日本国の王族には名がないらしい。
彼の地を王として治めるのは代々枢木家の主であるが、その王は現人神という存在であって、一人の人間として扱われることはないそうだ。
政治の中枢を担う宮廷……と云うよりは、現人神というだけあって神殿のようなものらしいが、恐らくその内部でだけ使われる、仮の呼び名くらいはあるのだろう。ブリタニアの皇族ほどではないにしても、王の御子が二人以上いるならば尚更、呼び分けは必要だ。……多分。番号で呼ぶとか可哀想なことでなければ。
しかしそれは、社交界に出れば名前も顔も公になるブリタニア皇族とは違い、一生外に知られることはない。代替わりをしても外部からするとずっと"枢木王"のままだ。
「―――ブリタニア人には、理解しがたい感覚だな」
ルルーシュは御輿入れの馬車に乗り、横を馬に乗り平行する金髪の騎士に話し掛けた。
「そうですねぇ……この世に人間の姿で現れた神―――現人神と云うのでしたか。ですが神とは云っても、うちの嚮団の魔女殿のように長生きしているわけでもないのでしょう?」
「ああ、普通に人間の寿命で代替わりしているようだな。我々と同じ速度で成長し、結婚して子を授かり、そのこどもが後を継ぎ、次代の王となる。人としては何ら変わったことのない流れに乗った一生でありながら、しかし神でもある。国民からは、王として敬われていると云うよりもやはり神として崇められているに近いようだが、あの魔女のように神秘性を敬われているわけでもない。人前に出ることもあると云うな。さすがに直接ではなく、ヴェールのような薄い布越しらしいが。とは云ってもその存在が大事なだけであって布の向こうを見たいと思うわけではなく、代替わりをしても何代目などと気にすることもない」
「ふうん……日本ならではの独特な感性、と云うべきでしょうか。施政者の顔も判らないだなんて、不安にならないのかと疑問だなぁ」
ううん、と難しい顔をする騎士に、ルルーシュは確かになと頷く。そうですよねぇともう一度頷いた騎士は、ふと何かを思いついたかのように、あ、と声を上げた。
「しかし、そう云えば日本は、ちょっとした小物や食べ物や……いや、山や川、湖や海などの自然、その総てに何にでも神が居るんでしたっけ。聞いたことはありますが、それもまた、唯一神の我々からすると良く判らないな。馴染めますかね」
「八百万の神というやつだな。その辺りに関しては、妖精とでも思えば良いんじゃないか? 良いモノだけではなく、妖怪の場合もあるらしいが」
「妖怪? 悪魔のようなものですか?」
「似たようなものと思って良いが、多少感覚が違うな。どこにでも潜んでいて、実体があるわけではないものも居るし、あったとしてもほとんどの者には見えないらしいから」
「ふむ……しかし、妖精と思えば判りやすいですね。物を大事にしないと、その妖精が怒って妖怪というものになるということでしょうか」
「そうとも限らないが……。いや、とりあえずは、そういう解釈をしておけば良いと思う」
それなら判り合えそうだ、と朗らかに笑っているジノは、本当に判っているのだろうか。
ルルーシュが訝しんでいると、それまで黙って御者に徹していたジェレミアが口を開く。
「しかし……殿下がお輿入れする先は、日本国民が祈りを捧げる、正に神々の総本山でありましょう。双方納得の上での婚姻とは云え、そこに他神教の我々が入り込んでも良いものでしょうか。いくらこうして日本の風習を理解するよう努めたとしても」
ジェレミアのその台詞には、さすがのジノもはっとしたようだ。
「ああ、確かに。特に奥方の扱いはどうなるのでしょうね」
「…………そうだな。現人神のつm……伴侶となると、さすがに王と同じような神ではないにしても……。人のまま神と婚姻するのはアリなのだろうか」
