我楽多ロジック
「いや、いやいやいやいや、待って」
「どうした、枢木」
きょとん、と外見(と云うか、服装)に似合わない幼い表情で、ランペルージが頸を傾げる。それにさえうっと怯みそうだったが、それよりも気になって仕方のない確かめたいこと、云っておきたいことがてんこ盛りだ。スザクはなんとか己を保った。
「一つずつ行こう。まず、どうして絡まれてたの? 大丈夫だった?」
既に二つ訊いてるな、と面倒な突っ込みを入れながらも、ランペルージは大丈夫だと頷く。
「綺麗な顔してるねとか何とか気持ちの悪いことを云って、近付いてきたんだ。あとは、このブレスとか時計を狙っていたらしいな」
「ブレス、」
この、と彼が掲げた腕に掛かっていたのは、なるほどファッションに頓着しないスザクでもギリギリ知っているくらいのブランドものだった。田舎にいた頃の知り合いが、憧れてパチもんを身につけていた気がする。けれど彼の場合は間違いなく本物だろう。
いや、だが、問題はそちらではない。
「綺麗な顔って……」
「残念ながら、良くあることなんだ。でも枢木のお陰で何ともなかった。ありがとう」
心からの御礼ほど、元不良のスザクにとって面映いものはない。しかもそれはそれは綺麗な微笑み付き。正直なところ若干照れてしまいながらも、そうと悟られないように努めた。
「いえどう致しまして……って。僕が居なかったらどうしてたの?」
「うん? まぁ、どうにかこうにか?」
「疑問形とか止めてよ……」
「俺だって男だ。急所くらい、知り尽くしているさ」
そりゃ股間をその尖った靴で蹴り上げられればスザクにだって隙くらいはできるかも知れないけれども。
「……それだけで何とかなる相手じゃないかも知れないよ? 抵抗したところで、抑えつけられたらどうするの。それにあの人数、」
ナイフとか持ってる連中かも知れないし、と云いたいのだが。
「でも枢木が全部伸してくれた。結果オーライで良いじゃないか」
「いや、まぁそうなんだけどさ……」
だからそのスザクが現れなかったらどうしてたのかということを聞いているはずなのだが、通じない。いや、判っていてはぐらかされているのだろうか。確かに男が絡まれていたというのは、恥ずかしい話かも知れないし……いや、こんな調子のランペルージがそんなことを気にするだろうか? と疑問に顎に手を当て、上げたその腕に、ランペルージがふ、と触れた。その細い指先に、どきりと一瞬胸が高鳴る。
「……な、なに……」
「いや、天晴なほど見事な体術だったな、と思って。パンチも足技も。美しかった」
ふわりと微笑む。その口元だけは、確かに最近見慣れたものだったけれども。
「あ、ありがとう?」
「見た目よりもずいぶん鍛えられているな。細マッチョというやつか。何か武道でもやっているのか?」
スザクの腕にしなやかに乗った筋肉を確かめるように、さわさわと撫でられる。その感触にどぎまぎしながらも、スザクは意識しないよう努めて直前の問いに頷いた。
「ああ、昔から空手と柔道をね。近所の知り合いが何でもアリの道場をやっててさ。そこで色々叩き込まれたんだ。剣道とか弓道とかも一通り。あとは、合気道もちょっと」
「そんなにやっていたのか、道理で。でも合気道は護身術だろう? 必要なさそうに見えるが」
「ま、そうと云えばそうなんだけど。色々極めたいな、と思って」
「そうなのか……感心だな。でも今は確か、帰宅部だったよな?」
「ああ、それは―――って」
ランペルージのペースに引っ張られて普通に返答してしまっていたが、ようやく我に返った。こんな暗い路地裏で何を話し込んでいるんだろうか。そうやって会話を堰き止めたスザクを、ランペルージはいつものように不思議そうにこてんと首を傾げて見つめている。
動作、は。いつもと全く同じ、なのだが。
「ランペルージ―――これから何か用、あるの?」
同じ動作なのにこんなにも心を揺さぶられてしまうのは、その顔立ちの所為なのだろうか。
「いや? 適当に買い物中だった。買うものは決まっているから用と云えば用なのかも知れないが、ひとりだし、出て来たついでにふらふらしている」
買い物か。きっとスザクとは相容れないような、オシャレなセレクトショップとかを巡るんだろう、と思いながら、同時にこんな外見の人間がお供(?)も付けずひとりでふらふら歩き回ってるって、ある意味危険じゃなかろうかとも思った。実際に絡まれていたくらいなのだし。それなら、とスザクは少々迷っていた顔を上げ、じゃあさ、と声を掛ける。
「一緒にご飯でもどう? ちょうど昼時だし。何て云うか、ちょっと色々聞きたいし……」
今更ながら思い出したが、口止めもしたいし……と思いつつ、しかしそれはお互い様ではなかろうかと思いながら提案すると、ランペルージは二つ返事で頷いてくれた。
「ああ、そうだな。枢木は、もうこの辺に詳しくなれたのか?」
「え? いや、実はこうやってぶらぶらするのは初めてなんだよね。どこに何があるのか、さっぱり」
「じゃあ、俺が案内する。希望はあるか?」
「ああそっか、地元なんだっけ。なら任せるよ」
それならこっちだ、と先導する背中に付いて行って、大通りに出たところで横並びになって。明るい場所でまともに見た彼の瞳の色に、また吸い込まれそうになった。