我楽多ロジック
ちゃんと話をして決めたわけではないのだが、スザクとランペルージは教室ではそこまで会話をすることはなかった。なんとなく流れで一緒に過ごしてはいるが、昼食時のような流れるような会話はない。ぼそぼそとお互いにしか聞こえない声音で喋り、呼び方もお互い「君」付けだ。
スザクは、昼食時にランペルージ相手だとちょこちょこ素が出てしまっているのを自覚していたので、教室で粗相をしないよう念には念を入れてよりいっそう大人しく振る舞うようにしていた。ランペルージの事情は知らないままだが、目立ちたくないのだろうということは判る。とは云え、ランペルージに話しかける人間はスザク以外ほとんど居なかったが。
そんな調子なので、つい先日行われた席替えで、上手いこと前後の席になれたことは助かった。扱い難いふたりを纏めておけ、というクラスメイトたちの思惑を感じないではなかったが、それでこそスザクが元々のキャラ故の照れ臭さを押さえ込んでまで「友達作り」なんてことをしてしまった甲斐があったというものだ。
休み時間にわざわざランペルージの席に行き、前後の人の席を借りるなんて煩わしい。
「ランペルージ君、さっきの数学で最後の問題判った?」
スザクが振り向いて小声で話しかけると、こくりと頷く。彼は教室内では口数が極端に少ない。
「実は解説追い付けなくてさ。良かったら、教えてもらえないかな」
「時間がないと云って駆け足だったからね、良いよ」
ノートを差し出すと、ランペルージはさり気ないフォローを入れてくれつつ、ランペルージがまだ仕舞っていなかった教科書を開き解説を始めてくれた。教師が何を云っているのか判らない上に、日直によってとっとと黒板を消されてしまったので中途半端だったスザクのノート上の図形に、ランペルージの手によって的確な補助線が引かれてゆく。彼の解説はとても判りやすかった。スザクの直感通り彼はとても頭が良いようだ。
その上、妹が居る所為なのだろうか、意外にも面倒見が良い。
(優良物件だったなぁ)
失礼な云い方であることは自覚しつつ。そんなことを考えていたスザクに、まさか考えを読んだわけではないだろうが、彼が手にしていたペンでコツンと頭を叩いた。
「ちゃんと聞いてくれないか」
「ごめんごめん、聞いてるって。あっさり判ったから感心してた。ついでに出された課題も付き合ってくれないかな」
「調子が良いな君は……」
ランペルージは、教室内では口調もちょっと違う。
自然は自然なのだが、昼食時のことを考えてしまうとあちらが素であることは間違いないので、どこか違和感があった。
スザクよりもずっと大人しく気が弱そうなキャラに変身している。
だがきっと、それを突っ込むのは野暮というものなのだろう。彼はスザクの態度の違いもスルーしてくれているのだから、それがフィフティフィフティというものだ。一抹の寂しさを覚えつつも、スザクはそんな気持ちを忘れようと努めた。
椅子に横に座り、後ろのランペルージに話しかける体勢にすっかりと馴染んでしまったころ、クラス内でひとつの計画が持ち上がっていた。
「期末テストが終わったら、今更だけどクラスの親睦を兼ねて打ち上げしようぜ」と云い出したのは、クラスで中心人物となっているムードメーカーだった。彼は反応の乏しいスザクにも時折話し掛けてくる奇特な人物で、しかしそれ故にほとんどクラスの全員が彼とは仲が良かったので、その発言はクラスのほぼ全体が歓迎ムードのようだった。
「―――だってさ」
大声で宣言された内容をそのまま、振り返ってランペルージに伝えると、彼はきょとん、としているようだった。眸は見えなくても、そのくらいの反応は判るようになってきた。
それにしても話は聞こえていただろうに、何だろうかこの反応は。
そのスザクの怪訝を声にする間もなく、ランペルージが口を開く。
「声は掛けられるかも知れないけど。俺は最初から数に入ってないよ」
冷めた声音で、どこか遠いところからクラスメイトを見つめるような口調で彼は云う。そんなことないよ、と彼に気を使うなんて今更だ。何より、ランペルージは別に落ち込んだ様子でもない。
「そうかな。でもそれを云うなら、俺たち、かな」
「え?」
「僕も、除外されてると思うし」
「……枢木君は、ちゃんと誘われると思うけど……」
「え? まさか」
「本当だよ。何なら、試してみようか?」
「試すって、そんなこと……」
人の気持ちを試すだなんて、すこし気が咎める。去年のスザクがそれを見たら鼻で嗤うだろうけれども。あれは粋がっていただけで、本来はそういう性格なのだ。
躊躇したスザクに気付いたらしいランペルージは、安心させるように微笑む。
「大丈夫だよ。誰も傷つかずに済む方法があるから」
「? 何それ」
「まぁ、まずは見ていれば判るから」