ジノは奥方と云った時点でルルーシュの周囲の冷気が下がったのを感じたが、だからこそこれ以上ルルーシュを刺激しないよう努めた。殿下が人妻かぁ、悔しいけど良い響きですね! と云いたくなるのを堪えた。
「では、改宗、ということになるのでしょうか?」
「どうだろうな。王に対する現人神信仰がほとんどの国民に広まっている割には、国教に定めているわけではない。しかも国民は普段の生活ではそれほど宗教を意識しているわけではなく、他の宗教にも寛容と聞いているが……」
どう答えたものかと迷うルルーシュに、ジノが頸を傾げる。
「……申し訳ありませんが、訳が判らなくて。どういう意味です?」
すまなさそうなジノに、ルルーシュがいや良い、気持ちは判ると頷く。
「そうだな、俺としても、どう説明したものか……。つまりは、王が姿を現したときこそ歓喜に湧くし、作物の実りが良ければ王のおかげだと感謝する。現人神信仰とはそういうものだ。だが日常的に祈りを捧げる習慣はないようで、特定の日だけ神殿に参詣するらしいな」
「ううん?」
ジノが頸を捻り、そうだよな、とルルーシュが頷く。その辺りの感覚も良く判らないよな、と。
「ブリタニア人は、敬虔な者ならば、食事などのたびに神に祈りを捧げ、定期的にミサに行く。そこまで真面目な者ではなくとも、例えば危機に陥ったとき神に祈ったりするだろう。何か罪を犯してしまえば教会に行き告解することもある。死の間際になれば神父を呼んで祈る。しかし日本人は、そういう個人的なことは神の思し召しではないようだ」
「ううーん……唯一神ではないからこそ、でしょうか」
「そうかも知れないな。そもそも八百万の神という認識があるから、王だけを神として崇めているわけでもない。だからこそ、系統の全く違う他の神を信仰していても気にしない、ということだ」
「ああ、そこは、唯一神ではないからと思えば理解はできます。では、それらの神のトップが王というわけですか」
「それもまたどうなんだろうな。古くから伝わる神話によれば、他に強い神々が居るようだし……それらにも王が勝つのか、その辺りまでは判らない」
「理解しがたいと仰っていたのはそういうことですか。日本人にとっての王の扱いが難しい、と」
「ああ。自然界の神なら、力関係や相性などは何となく判るんだが……。それらの神と比べ、王がどういった位置づけになるのかいまいち理解が難しい。それに、神は祟るものらしいからな」
「へ? 祟る?」
「そうだ。さっきおまえも云っていただろう。物に憑く妖精は妖怪にもなる、と」
「ああ……王もそうなのですか? いや、神?」
「そうだな。もしその年の作物の出来が悪ければ、それはそれで王の所為だ。あるいは、王を怒らせたか」
「ふぅん…? しかしそれって、見方によっては独裁政権と似ていませんか」
ジノがそう云って頸を傾げると、それまで難しい顔をしていたルルーシュが我が意を得たり、と満足そうな表情になった。
「その通り、俺たちからするとそう感じるよな。少なくとも民主主義ではないし、そう受け取るのは間違っていないと思う。だが、国民からすればそういう意識はない。王が政治を行っているという感覚も薄い。つまり王の治世が良くてもそれは国民にとっては天の恵みのようなものだし、王が間違った方向に進んだとしても、それは王の乱心ではなく自然のことだと受け入れてしまう。よって、内乱を起こすよりも供物を捧げるなどして王の怒りを鎮めるという方向に向かってしまう」
「それは……何と云うか、ある意味で不穏な気もしますね。我々がブリタニア人だからこそそう思うのかもしれませんが。日本は平穏な国だと聞いていましたが、そういう実情なわけですか。それにしても、殿下は博識ですね」
「そうでもない」
感心したようなジノに、ルルーシュがふるふると頸を振る。すると、ジノは何かに気付いて微笑んだ。
「ああ、そうか。勉強家というだけですね。この国に来るにあたって、いろいろ勉強してきた、と」
