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(とりあえず今日まで保ってくれたのは……良いんだか悪いんだか……。微妙に慣れるくらいの時間を与える辺りがアイツらしい)

「オイ」

(だがアイツのことだ、それほど長い期間持続するとは思えない。大きさだけではなくタイミングも絶対調整してやがるに違いない。せめて明日一日くらいまで保ってくれれば……明後日で二週間だからキリも良いだろう)

「オイ!!」


いきなり肩を掴まれ、びくッとして声がした肩の方に顔を向けたら、ちょっと仮面がずれて、頸の動きよりも仮面があとから付いてきてカクン、みたいになった。
あまり人間らしくはしたくないからもうちょっと締め付けるような感じにしたほうが良かっただろうか、でもそしたらさすがに苦しいし……などという方向に考えが行ってしまったので、何とか叫びは上げずC.C.の忠告を守ることができた。
花嫁―――……そう、認めたくはないが仕方ない。花嫁、その寝室だ。
窓から空を見上げれば、ちょうど真ん中くらいに月が出ているような時刻。


(……律儀に来たのか)


しかもいつの間にか隣に座っていて、わりと演技ではなく、身体が強張る。
シュナイゼルには悪いが、さすがにバールのようなものは止めておいた。……持ってきたけど。何があるか判らないから持ってきたけど。しかし打ち所によってはやばいだろうと思ったので、ジェレミアのスタンガンだけを選んだ。が、上手く行くだろうか。さすがに使用するにはまだ早い。
あれだけ厭そうにしていたのに来たと云うことは、あの大臣たちがよほどうるさく云ったのだろう。この仮面だ、あの王の暴言も、実のところ暴言とは思っていない。仮面さえなければ、美しいと評判のこの俺によくも…! その眸は節穴か! と突っ込むところだが。何せ仮面だ。
王にとってはいつも通りの態度に変わりないとしても、あの発言に繋がるのも仕方がないとルルーシュは思っている。そして、それが本心であっても。
それでも、王は来た。
要因としては、国のため、大臣に脅されたかウザいほど泣き落としされたか。国の存続と自身の資金の金づるとして、良いカモだと思っているのか……仮面の女を。いくらしきたりだとかいう理由があるとは云え、夫となる人間にここまで完全に顔を隠そうとする相手を。
日本側にどんな理由があったとしても仮面を押し倒すのはやっぱり信じられないが、そう云えば本人も王の責務とか云っていたか。あれはちょっと意外に思った。世継ぎを残すのはいくら狂王と云えど大事なのだろうけれど、側室の子でも問題はないだろう。……いや、自分のところの環境が環境だからこそそう思うのかもしれないが。
しかし何にしろ残念だったな、俺は男だ! と、先ほど肩を掴まれたときに強張ったついでに、思ったよりも近い距離にちょっと震えてみたりしたが。


「―――そんな怖がらなくて良い」

(……は?)

「僕は、そんな仮面女を抱く気になんてなれない」


そりゃそうだよな、と頷いたが、俯いたように見えたらしい。王が多少怯んだ。そこからは、何故か申し訳なさそうな雰囲気さえ感じ取れる。


(……ん……?)


何だろうか、これは。


「大臣たちには、初夜は上手く行ったってことにしておいてあげるよ。こっちとしても、ブリタニアとは上手くやっておきたいからね。どうせ君もそうだろう?」

(コイツ……)


しておいて"あげる"の部分は、多少上から目線ではあったものの。


(だが、これは……)


王は呆れたようにも見える態度で、肩を竦めた。


「ま、国に戻られても困るから、ここで勝手に好きに過ごしてなよ。多少急ごしらえだけど、君のためだけに作った部屋だ。ところどころブリタニア風になるよう気を遣ってあげたから結構住みやすい造りになってるはずだし、大抵のわがままくらい罷り通るだろ。ああ、一応正妃ってコトになるから、後宮からは離れてる。あそこは側室がごろごろ居るから、もし行って支配でもしたければ、考えなくもないけど」


ルルーシュにしては珍しく理解が追いつかなくて、きょとん、と頸を傾げる。やっぱり、頸の動きに仮面がかくりと追随した。
予定通りと云えば予定通りの展開だが、王のほうからこんな云い方をされるとは思っていなかったのである意味予定外だ。


「そう云えば、大臣たちが云うには成婚するまでは仮面取れないらしいけど、明日には外すってコト?」

(……どう答えるかな)


考えているうちに、と云っても短いあいだだと思うのだが。


「しきたりを云い訳にして何かコンプレックスでもあるなら、そのままにしておいても良いと思うけど、」


ベッドの端で隣に座っていた王が立ち上がる。
―――かと思ったら。
おもむろに近付いてきて、ぎゅむっと、胸を掴まれた。
ジノのときより痛いが、生身ではなく布越しである分いくらかましだ。
……その、……感じるとかそういう意味で。
しかし驚きすぎて、声も出なかった。いや、ちょっとだけほわって云ってしまったけれど、C.C.の助言が効いて本当に小声で済んだ。仮面のおかげで声が通らなかったということも多分にある。


「……ふーん。本当に声出ないんだ。これでも感じないなんて」


そんなわしづかみで感じるわけあるか! と文句でも云いたくなるが、一応しょんぼりしておく。


「ま、でも素直に仮面外して、ちょっとは見られる顔だったら抱いてやっても良いよ。嬌声も出せないのはつまらないけど、イイ身体はしてるみたいだし?」


じゃあね、と云って王は部屋を去って行った。
後宮の寵姫のところにでも行くのだろう。
とりあえず軽蔑するようなことはなかったので(胸を触ったのは、方法の是非はともかく驚かせて声を出すかの確認だったようなので)ジェレミアのスタンガンが役に立つようなことはなかったが、そしてある意味ジノの助言は余計だったと云えるが、何より魔女に頼って良かったとも云えるが、それはともかくとして。
王のあの対応は、ルルーシュの計画的には助かったとも云えるし、多少困ったとも云える。
既成事実云々についてはひとまずともかくとして。そもそも来なかったり、こんな仮面と初夜を迎えなければならないことを厭がってもっと悪し様に罵ってきたり、懸念していた通りこちらが拒否する事態になったりなどしたら、初夜は失敗したとして仮面をそのままにできたのだが。


(結局王が云っていたように、コンプレックスがあるということにでもしておこうか)


―――それとも。


(一泡吹かせてやるのも、面白いかも知れない)