次の日の朝。
ルルーシュは仮面のままで人前に現れた。
「あ、あの、王によればご成婚されたとのことですが……」
ルルーシュがこそっとジェレミアを呼ぶ。
ジェレミアが、それは…! という顔をしていたが、云うことがきけないのか、ああそれとも咲世子に云わせた方が、と云いかけたらもうものすごく哀しそうにイエスユアハイネスと云ってきた。
確かに咲世子に任せたらあの天然でもっと余計なことになりかねないので、ルルーシュは最初から咲世子に任せる気などなかったけれども。
ジェレミアがルルーシュにしか判らない程度に仕方なくといった調子で、しかし大臣たちに対しては気丈に口を開く。
「ですが、正式な結婚式と国民へのお披露目は来週になりますし……」
その仮面のまま人前に出るつもりか! と云わんばかりに大臣の顔が青くなったのをルルーシュは仮面の下で愉しんでいた。
「たっ、確かにそうですが、式より前に夜伽というのは早急だったと思いますが、」
「その……殿下によりますと、仮面ギリギリの境界線の首すじなどにその…跡を残されていまして、」
えっ、マジ!? みたいな大臣の顔はもうこの場で笑い出してしまいたいほど面白いが。
「殿下は大変恥ずかしがり屋でいらっしゃいますので、もし王と鉢合わせたりなどしたら慌てて顔も真っ赤になってしまいそうなので、できれば気持ちが落ち着くまでは仮面で隠しておきたい、と」
「そ、そうですか……」
面食らった大臣たちを無視して、ジェレミアをつんつんする。
どうしましたか、と顔を近付けてくるジェレミアに。
ああ、そういうことならまだ……と納得させた。
「それで、あの……大変失礼かとは思うのですが……。少々、お願いがございまして、」
ジェレミアが相手の顔色を伺いながらそう切り出すと、大臣たちはそれまで顔色を伺うまでもなく、え? あの王が? むりやり、なるべく仮面を見ないようにして事に及んだだけじゃないの? みたいな反応をずっとしていたのは丸判りだったが、何とか我に返ったようだ。
王の機嫌次第で強引に進めて、姫の機嫌を損ねるよりは良い、と安堵していたのも仮面越しのルルーシュには判った。
「えっ、は、はい。何でもお申し付けください。結婚式こそまだとは云え、姫……いいえ、もう奥方様なのですから」
「その、それならば尚更。王には寵姫がたくさんいらっしゃり、遊郭へも頻繁に足を運んでおられると伺っておりまして……」
大臣たちがサーッと青くなる。
その慌てようは明らかに丸判りだったので、ジェレミアは大臣たちを宥めるようにした。
「あ、いえ、英雄色を好むと云いますし、ブリタニアにも皇妃は何人もいらっしゃいますから。こちらもこちらで文化があるでしょうし、それは構わないのです。ただ殿下……いえ、ゼロ様は恥ずかしいなり哀しいなりで、できればいまのところは王と顔を合わせることは避けたい、と」
「そ、それ、は……」
「ああ、もちろん結婚式は当然、他の公務など正式な場にはきちんと出るおつもりです。ただ、昨晩のことは義務だったのでしょうから、きっと王はもうゼロ様の元に来られることはないだろうと仰っております」
「あの、王が何か失礼なことを……」
それには、ルルーシュ自らふるふると頸を振っておいた。そして、その後に俯く。これで、健気な正妃の完成だ。
「輿入れした以上、こちらの文化に慣れるよう努力するとは仰っておりますが、……ここから先は勝手に私が自身の見解を申しますが、」
ハッとしたようにジェレミアの袖を掴んで、ふるふると頸を振り、やめて、と懇願するが、
「いいえ、云わせてください、殿下」
ルルーシュと向き合ってそう宣言したジェレミアが、大臣たちの方を向く。なかなか良い演技だ。
「私はゼロ様が幼いころからゼロ様に仕えておりました。だからこそ、ゼロ様が夢見がちで、倖せな結婚生活に憧れていたことを良く知っております」
「それ、は……」
大臣たちが俯く。
「真面目な方ですので、正妃としての義務は果たします。ですが、昨晩を最後としてご自分を見ていただけないのは少々お辛いと。そういうわけで、お願いなのですが、」
「あ、ああ、そう云えば最初にそう仰っていましたね」
「はい。私どもブリタニアにとっては離宮と云うのですが、こちら風に云うと、離れ……いえ、それだと同じ敷地内になってしまうのでしょうか。そういうものではなく、こちらからはすこし離れた場所をご提供いただけないものかと……大変失礼かつ無遠慮なお願いかとは存じますが」
「いっ、いえ、その、奥方様のお気持ちはお察し致します。王は、その……正妃になられたからこそ正直に申しますが、あまりこの神殿にもおられず、遊びまわっているのは確かでおりまして……」
ルルーシュが更に俯く。
大臣たちは、仮面がこんなに沈むのを笑いもせず焦っている。
「ただ、すぐにご用意できる場所と云うと、少々手狭な御用邸となってしまいますが……」
「いえ、じゅうぶんです。皆様にご迷惑をかけるつもりはございませんから、引き続きゼロ様に付き添いますのは私と篠崎だけで構いませんので」
「しかし、それはそれでこちらの方が失礼に、」
「護衛としては私だけで事足りますから、失礼などと思いません。無理なお願いをしているのはこちらなのですから」
「あの、では、そういうことなら……」
昨日からの度重なる王の失礼な振る舞いがある手前、強くは出られないのだろう。
しかし、確かにわずかに安心した様子だったこともルルーシュは気付いていた。―――それは、仮面だからというだけではなく。
大臣たちがやけに迅速に動いてくれたおかげで、その日の夕方には、王と鉢合わせすることもなく別邸に移ることができた。