「勉強家というほどではないにしても。まぁ、前知識と言語くらいはな。気になることもあるし……」
「気になること?」
きょとんとするジノをルルーシュは横目でちらりと見て、若干呆れたように小さいため息をついた。
「おいおい教える。……と云うか、多分すぐに判るだろう。日本に着けば」
「そうですかぁ? 察しの悪さではラウンズ一を誇るんですけどね、私は」
「威張るなよ……」
「―――私も、現国王の振る舞いには気になる点が多々御座います」
「ゴッドバルト卿?」
「さすがジェレミア。気付いていたか」
ルルーシュが窓枠に肘を置き頬杖をつきながらニヤリと笑う。
「ええ、さすがに……。志願者だけで構成される自衛軍のみの日本からすれば、軍事大国であるブリタニアは明らかな大国にして、強者。日本特有の資源や技術があるからこそ、対等に国交を続けられているようなものです」
「まぁ…それは確かに。何にでも転用できるサクラダイトという資源があるからこそ、ブリタニアも日本を尊重して小国と侮ったり、ましてや侵略もしないけどなぁ」
ジノが同意したことで、ジェレミアがそうでしょう、と頷く。
「前国王はブリタニアを尊重し、かと云って謙ることもなく対等に渡り合い、上手く外交をされておりました。しかし、息子である現国王に代替わりしてからは、良い噂を聞きません。一部では狂王とさえ云われています」
「なんだ、ゴッドバルト卿まで勉強してきたのか。確かに狂王ともなれば気になるな」
「……いや、おまえ、そこは前もって話をしたはずだぞ」
ルルーシュが思いっきり顔を顰める。
「え? そうでしたっけ?」
「莫迦なのか、おまえは。……と突っ込むまでもなかったな。莫迦だ」
「そんなぁ……あ! そうだ、そう云えば魔女殿とそんな話をしていたことは思い出しました! ですので、莫迦ではありません」
ジノがキリッとした顔で、手綱から片手を離して胸元に手を当ててまでアピールするけれども。
「忘れていたのだから莫迦でしかない」
ルルーシュは呆れたままだ。
「あのときは違うことに気を取られていましたので」
「忘れろ。それこそ忘れろ」
「刺激的な体験だったのに」
むぅ、と顔をしかめたジノに、ジェレミアまでもが多少呆れたような顔をする。
「何にしても、同行することが決まれば下調べはするものではないですか。殿下がお輿入れするともなれば、相手国が気になるのは当然のことです。しかも調べ始めてすぐに良くない噂が耳に入るとあれば……」
「それはそうだが……ルルーシュ殿下に…、っと」
馬車の窓からルルーシュが手を伸ばし、ジノの口唇に人差し指を翳す。
「……そうでした。以後気をつけます」
「そうしてくれ。ついうっかり、は、これが最後な。次やったら……」
「や、やったら……?」
ルルーシュの睨みにジノがごくりと喉を鳴らす。
するとルルーシュは厳しかった表情を一瞬で変え、にっこりと微笑んだ。
「いろいろ考えておいてやるよ。歓べ、選択の余地くらいは残しておいてやる」
「酷ッ! 怖ッ!」
「ヴァインベルグ卿、貴殿が悪い」
「……ハイハイ。もし狂王の刃が殿下に向かえばお助けするのはもちろんですが。でも、そう云った危機的状況ならともかく、私たちが余計なことをするよりも、殿下に任せきっちゃった方が上手く行くのでは?」
「ほめ言葉と受け取ってやろう。だが俺自身は身動きがとりにくいであろうと思われるからな。そのためにお前たちを連れてきたんだ。頼りにしてるぞ」
こういうところが上手いよなぁ、とジノは苦笑しながら思う。もちろん、ルルーシュから与えられた信頼に忠誠で返す心と共に。
御者を務めるジェレミアは、もうそれに咽び泣く勢いだ。引かれている馬が、そんなジェレミアに引いている。何回か不安そうに振り返っていた。
(可哀想……)
馬にこんな感情を抱くのは初めてだな、とジノが考えている間に、ジェレミアの嘆きは更に深いものになっている。
