日本側の大臣たちはそわそわしていた。
大国ブリタニアの姫との婚姻を何とか取り付けたとは云え、肝心の王が不在だからだ。
王が色狂いで神殿に不在がちなのは良くあることで、どんなに云い聞かせても聞く耳を持たず遊び歩いている。だが、どうせ国民は現人神である王の顔など知らないし、王だと気付かずに相手をしているのだろうからいつもは黙認していた。―――が、さすがに今日くらいは出掛けずに直接迎えられるようにとものすごく、それはもう泣き落としまでしてお願いしていたのに。
何せ、お迎えする相手はこちらに輿入れしてくるブリタニアの姫君だ。
何とかサクラダイトを筆頭にその資源を転用した技術などを糧として渡り合っているとは云え、相手は超大国。そして、国土を拡げるために各地に戦争を仕掛けているような国。
前国王は何かしらブリタニア皇帝と国交の関係のないところで交流があったらしく上手く外交をしていたが、その国王も急逝してしまい、あんな遊び人の、パイプも何もない莫迦息子が後を継いでいる始末。
内情を知り尽くし王と直接接している大臣たちからすれば、王は一人の人間であって、その代ごとで人間性はまるで違うことを理解している。
現国王本人が統治などしていないことは何とか国内外に隠しきっているが、何かしら露呈してブリタニアの機嫌を損ねてしまったらとんでもないことになる。最悪日本も攻略の対象になってしまうかもしれない。
その脅威から逃れるため、そして様々な資源の豊富なブリタニアからの支援を受けるためにも、この婚姻は重要だった。
ブリタニア皇室には何人もの皇女が居るが、何人も居るということを知っているだけでそれぞれがどんな人物なのかも判らないのだから、もうそのうちの誰でも構わなかった。乗っ取られることを懸念してお付きの者は最低限で、と伝えたが、既にそれで向こうの気分を害していることは判っている。
もう出迎えに王自らが姿を現さないことくらいは勘弁していただくとしても、せめて王の間くらいには居て欲しい。
玉座には簾がかかっているからいっそ代理を立ててでも、と考えたが、後ほど本物の王と接したときに声か何かで気付かれてしまう可能性がある。―――否、もしかしたらその応対中にタイミング悪く戻ってきてしまうことも……
何せ王は、周辺の国に伝わるような狂王の面は確かに大いにある。けれど国内での評判は、単に傲慢で何事も大臣に任せるものぐさで、夜な夜な宴を開いては女を漁ったりして遊んでいるばかり、と思われている。狂王らしく国民に対しても気紛れを起こし、急な勅令を出し慌てる国民で愉しんでいることはあるが、散々放蕩する遊び人であることも確かなので、国民に対してはその認識だけを植え付けることに何とか成功していた。他国とは海に隔たれ、閉鎖的である点が功を奏して。平和に暮らしていられて、作物の恵みがあれば、神がどんなに遊んでいても国民は気にしない。それに、さすがに本殿で豪遊しているだけで外にまでは出ていないと思われているようだ。大臣たちからすればやきもきさせられてはいるものの、王に対する国民感情は実のところそう悪くなかった。
しかし、国内では残虐な面は隠していても、やはり何処からか話はもれてしまうので、国の外には残忍性ばかりが伝わってしまっているが。
ただ、色狂いということも確かであるからこそ、王は婚姻自体には乗り気でないにしても自分を囲む女が増えるということで興味を覚えるかもしれないと、一縷の望みをかけていた。
それに、さすがにブリタニアを怒らせてはこの先好き勝手にできなくなりますよと忠告して、その辺りはそれなりに納得していたようだった。
―――だが。
馬車が到着して、その御者に手を引かれ恭しく現れた姫君に、大臣たちは絶句してしまった。
何せ―――
その顔…いや、頭? は、フルフェイスの黒い仮面にすっぽりと覆われていたのだから。
ドレスは、ブリタニアで流行りのポンパドール。スカート部分はフリルがたっぷりで脚は隠されているが、何頭身かと気になってしまうくらい長い。また、くびれはきゅっと締まっていて、スタイルが良いことは判る。
―――しかし、仮面。真っ黒で無機質な、フルフェイスの仮面。
そのアンバランスさが何とも珍妙だ。
何かしら色がドレスと合っているなり、飾りがついているなりしたら、まだ大きすぎる帽子や、大袈裟なヴェールと受け取ることもできたのだが。
―――仮面。
「えっと、あの……」
それでも勇気を出した左大臣が、王が不在のいま、私が…! と犠牲心を出して話しかけてみて、しまった、まずは開口一番に出迎えの言葉を出すべきだった…! と後悔したが今更だ。仮面に気を取られ過ぎてしまった。
姫がうやうやしく馬車の階段を降りているあいだ、ずっとその手を引いていた御者が若干眉をひそめたのが判る。
―――しまった。
御者はその出で立ちからして、そして直接姫の手を取っていることからも単なる御者ではないことは判る。
姫が降りきって、出迎えの者たちが並んだ向かいに真っ直ぐに前(……多分。多分これが仮面の正面。身体の向きからして)を見てすくっと立つ。
姫の後ろから荷物を抱えて出てきた女性は、ブリタニアらしいメイド服を着ていて、本当に普通で、大臣たちはものすごく安心した。
その安心に背を押されるようにして、左大臣が声を掛ける。総ての方が降りきるまで待っていました、という風を装って。
「ようこそいらっしゃいました、姫君。お待ち致しておりました。このたびは、遠いところからご足労いただきまして誠にありがとうございます」
すると、御者が仮面に耳を近付ける。
「この方は、神聖ブリタニア帝国第三皇女、ゼロ・ヴィ・ブリタニア殿下であらせられる。……このような出で立ちで驚かせてしまったかも知れないが、正式にご成婚されるまでは、ブリタニア皇族を除き人前に顔を出してはならないというしきたりがございまして」
「あ、ああ、そうなのですか!」
それでもその仮面はどうなのだろう、と正直思ってしまいながらも、でもおかしいことが判っているならいくらか良いだろうと左大臣が頷く。
「もっとも、ブリタニア皇室の、というわけではなく、ゼロ殿下の母后であるマリアンヌ第五皇妃のご実家に古くから伝わるものではありますが……マリアンヌ様はブリタニアでも大変人気の高い方で、ゼロ殿下は母君を大変慕っており、誇りに思っていらっしゃいますから、そんなマリアンヌ様のご実家の伝統を大切にしたい、と」
それなら納得できないこともないかもしれない、でもそれなら、そんなに徹底してフルフェイスにすることもなかったんじゃないの? 顔だけ隠れていれば良いんじゃないの? とは思いながらも、大臣たちはその理由などは特に構わなかった。だって、第三皇女って! あれだけ人数が居るのにそんなに高位って、結構重要な地位に居た方だったんじゃないの!? そんな方を輿入れする花嫁に選んでくれるなんて、ブリタニアってば思ったよりうちの国のこと重要視して気に入ってくれてるんじゃないの!? という歓喜の気持ちが強い。単にうちの王と、年齢的に釣り合いそうだからというような理由だ…と…して、も……
―――いや、仮面だから判らなかった。
しかもドレスもほぼ全身が隠れてしまうようなもので、肌もあまり見えない。だが、それほど歳がいっているようには見えな…くもないような気がする。姿勢や上半身のスタイルなどからして。
あとで第三皇女のご誕生がブリタニアで発表された時期を調べよう、と思いながら、まずはお疲れでしょうと中へと促した。
そしてやっぱり、あああああでも肝心の王が居ないんだった…! と顔色を悪くさせた。
もちろんあの仮面で。