賑やかなまでの音楽が鼓膜を刺激する。
けれど決して煩いというわけではなく。
冷静に振り返ってみれば馬鹿馬鹿しい、と思うだろうことは判っているのだけれど、さすがのルルーシュもこの場の雰囲気に呑まれたのかわくわくする感情を抑えられずに居た。


「ごめん、ルルーシュ。疲れる?」


それなりの付き合いの中で、ルルーシュが人ごみは苦手だと知っているスザクが気遣ってくる。
その覗き込む視線から逃れるようにして、ルルーシュは辺りを見回した。


「いや、平気だ。ちょっと、物珍しくて」
「そう? なら良いんだけど。もしかしてルルーシュ、遊園地ってあんまり来ない?」
「……日本に来てからは初めてかな。ブリタニアでも一、二度行ったくらいか」
「ええ?」


ルルーシュの返答にスザクは驚いたようだった。
だがこういうところは確かに女の子が好きそうな場所だし、何せ皆一度は行ったことあるという人気スポットだ。スザクはデートやなんかで来慣れてはいるんだろうけど。と思っていたら、まぁ僕もだけどさ、と返された。


「そうなのか?」
「男はそんなもんでしょ。確か最後に来たのは……ああ思い出したくない。イトコに無理やり連れられて、中等部の頃だ。そのイトコはそれが初めてだったもんだから、すごいはしゃいじゃって散々だった記憶があるよ」


今日はルルーシュとだから嬉しいけどね!
という爽やかかつ恥ずかしい台詞には既に反応しない技を覚えた。どんどん可愛げはなくなって行ってるのだろうが、ルルーシュの心の平穏のためには良い。


「イトコ?」
「そう。いくつか年下の女の子なんだけど、僕もそいつも一人っ子だから兄妹代わりみたいに育てられて。って云っても、なんて云うか……元気というか逞しいというか、僕なんかすっかりなめられてるから仲は良くないけどね」
「へぇ。でも一緒にここに来たんだろう?」
「そいつがすっごい行きたがって駄々捏ねたんだけど、大人が誰も連れて行けなかったから僕に白羽の矢が立っただけだよ。行きたがった本人も僕と? みたいな顔してたし」
「ふうん。私だったらお兄様が連れてってくれるなんて嬉しいけどな」


とは云ったものの、シュナイゼルとなら良いが、確かに相手がクロヴィスだったらルルーシュもお前とかよ、みたいな顔をしていたかも知れない。
シュナイゼルよりクロヴィスの方がこういう場所に来たがりそうだから余計だ。そもそも自分の名前を冠したテーマパークを造っていたんだったあの人は。つい最近できたらしいので当然行ったことはないが、招待状がしつこく送られてくる。良い加減にしろとそろそろ云うべきなのだろうが、こちらから連絡をしてしまうと調子に乗るのが目に見えているのでそれは避けたい。
いやまぁ、決して嫌いというわけではないのだが。


「……ルルーシュのとこは皆仲良さそうだよね。お兄さんも妹さんも、日本まで会いにくるくらいだし」
「……皆、ってわけでもないが」
「え。そう云えばちゃんと聞いたことなかったけど、ルルーシュって兄弟何人居るの?」
「聞かない方が身のためだ」


ほんとうに。
折角愉しい場所に居るのだし。
家族のことやそれ以上に、ユフィのことを訊きたいのだろうかなんてそんな嫉妬心も、今は忘れていたい。
ルルーシュのその心の声が聞こえたかどうかは判らないが、一応何かしらを察してくれたらしいスザクは「そっか。ルルーシュ来たことなかったなら、もっと早く来ればよかったね」などと少し残念そうに笑いながらパンフレットを拡げていた。
園内見取り図の描かれたそれを横目で覗き込み、広さとアトラクションの多さに驚きながらルルーシュも首を傾げる。


「でもココって、入場制限するくらい混む日もあるって聞いたが」
「みたいだね。今日は平日だから、それほどアトラクションの待ち時間もないみたいだけど。混んでる日は二時間待ちとかするらしいよ」
「すごいな。でも、それなら今日でちょうど良かったじゃないか。私に合わせて、無理に混んでる日に来ることもないさ」
「うーん、まぁね。でもやっぱりルルーシュとはいろんなところに行って、思い出作りたいしさ」
「え、」