「しかしッ……私は、殿下のお連れを最小限の二名以下で、と云われたことがすでに許せず…ッ!」
ああ、とジノは頷いた。
「そこは同意しよう、ゴッドバルト卿。気遣いがないどころか、舐められていると受け取っても良いのではないかな」
「おお、判ってくださいますか、ヴァインベルグ卿!」
良く判らない友情が生まれたところで、ルルーシュがふぅ、とため息を吐く。
それに気付いて、ジノは横目でルルーシュを見た。
「人数を抑えることに関しては、ひとまず置いておくとして……。一応陛下のご命令通り、あちらには姫ということになっているじゃないですか。彼の国では同性同士の婚姻も認められているらしいのに」
「ああ。だからこれほど長い時間こんな格好で我慢している」
そう、こんな格好と云う通り、ルルーシュにはそれなりに豊満な胸が生えていた。元々細い腰はコルセットで更に締め付けられ、男の無骨さを消し肉付きを良く感じさせるために布などを詰めて補正し、女性らしい腰の曲線を描いている。そして、馬車の中が狭いと感じられるくらい裾の広がった見事なドレスと。
自分の発言の所為で不機嫌になったルルーシュを取り成すようにジノが続ける。
「しかし、姫のお付きの者が男で良いのでしょうか? あちらは……」
ジノの疑問に、ジェレミアがもっともだと頷く。
「その点に関しては私も気になっておりました。お付きの者と云うと、護衛ではなく恐らくは文化の違いを鑑みて、身の回りのお世話をするための者という意味なのでしょう。私たちでは、単なる道中の護衛と判断され追い返されてしまいそうな気がしますが」
ジノとジェレミアの懸念に、ルルーシュは頷いた。
「まぁ、あちらの思惑としてはそうだろうな。だからそれに関しては考えてある」
「え?」
どういう意味ですか、とジノが尋ねる前に。
「ジノ、お前は適当なところで姿をくらませ」
「……はい?」
ルルーシュはにこにこと、しかし感情の篭らない器用な笑顔を見せた。
「日本国の王都の周辺は山に囲まれているからな。何日かサバイバルだ。安心しろ、用意はしてある。テントや食料、一通りこの馬車に積んであるから」
「いやいやいやいや、意味分かんないんですけど」
「さすがはラウンズで察しの悪さ一位の称号を持つ男だな」
「いや、まぁそれはそうなんですけど……って、違う! 何故ですか!」
喚くジノを無視して、ジェレミアがなるほどと頷く。
「ああ、そういう意図がおありだったのですね。私はてっきり、万が一崖崩れか何かで道が塞がっていたりしたときのための非常用だと思っておりましたが」
「って、ゴッドバルト卿は知っていたのか!」
「いや、私が知っていたのは、キャンプ用品が積まれているということだけです」
「キャンプって!」
ルルーシュは先ほどサバイバルだと云っていたのに、何だか軽い響きに変わってしまっていないかとジノが嘆く。
しかしルルーシュが口を開くと、さすがに大人しくなった。
「さっきお前たちが云っていたように、男ふたりのお付きの者ではさすがに変な想像をさせてしまうだろう」
「ああ、3ぴ、」
ジノが云い掛けたところに、オレンジが飛んできてジノの額にヒットした。誰が投げたかなど判りきっている。
結構痛かったらしく、手綱から片手を外して額をこするジノにルルーシュは内心で笑い、表情では呆れながら口を開いた。
「愛人と思われるのが精々だろうな。同性婚が普通に認められている国とは云っても、姫のお付きが女性であれば、さすがに愛人と勘繰られずに普通に世話役だと受け取ると思うが。日本の王とブリタニアの姫、男女の結婚に最初から姫が男二人を堂々と連れて来れば、結婚に不満がありお気に入りを連れてきたと思われるだろう」
「……そうですね。しかし私は貴方の愛人と思われるのでしたら光栄で、」
またオレンジが飛んできた。
