我楽多ロジック
実に数十秒見つめあってしまってから、スザクはもう一度、彼に話しかけた。ちなみにその間に、地面に伸びていて意識を取り戻した彼らは、スザクの腕っ節に恐れ戦き、去ってしまっていた。
まぁそれは良い。変に騒ぎになるよりは、なかったことにできる方が良い。
目の前の人物は知らないが……と思いつつ。
「あの……大丈夫、だった?」
「え、っと……君、どこかで……」
ランペルージ、と呼び掛けられた声は聞こえていたのだろう。なのにスザクのことが判らないらしく、頸を傾げている。何故だ、と若干ショックを受けながら「えっと、」と話を繋げようとしたが、名乗らない方が良いのかも知れないということにここで気付いた。
そう云えば、スザクはいま完全な素である。しかも、大立ち回りをしてしまった後だった。外見にしろ中身にしろ、名門アッシュフォードの学生には到底見えない格好だ。
ランペルージはちゃんと話せばただの根暗ではないということは判るのだが、物静かなことには変わりないので、もしかしたらこんなスザクの姿は彼を怖がらせてしまうかも知れない―――と気付いて。一瞬背筋を奔った冷たいものが示す意味を、スザクは知らない。けれど、それは厭だ、とそれだけは思う。いまスザクの外見は眼鏡を外し髪が顔にかかっていない程度だが、彼は相手がスザクだとまだ気付いていない。昼食時とか教室の席とか、結構近くで顔を合わせているので彼には顔立ちで判ってしまうかと思ったのだが、何故か気付いてくれないらしい。いや、気付かないほうが良いのか。スザクから名前を呼んでしまったものの、いまのうちに適当に誤摩化してこのまま去ったほうが良いのか。
しかし、スザクよりもむしろいまのランペルージの姿に、いやどうだろうかと迷ってしまった。
顔の半分を覆うのではないかという邪魔な眼鏡は今はなく、一部の前髪こそ下ろされてはいるが、いつもばさりと顔全体に垂れ下がっていた髪も綺麗に梳き掻き上げるようにセットされていたので、その顔立ちが綺麗に晒されていた。その、秀麗な顔立ちが。
初めて見る意外な素顔だったとしても、それでも、彼は絶対にランペルージで間違いなかった。スザクの直感がそう云っているし、声と態度はいつも昼食を一緒に食べているときと変わりがない。
でも何というか、派手だ。教室でいつも俯いてばかりいる、地味で暗い少年はそこに居ない。
服装もごてごてはしていなかったが、黒を基調にシルバーアクセサリーがところどころでアクセントが効いていて、ロックミュージシャンのような出で立ちだった。そして、何より、
「って、ピアスすごいね! 何個穴空いてるの!?」
じゃらじゃらとしたランペルージの耳枠に目を留めて、その寸前まで話す内容について迷っていたことを忘れて思わず叫んでしまえば、彼がああ、と納得の行ったような声を上げる。
「お前、枢木か!」
「え、ああ……うん。今気付いたの?」
「すまない。いつも眼鏡で判断していたものだから」
へぇ、じゃあ今眼鏡かけてないから判るはずがないね、と頷きかけて。
「って、眼鏡!? 僕のアイデンティティ、眼鏡!?」
「だからすまない、と。でも今ちゃんと判ったぞ」
と、ふふん、と胸を張る彼はやはりランペルージだった。スザクが教室以外で慣れ親しんだ、ランペルージだ。彼は確かに元々飄々としているところはあったと思うが、それにしたって反応が意味不明すぎる。
もし引かれたら、変なところを見せてごめんとか何とか云えば良かった。もし怖がられたら、余計なことしてごめんね、もう近付かないから大丈夫と云って、去れば良かった。
でも、この反応ってどうすれば良いんだろう。様子を伺おうとすると、ランペルージの方がスザクをじっと見つめている。
「それにしても……」
「な、何?」
あまりにも真っ直ぐな視線に、珍しくスザクの方が怯んでしまう。どんな相手でも、スザクが一歩引くなど今までなかったのに。
ランペルージは、そんなスザクを頭から足まで一瞥して、ふむ、と頷いた。
「枢木は眼鏡を外すとはっちゃけるタイプなのか」
なるほどクールジャパンだな! と妙にテンションが上がった彼は思った以上に変な人だったのだろうか。でも。
「いや、君こそ……眼鏡外すと美形とか、ベタ過ぎるって云うか……」
だってもうさっきからずっと、スザクはその瞳から視線を外せないでいるくらいなのだから。いままで外見などに惑わされたりしなかったはずの、少なくとも見蕩れたりなんかしたことのなかったスザクが、だ。