一瞬心の内を見透かされたようでドキッとしたが、スザクの台詞に含むものは特になさそうで、屈託なく笑っている。


「混んでたとしても、それの愉しみのうちかなって」
「まぁ……そういう考えもあるにはあるか」
「若いうちには若いなりの愉しみがあるからね。ルルーシュは折角日本に留学しに来てるのに案外出不精みたいだし、いろんなところに行っておいた方が良いよ!」
「……そうだな。お前の体力なら、年齢は関係なさそうだけどな」
「それは褒めてくれてるのかな?」
「もちろんだ」
「なら良いんだけど」


スザクは複雑そうな表情で笑ってくれたが、ルルーシュの心中はそれ以上に複雑だった。


(今のうちに、思い出をいっぱい作っておきたいって……)


近く訪れるのであろう終わりの刻のために、先日ルルーシュがしたばかりの決心とまったく同じだ。スザクの台詞はそれほど深い意味ではなさそうだが、今は愉しそうにしているスザクも、いつかは表情を険しいものに変えて、遠ざかって行ってしまうのだろうか。段々とルルーシュたち一家に近寄らなくなっていった、父と同じように。


「哀しいな……」
「え、何が?」


思わず漏らしてしまったごく小さな呟きを、しかしスザクの耳はしかりと捉えたらしい。声にするつもりもなかったルルーシュが驚いてぱっとスザクを見上げると、心配そうな色をした視線と目がかち合う。


(あ……)


そう云えば、見下ろしていたはずのスザクの顔を、こうして見上げるようになったのはいつからだっただろう。まだ一年も経っていないのに、男子の成長はめまぐるしく早いらしい。最近は三年は受験のために自由登校なので、制服で顔を合わせる機会も減ったし、今日はたくさん歩くだろうからフラットシューズにしてみたけれど、普段私服のときはハイヒールを履いたりもするので気付く余裕がなかった。
愉しい時間はほんとうに早く過ぎてゆく。単身日本に乗り込み、さすがのルルーシュも心細さを感じたあの日から、もうすぐ六年になってしまうのだ。だけど何よりここ数カ月の期間が一番充実しているように感じるのは、単に記憶が新しいからという理由だけではないのだろう。


「……いや、何でもないよ」
「そう? ホントに?」


ただ愉しさだけを追求して、付き合いにOKしただけの関係のはずだった。だからこんな、胸が締め付けられるような苦しみを味わうなんて、そんなつもりはなかった。だけどそれは決して煩わしいものというわけではないから。
こうしてちょっとしたことだけで心配してくれる、今の関係を大切にする方が、きっとこの先良い思い出になってくれるだろう。


「ああ。ちょっと前を歩いてる親子がな、」
「え? ……ああ、あの人たち?」
「そう。お父さんが何やらショーの予約をし忘れたらしくて……奥さんと娘さんに責められてまくっているのを見て、哀しいなと」
「あ、ああ……なんだ、良かった」
「良くはないだろう。あのお父さんはわざわざ今日のために休みを取ったらしいぞ?」
「どこまで見てるの……って、いや、そうじゃなくて。ルルーシュ自身に何か哀しいことが起きたのかと思って、びっくりしちゃった」
「何を云うんだ。こんな愉しいところで、そんなわけないだろう」
「そっか。……愉しい?」
「もちろんだ」
「良かった。それなら良いんだ」


安心したように、晴れやかに笑ったスザクを今は素直に好きだと思える。今になってもまだ、さりげなさを装いながらルルーシュに気を遣ってばかりで、機嫌を損ねないようにしているスザクを見るにつけ、浅ましくもまだ自分はスザクにとって価値があるらしいと思ってしまう自分が厭になるくらい。
今も話を誤魔化したルルーシュに気付いてくれたのか、それともまっすぐ過ぎて気付かなかったのか。そのどちらだったとしても総てスザクの魅力だと思えてしまうくらいに。


「でも確かにあのお父さん、あんなに云われちゃって可哀想だね」
「な。あの女の子、今日が誕生日らしいのに……まぁ、抜けてる父君も悪いか」
「ホントに、どこまで聞いてるの……」


