! という気分だろうから黙っておいてやった。


「探りたいことがあってな。せっかく自由に動くために移ってきたんだ、チャンスは利用しないとな」


きちんと説明すれば、ジェレミアは何とか納得したようだ。さすがに市中に出るとなれば心配になるのは判るが、基本的にはルルーシュの意向に逆らわない男だ。ただ単に大人しく姫として輿入れしてきたわけではないことくらい気付いているし、かと云って細かく確認してくるでもない。部下の鏡と云える。


「じゃあ殿下とデートですね!」


一方、莫迦なことを云い出すジノに嘆息する。


「まさか。別行動に決まっている」


また何を考えているんですか危険過ぎます! とジェレミアが喚くので。


「―――と云っても、おまえはこっそり俺の後を付いてきて見張っていろ。一緒に出歩かないほうが良い」


ジノに命じると、まぁそれなら……とジェレミアがすごすごと退散する。
ジノはジノで、まぁ良いですけどー、とか云いながら、不審そうな眸でルルーシュを見ている。


「……何狙ってるんです?」
「おまえへのプレゼント、とでも云ってやろうか?」
「すっごい嘘くさい笑顔ですね」


基本的に忠実ワンコのジノだが、時折ものすごく冷静になる。


「―――あ、そうだ。俺は黒髪だから目立たないだろうが、」
「そう云う問題じゃないんですってば殿下ぁ」


ジノががっくりと肩を落としてそう割り込んでくる。ジェレミアと、まさかの咲世子までがこくこくと感慨深げに頷いているが、何だと云うのだろう。眸の色だろうか。でもそこまで明るい色でもないし、俯き加減なら大丈夫だろう。


「おまえは結局目立つし、既に印象付けられているかもしれない。髪を染めろとまでは云わないが、お色直ししてこい」
「…! まるで結婚式ですね殿下!」
「商店街で、別行動で?」
「…………着替えてきます……」


すごすごとジノは退散して行った。










***










やっぱりこの格好はおかしすぎるのではないかと、ルルーシュはあちこちから投げかけられる視線を感じながら、不安を持ちはじめていた。
ジノとは違い黒髪であれば、そう目立たないかと思ったのだが……やけに見られている気がする。しかも、同じような格好をしているひとが全然居ない。


(ジノめ……)


さすがに布こそ羽織ってはいるが、やはり露出度の高さは判ってしまうものだ。
流行りでも何でもないじゃないか!
……とは思ったが、まぁそれはジノのセンスから云って何となく予感していたので自分の所為かとため息を吐く。たださすがにこの方向性は予想外の問題外だ。派手めのものを選びそうだなとは思っていたが、ここまでとは。
妙に純粋なところがある奴なので、店主の「いま流行ってるんだよこれ〜」などという甘言に簡単に騙されそうだ。
何たって、貴族だし。買い物なんて外商からしか買わない貴族だし。ルルーシュのように時折皇宮を抜け出しては城下町で遊んでいるわけでもない貴族だし。かと云って、ジノがルルーシュに比べ真面目というわけでもないが。
しかし、服装調達ミッションについてはともかく、護衛ミッションについては頑張って目立たないように、適当に付いてきているようなのでそれは良しとしていたが、


(この状況で助けに来ないというのはどうなんだ……)


数人の男どもに路地裏に連れ込まれ、囲まれているこの状況で。
下品な身なり。下卑た嗤いと、卑猥な言葉で誘って、いや、襲ってこようとするのに―――……
怖い、わけではなく、ただひたすらに腹が立つ。


(こんな、見るからに細い、いたいけな俺にッ…!)


こういうときは都合良く自分の体型を理由にする。
囲まれているだけならまだ耐えていられたのだが、肩に触れられて「これからどう? 全員で相手してあげるよ」という言葉に、正にC.C.の云うところの火事場の馬鹿力というやつが炸裂しようとした瞬間、


「何やってんだッ!!」


狭い空間に一気に響き渡った怒号が聞こえたかと思ったら、もう次の瞬間には全員が地面に倒れこんでいた。


「…え?」


タイムスリップ? と一瞬本気で疑った。
が、布で顔を隠しつつちょっとだけ見上げると、しっかり拳を握った男ひとりだけが立っている。
……いや、この場の全員をこの男だけで伸したのならば、タイムスリップの可能性が余計に高まった。それともルルーシュが呆然として時間感覚が薄れているだけだろうか。


「君ッ…! 大丈夫だった!?」


まぁ、何にしても恩人だ。
御礼はちゃんと云わなければ。それが母による、脅迫にも似た教育だから。
慌てた様子で駆け寄ってきた相手に向かい、被っていた布を外して、相手を見て。
タイムスリップどころじゃない。

―――さすがに、時が止まってしまったような気がした。