地に落ちたオレンジに、猿が群がってくる。
そろそろ日本国に入ったあたりの山を越えているところだが、山の動物は人間を恐れる様子はなく、さきほどから獣の気配こそ感じるが、物珍しそうにこちらを見てくるだけで襲ってくる様子はない。それに、獣と云っても精々が猿や鹿くらいの小型なものばかりだ。ブリタニアの姫がそろそろ日本に入るだろうという情報くらい出回っているだろうに、山賊の類も現れない。
こう云った一部分だけを見れば、山に近い街も危険が少なさそうだと思われるので悪くない国のような気がするのだが。
コホン、と咳払いをして、ジェレミアが先を続けた。
「一応は護衛と受け取られたとしても、信用がないのかと気を悪くさせてしまいそうですしね」
「そういうことだ」
頷いたルルーシュの意を汲んだジェレミアが、なるほど、と呟いた。
「―――では、ここまでは普通に護衛としていらしていたヴァインベルグ卿にはひとまず隠れていただいて、あとでこっそりと合流というところですか」
「そうなるな」
「えー、ではゴッドバルト卿ひとりだけということになるじゃないですか」
それでは明らかに愛人にしか見えないのではないか、とジノが唸っていると。
「安心しろ。咲世子を連れてきた」
「……って、殿下のところの…ニンジャ?」
「ああ。適任だろう?」
「はあ、確かに、云われてみればそうですが……連れてきた、って」
「そうだな、語弊があった。正しくは付いてきている、だ」
生身で…? とジノが神妙に尋ねれば、生身で、とルルーシュがものすごく真剣に頷く。
最初から? とジノが引き気味で尋ねれば、当たり前だろうとルルーシュがイラつき気味で頷く。
まさか、途中の船も…? とジノが戦慄にも似た表情で尋ねれば、さすがに海を泳いではいない、とルルーシュが安心させるように頷いた。だが密航とは云えるかもしれない、と呟く。
「……すごいな。気配を感じない。もしかしたら、動物かと思った音が篠崎卿だったりしたのか」
「そうかも知れないな。……いや、気配を感じさせるとは思えないから、違うな」
「はー……ニンジャ、すごい」
そんな話をしていると、とすん……と馬車の上に人が乗る。
「し、篠崎卿!?」
「私はただの殿下子飼いの忍者ですから、そのような敬称は必要ありません、ヴァインベルグ卿。それよりも、そろそろ城下町に入ります」
馬車の上からの咲世子の報告に、ルルーシュが特に動じることもなく頷く。
「そうか……街の様子は?」
「中心部の神殿までは確かめておりませんが、王都で生活する一般国民は歓迎ムードのようです」
「ほぅ?」
先を促すルルーシュに、咲世子は揺れる馬車の上でも全く姿勢を崩さず、淡々と報告を続ける。
「当然、王を祝う気持ちは根底にあると思いますが。日本は、最大の交渉材料であるサクラダイトを筆頭に、様々な分野での伝統的な技術力に優れていますので他国からの評判は高いですが、主食以外の自給自足率は低く、輸入頼りの面が多いです」
「ああ……そうだったな。様々な国と遣り取りしているのだった。だがその辺り、ブリタニアが占領した国がある所為で国交が途絶え、怨嗟の声が上がりそうなものだが」
「しかしブリタニアは最も国土が広く施設も整っていて各分野の生産量も多いですし、他国を占領しエリア化してからその土地特有のものを上納させたりしていますから。ブリタニア一国と固く手を結ぶことができれば万事解決とも云えます。それに、医療技術を筆頭とした最新の研究分野におきましても、人材が豊富で他のどこよりも技術の進化が早いです」
「優秀な人物を無理にでも引き入れているのだから当然だな」
「私の立場では何とも云えませんが。日本国民からすれば、ブリタニアとの輸出入による経済発展が一番の期待のようですね。特に商店街は王のご成婚祝いだと盛り上がり、国民は湧き立っております。この賑わいは、少なくとも正妃のお披露目を兼ねた結婚式あたりまでは続くのではないかと」