どこまでも何も、意識するしないに関わらず、周囲の声は総て聞いている。当然興味のあるなしで頭に入れる情報を切り分けてはいるが、これはルルーシュにとっての処世術だ。もちろん、そんな気味悪がられそうな癖の話をスザクに教える気なんてないが。
思わず出てしまった呟きを誤魔化した上での話題ではあるが、興味がないわけではない。せっかくの誕生日に、こんな場所で喧嘩なんて無粋なものだ。親子揃って遊園地というだけでも、ルルーシュにとって奇跡に近いのに。


「いや、ちょっと耳に入ってきただけなんだが、何か気になって」
「そうだね。……ねぇルルーシュ、お腹空いてる?」
「何だいきなり。まだ時間も早いし、あまり空いていないが……」
「そっか。実は僕、一時間後のランチショーの予約、取ってるんだよね」
「……さすが抜け目ないな」


出た。枢木スザクのモテる秘訣。最早感嘆のため息しか出ない。
思わず出てしまった心の奥の呟きに、スザクが少々不服そうに拗ねた顔をした。


「何その言い草」
「いや、だってあまり来ないって云ってたからな。そんなに詳しいと思わなかった」
「そりゃルルーシュとのデートだもん。下調べは用意周到に」
「……ありがとう、と云うべきか?」
「そう云ってくれると嬉しいけど。ルルーシュがショーに興味なさそうだったらキャンセルしようと思って、様子を窺ってたんだ」
「そんなに気を遣わなくて良いのに。私は、ここにスザクと一緒に来られただけで十分嬉しいし、愉しいぞ? もちろん予約を取ってくれていたりするのは感激するが、それ以上に」
「う、ちょ、ちょっとそういうことは、」
「? なんだ?」


スザクは話の途中で取りだしたらしいチケットのようなものを手にしながら、わたわたしている。心なしかその頬は赤いようだが、今日の心地よい陽気で暑いというわけではなさそうだし、どうしたのだろうか。ルルーシュがしばらく首を傾げて考え込んでいると、なんとか元に戻ったらしいスザクが「だ、だからさ」と呟いた。


「ああ」
「ルルーシュ、ショーには興味ないってわけじゃなさそうだけど。そのランチショー、食事のボリュームが結構あるらしいんだよね」
「そうなのか……面白そうだけど、ショー見ながら食べるのって、忙しそうだな」
「でしょ? だから、僕たちのキャンセル分をあの親子が使えるように、キャストに頼んでみるってのはどうかな」
「……良いのか?」
「うん。子供一人増えるくらいなら何とかなるんじゃないかな。誕生日の人は優遇されるって聞いたことあるし」
「でも、折角スザクがいろいろ考えて準備してくれていたのに……」
「そう気にしてくれるだけで十分だよ。ショーは見れなくてもパレードとかあるし、それにルルーシュ、レストランで食べるよりもいろんな屋台で食べ歩く方が、実は気になってるでしょう」
「え……」
「違った?」


そう微笑んで聞くスザクの表情は思いのほか優しくて、全身で違ったんなら好きにして良いんだよと伝えてくる。だが、それよりも、ルルーシュのそのずっとささやかな夢だったことをあっさり見破られてしまったことの方が驚いた。


「まぁ、そうだが……」
「じゃあ良いじゃない。決まり」


爽やかに微笑んだスザクは早速親子に話しかけて、キャストを呼んでいた。その時の背中がとても逞しく見えたのは、もう絶対に気の所為なんかじゃない。
晴れやかな表情で戻ってくるスザクの後ろにはもっと嬉しそうにしている家族がいる。ルルーシュの存在に気付いたのか、申し訳なさそうにお辞儀をした両親にルルーシュは微笑んで首を振った。スザクはルルーシュの我が儘とあの家族以上に、ルルーシュの中の名もつけられない何かをひとつ救ってくれたように思う。家族というものに由来する、トラウマとも呼べるような何かを。


