我楽多ロジック




しかし、それにしても―――期末。期末テストだ。
いよいよ期末テストの時期が近付いてきて、スザクは否が応にも緊張していた。
普段の成績はともかく、学期末テストは親にチェックされる。中学で真面目に勉強していないのだからそれほど期待はしていない、と云われたが、同時に恥ずかしい想いをさせるな、とも云われている。中間テストは教科も少なかったしまだ単元も導入部だったので何とかボーダーラインをクリアしたが、さすが進学校、どんどん専門性が高くなってきているし、期末では対象が全教科だ。ランペルージがいつも丁寧に教えてくれるおかげで、入学してまだ一学期前半の時点で匙を投げかけていた状況からは脱出できたものの、さすがに不安は残る。それに、真面目な地味キャラを徹底している手前さすがに赤字を取ったら目立ってしまうだろう。
とは云っても、週末に勉強しようとは思って机に向かったのだが慣れない所為かすぐに飽きてしまった。


(気晴らし……そうだ、気晴らししよう)


息抜きも大事だ。まだテストまでは一週間ある。何とかなるだろうと自分に云い聞かせて、街に出ることにした。
寮から出るときには当然大人しい格好をしていたが、繁華街に出る頃には結局服装を崩し眼鏡を外し、そうすると髪も鬱陶しくなってしまい、ドラッグストアに寄りテスターの整髪剤で適当に髪を上げてしまった。休みの日まで地味キャラを徹底するほどの決意ではなかったし、この方が動きやすいのだから仕方ない。
まぁ、こんな繁華街にテスト前のアッシュフォードの学生が遊びに来ているとは思いがたかったし、もし出くわしたとしてもいつも眼鏡をかけて大人しくしているスザクと今の姿を結びつけられる人は居ないだろう。
とは云え、さて何しよう、とあちこち視線を巡らせる。自制の意識が強く働いていたためか、必要最低限の買い物くらいでしか寮と学園以外の場所に出たことがなかった。外出らしい外出はこれが初めてなので、この辺りの地理には疎い。元々物欲があまりない上に寮と学園を行き来するばかりの生活では改めて買い物するようなものも特にないし、知り合いもランペルージくらいしか居ない。とりあえず買うものがなくても適当にCD屋とかの店を回って、久しぶりにジャンクフードでも食べて、結局ゲーセンという流れに落ち着くだろうか。
まずは慣れない場所なので、どこに何があるか把握するために適当に歩いて―――と見回したところで、久しぶりに触れる空気を感じてしまった。
チリ、と緊迫した、頬に焦げ付くような空気。
嫌な予感はしながらも、癖なのだろうか、発信源を探そうとしてしまう。
そして、上手い具合に大通りからは死角になっている暗がりに、小さな人だかりがあることを確認した。
その集団を、スザクはさり気なさを装って目を細めて観察する。ただ若かったころのスザクのような人間が屯しているくらいなら、いまのスザクには関係ない世界だと無視するところだが―――なんとなく、不穏な空気を感じる。
そして、彼らが一人の俯いた人間を囲っているのだという状況に気付いてしまったときには、既に身体は暗がりの方へと向かっていた。










「ったく……どこにでも居るんだな、ああいうのって。オイ、大丈夫だったか?」
「あ、ああ……すまない。迷惑を掛けた」


路地裏で絡まれている人を見掛けてしまって。
暴行を受けているわけではなかったが、何やら柄の悪い奴らが突っかかっている様子に、スザクからは未だ声の聞こえない距離であったが、彼らが何をどう罵倒しているのか大体想像がついてカチンと来てしまう。別に自分が云われたわけでもないのに、この苛立ちは一体何故だろうか。
久々に触れた空気、それが。羨ましいわけではなかったけれど、その懐かしさに胸がいっぱいになる。
どうやらスザクは、自覚しないままに大分我慢していたらしい。
今の学園での状況は自ら望んだことではあるけれど、中学までだったら暴れて発散していたものは、その行き場を失くしてスザクの中にすこしずつ蓄積されて行っていたのだろう。
だから、だろうか。
見ず知らずだろうが何だろうが、恐らく以前のスザクと似たような場所で生きている彼らが、しかし、卑怯な手段をとっていることに苛々する。男なら拳で語って見せろ。と云うか、ねちねちと嫌味を云ってくるのはスザクが一番嫌う相手だった。そういう奴こそ、ボッコボコにしていたものだ。
そんなことをを考えている間に、取り囲まれていた人間が反攻しようとしたのかゆっくりと腕を振りあげて、あ、と思ったとき。その腕が大分細いものだということを認識して、それで。

気付いたときには、総て終わっていた。


スザクとしてはあくまでも、いつの間にか溜まっていたフラストレーションを咄嗟に発散しただけであって、人助けをしたつもりではなかった。むしろスザクはこういうときに絡まれる方にも原因があると思ってしまうタイプだったが、しかし中学の頃よりは丸くなったし、内心で云い訳をしたところで、今回一人の人間相手に大勢で集ろうとしていた奴らにカチンときたのも確かだった。だから、結果的に助けたことになる相手に普通に声を掛けて逃がそうとした……のだが。
スザクの呼び掛けに応えた声が、随分と聞き覚えのあるもので。


「……ランペルージ?」
「……え?」


俯いた黒髪にも覚えがある、と云えば、ある。と云うのも、いつもぼさぼさ状態の髪だった彼とは違って今目の前の人物の髪は綺麗にセットされていたので、ぴったり印象が一致するわけではない。
そして、見上げてきた顔が。


「……マジ、で?」


未だ嘗て見た事も無い、とんでもない美少年が、そこに居た。