来週でしたか、と咲世子が云うので、ルルーシュはそうだなと答えるしかない。つまり、少なくとも一週間は耐える必要があるのだと。
「城下町とは云え、一般庶民となるとその程度の認識か。呑気なものだな。狂王が治める国の民の反応とは思えないが……いや、だが感触としては悪くはないな。意外にも、一般人にはブリタニアへの悪感情はそれほどなさそうだ。では、そろそろ咲世子もこっちに入れ。近付いてきているなら、俺ももう窓を開けてはおけないから―――ジノ」
「テントでサバイバル生活しろってんでしょ、もー……」
「どうせ近いうちに、俺は王とは離れ離れの生活になるさ。そう計画している。そうしたら、ガウェインを遣いにやって呼び寄せるから、数日間だけ辛抱してくれ。……あ、いや、もしひとりきりのキャンプがさみしかったら、普通の顔をして商人や旅人と偽って街に入り、情報収集でもしてくれていても構わない。合流して以降は、もともとそのつもりだった」
ルルーシュが真意を語れば、そういうことかと多少ジノは納得したようだった。
「……なるほど。いや、しかし、殿下の合図があるまでは大人しくしていることにしますよ。私は日本人の中に入れば目立つ容貌でありましょう。たくさんの女性たちが群がっ……痛ッ! 痛いじゃないかオレンジ卿!」
さすがに3オレンジ目でジノが喚いた。
「冗談を云っている場合ではありません。それに私はオレンジではなくゴッドバル「いや、日本人と云えば、ほとんどがミス篠崎のような髪や目の色でしょう?」
「そうだな。そもそも咲世子は日系ブリタニア人だが、それはともかく。日本人はほとんどが黒髪黒目で、肌の色も白人ほど白くない。その中に金髪碧眼の白人の大男が現れれば、確かに印象に残りやすいだろうな」
「ですよね。ブリタニア人が姫のお輿入れのタイミングと一緒に国に入ると、何かしら怪しむ勘の良い者がいないとも限りません。殿下の思惑からして、顔を覚えられると厄介なこともあるかもしれません。さすがに云わせていただきたいことは多々ありますが、ひとまず数日程度なら我慢していますよ、姫君の云いつけ通り」
姫、と一瞬ルルーシュは顔を歪めたが。
「……そうだな。その辺りはなかなか察しが良い。任せよう」
「では、ミスニンジャが身の回りの世話をするお付きの者、で……ゴッドバルト卿は、やはり護衛とでも?」
いきなり呼び方がミスニンジャに変わったことにルルーシュは突っ込むかどうか迷ったが、馬車に入りルルーシュの斜向かいに控えた本人が「あらまぁ…!」とちょっと嬉しそうだったのでそのままにしておくことにした。
「ああ、結局はそう説明するしかないだろうな。護衛と云うよりは、騎士と云っておく」
誤解を受けても多少は仕方がない。しかし輿入れなのだからルルーシュこそが日本の文化に慣れるべきとは云え、ブリタニアの騎士の文化くらい判ってもらわなければ。
そう語るルルーシュに、ジノはなるほど確かに、ブリタニアにおける騎士の存在意義や、姫がその環境の中で育ってきたことを説けば良いのか、と思ったが。
「……一応、お尋ねしておいてよろしいですか?」
「何だ? そろそろ急がねばならないんだが」
「ああ、一瞬で済みます。つまりですね、何故ゴッドバルト卿が護衛で、私がこういう役割になったのですか?」
騎士だと説明するのなら、ルルーシュの専任ではないとは云え、ラウンズの私の方が適任なのではないかとジノは思ったが。
そんなのは簡単だ、とルルーシュから実に明朗な答えを返される。
「お前の方がチャラいからだ」
「……そうですか……」
ジノは涙を堪えながら、馬を引き脇道に逸れて行った。
日本にも顔が売れている可能性のあるラウンズが一皇女の嫁入りに同行するか莫迦、というルルーシュの呟きは届いていない。
宗教観のあたりは適当なので、あとで修正入れるかも。