「大丈夫みたいだったよ。すっごいお礼云われて、せめてお詫びにってファストパスもらっちゃった」
「ファストパス?」
「うん、ここに書いてある時間通りに行くと、並ばないでアトラクション乗れるんだよ。一応制限があって、一人で同時に何枚も取れないようになってるんだけど」
「へぇ。そんなものがあるのか。じゃあ、まず私たちも他のアトラクションのファストパス取りに行くか?」
「そうだね。これで効率良く回れそう。あ、その前にあのチュロス食べようよ!」
「チュロス?」
「そう、さっそく食べ歩き」
「……行儀悪くないかな?」
「ここではそういうのナシ! 誰も気にしないから大丈夫だよ」
「そうか……そう云えばみんなそうだな。でも、良く判ったな」
「え?」
「私が、その、ああいうの食べたがってること……」
「ああ、普段街中歩いてても、クレープとか気にしてるじゃない」


まさかその時点からばれているとは思わなかった。


「……そ、そうだったか。何か、気を遣わせて取ってくれた予約を、更に気を遣わせてキャンセルさせてしまって……」
「もう、それは良いってば。もしルルーシュが予約した張本人だったとしたら、やっぱりきっと同じようにしてたでしょ?」
「ああ、まぁそうかもしれないな……」
「ね? だから良いんだよ。それに僕としては、ルルーシュがワンピースで来てくれたことの方が感激で……」


唐突に話題転換されて、ルルーシュは一瞬動きを止めた。云われたことの意味を考え、すぐに我に返って赤面する。せめて何かしら取り繕おうと、ぎゅっとスカートの裾を握りしめてしまいそうになった掌を押しとどめたが、スザクはそれに気付いているのかいないのかにこにこしてルルーシュを眺めている。


「あ、コレ……」
「うん。この前妹さんとお揃いで着てたのとは違うよね。他にも持ってたんだ?」
「まぁ、滅多に着ないが……」
「それを今日着てきてくれたんだ。嬉しいな。この前のとは感じが違うけど、やっぱり似合ってるよ」
「……こういう場所には、合わないかなと思ったんだが……」
「そんなことないよ。歩きはするけど、アウトドアってほどじゃないしさ。ほら、周り見渡しても、スカートの子多いじゃない。もちろんルルーシュが一番だけど」
「あ……う……お前が、似合うって云ってくれたから……」


云った。云ってしまった。
キャラじゃないことは重々承知しているが、せめてもの悪足掻きだ。スザクの好みにこちらから合わせてやるなんて莫迦で情けないという気持ちと、でもそうして少しでもスザクの理想に近付きたい想いが鬩ぎ合っている。だからルルーシュの中にはどちらが正解なのか判らなくて、服装だけ変えてみて、こんなことは直接云わないつもりだった。だがスザクの反応は上々、だったと思う。ワンピースみたいな女の子らしい格好が好きということは、やはりつまるところユフィが好みということになるので素直に歓べはしないけれど。
だがルルーシュのその決死の台詞の後、スザクの反応がないのが気になって俯けていた顔を恐る恐る上げると、スザクは口元を手のひらで隠して真っ赤になっていた。


「……スザク?」


ルルーシュに名前を呼ばれてはっとしたらしいスザクは、すぐにくるりと踵を返してしまった。


「え?」
「あ、ぼ、僕チュロス買ってくるね!」
「あ、ああ……」


(何か……怒らせてしまったかな?)


避けたられたようにも感じる態度に、やっぱりアピールというのは逆効果なんだろうかと思っていると、チュロスを抱えて戻ってきたスザクはいつの間にか元通りになっていた。


「お待たせ」
「あ、ありがとう……いくらだった?」
「ああ、いーよいーよこれくらい。僕が食べたいって云ったやつだしさ」
「じゃあ、あの。いただきます」
「うん。ルルーシュ、さすがに食べながら歩くのは抵抗あるでしょ。あそこにベンチあるから、座ろう」
「ああ」


チュロスを持ってない方の掌で、手を掴んで引っ張られ、ベンチにつくと簡単に砂を払い「どうぞ」と促される。スザクのこういう紳士行動にはもう慣れているが、その隣に居た女の子たちグループがキャッキャ騒いでそのスザクの行動に感激しているのに気付いてしまい、すこし居たたまれなかった。だけど掴まれた手は、いつもよりも心なしかぶっきらぼうだった気がする。まるで初めて出逢った頃、中等部の頃のガキ大将のようだったスザクを彷彿とさせるような。
特にその頃は何とも思っていなかったはずのスザクを思い出し、いつの間にこんなに穏やかになったのだろうと思いながらお礼を云ってルルーシュは腰を下ろした。いくらこういう場所だと云っても、やはり育ちが関係して歩きながら食べるのは行儀が悪い気がするし、その辺りを気にしてくれるスザクはやはりすごい。だがいつもは率先して話題を振ってくるスザクも今はなぜか無言で、ルルーシュの隣に腰を下ろしチュロスに噛り付いていた。
口に食べ物を含んでいるとは云え珍しい。そんなことを考えてスザクを見ていたルルーシュに、スザクはおずおずと視線を合わせて口を開いた。