いつにも増してこそこそと声を顰めていたふたりに、クラスメートが「お前らは?」と声を掛けてくる。
クラス皆で、と宣言した手前、やはり一応お誘いはされるらしい。けれどきっと、空気を読めということなんだろう。
そう思ったスザクは、どうやって断るのが良いのか先にランペルージに相談しておけば良かったな、と思いながら、乏しい語彙の中から相応しい言葉を探した。
「えっと、僕は、」
「あの……俺まで誘ってくれるのか?」
クラスが最後まで云い切る前に、ランペルージが口を開く。
「へ? ああ、まぁ。クラス皆でって話だし?」
「その、どうもありがとう。俺…俺は、予定が判らないけど……考えて、おく」
「「へ?」」
普段の彼からは想像もつかない、吃った調子のランペルージの返答に間抜けな声を発したのは、スザクと誘って来たクラスメイトの二人だった。
日程が決まったら教えてくれ、と同じようにしどろもどろ続けたランペルージの言葉に、「あ、ああ……」と調子が狂わされた様子で、クラスメイトが離れてゆく。
「……ランペルージ君、どう云うつもり?」
「試す、と云っただろう。多分、近いうちにまた枢木に話しかけてくるだろうから。そうしたら、今から云う通りにすれば良い」
教室内とは云え周囲に人が居なくなったからか、ガラリと調子を変えて、淀みない口調でランペルージが云う。
「……そうすると、どうなるの?」
「さっき頸を傾げていたことがきっと判るさ」
妙に自信を持った様子のランペルージに、けれど何も判らないスザクは曖昧に頷くしかなかった。
果たして、ランペルージの云った通り、誘ってきたクラスメイトは再びスザクに話しかけてきた。ランペルージの姿がないときに。
「あのさ、ランペルージはああ云ってたけど、本気だと思うか?」
「本気って?」
「いや、なんつーか……人付き合い悪い奴だと思ってたからさ……」
うーん、とスザクは答えに窮す。その認識はきっと間違ってはいない。
スザクの認識では、彼はきっと社交的に振る舞おうと思えばそれができる人物な気がする。あの見た目はともかく、性格だけで云うならば。
けれど顔をあそこまで徹底的に隠し、はきはき喋る本来の口調を隠してクラスメイトに接するのは、仲良くする気はないという意思表示に他ならない。
付き合いは、確かに良くないと云ってしまって良いのだろう。
けれど、ここで否定すればランペルージのその意思を捻じ曲げることになってしまうし、かと云ってそうだね、なんて云って肯定したら、このクラスメイトの中のランペルージの評価が更に下がってしまうことだろう。
「だから、もし歓んでんなら良いとは思うんだけどさ。どう扱ったらいいのか判んねーっつーか……。断ると思ってたんだけどなぁ」
「そういう前提だったってこと?」
「ん? ああ、まぁ……あ、枢木は気にしないでぜひ来てくれよ!」
「え? でも……」
「気にすんなって。教室内では話しかけ辛くても、外で一緒に遊んだりすれば、話せる奴も増えてくと思うしさ」
クラス内であまり話をしないのをそんな風に捉えられていたのか、とスザクはどこか他人事のように思った。
「そう、かな」
「ああ。それにもしランペルージが本気で来る気なら、余計橋渡しで来て欲し……や、でもそれじゃずっとふたりになっちまうか」
むう、と本気で悩んだ―――困った様子のクラスメイトに、ランペルージの云った通りだったな、と思って、用意されていた台詞を口にする。
「あ、あの……ランペルージ君、ああいう子だから。誘われるのも慣れてないからびっくりしちゃって、どうやって返事したら良いのか、判らなかったんだって」
「…へ?」
「たくさんの人が居る場は苦手だし、あと、彼の場合実家から通ってて、ご家庭の事情であまり家を空けたくないから、日程によるかも知れないけど多分無理だろうって云ってた」
「そうなん?」
「うん。折角誘ってくれたのにはっきり断るのも悪いのかなって、ちょっと悩んでたみたいだから」
「あ……ああ、なんだ。そうだったのか」
心底安心した、という様子のクラスメイトに、スザクはひっそりと眉を顰める。
そんなスザクには気付かなかった様子のクラスメイトが、「じゃランペルージは多分不参加だな。枢木は考えといてくれよー、日程決まったら教えるから!」とすっきりした様子で手を振って去って行った。
もやもやした気持ちを抱えつつ、スザクは手を振り返し見送る。
抑えつけているつもりだったのだが、それは時が経てばたつほど、どんどん大きくなって行った。
誰も傷つかない方法だと、ランペルージはそう云っていた。
本当に、そうなのだろうか。
少なくとも、誘って来たクラスメイトは傷つくどころか安心した様子だったけれど。
(……行きたくないな)
最初からそうだったけれど。
クラスメイトとの遣り取りのあと、余計にそう思った。