「あの……」
「何だ?」
「そのワンピース、やっぱり良く似合ってるね」
「え……」
「普段の大人っぽい格好もルルーシュらしくて好きだけど、そういう格好も似合っちゃうんだからルルーシュすごいなぁって思って」
「そ、そうか?」
「うん。僕の云ったこと覚えててくれたんだね。でもちょっと照れちゃって、ゴメンねさっき」


照れ隠しだったのか。
漸く繋がった不可解な行動の理由を思いながら、ルルーシュは微笑んだ。こちらが恥ずかしくなるような台詞をホイホイ云う奴だと思っていたが、本人にもその自覚はあったらしいと思うとなんだか微笑ましい。


「いや、良いんだ。それに服も、褒めてくれてありがとう。お気に入りなんだ」
「そうなの? あ、じゃあそれは自分で買ったってこと?」
「いや、これは兄が見立ててくれて、プレゼントされたんだ」
「え……それって、この前会ったとき?」
「そうだ。どうせまた兄と会うときくらいしか着る機会はないだろうと思っていたんだが。兄には似合う似合うと絶賛されたから、きっとスザクの前で着ても恥ずかしくはないだろうとは思って、思い切って着てみた」
「……台無し」
「は?」
「いや、ううん何でもないよ……お兄さん、センス良いんだなぁって思って」


何処となくスザクはうなだれたように見えたのだが、云われたことは嬉しかったので素直に頷く。


「ああ、そうなんだ。ご本人の普段の服装もすごく格好良いし、人の服を見立てるのもお上手だ」
「へぇ……きっと、ルルーシュに似合う服を良く判ってるんだろうね」
「そうかな……それは嬉しいな。私も頼まれて兄にコーディネイトしてみたけど、気に入ってくれていると良いな」
「―――ルルーシュも、プレゼントしたの?」
「いや、それは兄が自分で買っていた。次の取引先に着て行くのに、良さそうな服を見立ててくれるだけで良いからなんて無茶ぶりをされて。愉しかったけどな」
「そっか……うん、ルルーシュ。今度は僕と一緒に普通に買い物行こう」
「? ああ、そうだな。そろそろ冬物が欲しいしな」
「うん」


学校帰りにお店に寄ったりはしたことはあるが、そう云えば最初から服目当てで買い物するというのは女友達としか経験がない。男女だと見たいお店が被らないから時間の無駄だとばかり思っていたが、スザクとならそんなふうに時間を過ごすのも良い。そう思えることが不思議だったのでルルーシュはふふっと微笑み、スザクに向き直った。


「? どうかした?」
「いいや、何でもない。そろそろ行こうか」
「そうだね、時間もったいないし」


そう云って差し出された手を、いつもだったら「恥ずかしい」とか云っていたけれど、今日は素直に受け取る。スザクが少しだけ目を瞠るようにしていたけれど、気付かないふりをした。遊園地マジックだ。そういうことにする。
そして握り返された手に集まる熱を感じ取りながら、どうしてと心の中だけで問いかける。
どうして、こんなに優しくしてくるんだろう。どうして、軽い付き合いの人間にここまでしてくれるんだろう。どうして、期待を持たせるのばかり上手いんだろう。どうして。
――スザクがもっと噂通りの軽い奴だったら、こんな気持ちも抱かずに済んだのに。
そんな恨み節も今は勘弁して欲しい。だって、それくらいスザクはいつも優しいから。一緒に居るとドキドキして、不安になって、けれど辛いわけではなくて、やっぱり二人で過ごす時間は愉しいから。
置き去りにされた気持ちを持て余しながら、ルルーシュは景色を見るふりをして、スザクの横顔を眺めた。