昼休み。
ルルーシュが日直ということで先生から不名誉に云い付かった仕事としてノートを運んでいると、スザクが後ろから現れて荷物を全部持ってくれた。こういうことを普通にできる男子は貴重だ。しかもちゃんと声を掛けてから、けれどさり気無く強引に奪う。素晴らしい。レディーファーストと日本男児特有の逞しさが見事に調和している。
だからこいつはモテるんだろう、とルルーシュは客観的に思った。今のところはルルーシュが彼女ではあるが、これなら女の子が放っておかないだろうし選び放題だろう。自分でそう思っていながら、胸の奥がチクンと傷むのを自覚していた。
遠い目をしていたのだろうか、スザクがそんなルルーシュの目を覗き込むように見てきたので思わず硬直してしまう。
相変わらず、スザクとの距離の取り方には迷っていた。
「どうしかしたの?」
「いや……悪いな、全部持ってもらっちゃって」
「なんだ、そんなこと? 全然良いよ。そもそも女の子に頼む先生がいけないんだって。特にルルーシュは見るからに力無いのにさ」
「煩い。人並だ」
ぷう、と頬を膨らませれば、スザクは愉しそうに微笑んでいた。
「ねぇ、そう云えば僕、今部活無いんだ。テスト1週間前だからね」
「ああ、部活禁止になるんだったな」
そう云えばそんな決まりがあった。ルルーシュは生徒会だし、あのメンバーにとってそんなこと関係無いに等しいからすっかり気にしていなかったが。
「週末、遊びに行こうよ」
「……お前、勉強は?」
「今更慌ててもねぇ。もう今となっちゃ土日に詰め込むより一夜漬けの方がきっと効率良いよ。ルルーシュだって、テスト週間だからって慌てたりしないじゃないか」
「それは普段からお前よりはやってるからだ」
成績に執着はなかったが、それなりに結果は出しておかないと向こうに居る家族が煩い。かと云って目立ちすぎても色々云ってくるくせに。その辺りの調節には結構骨を折っていた。とは云えテスト前に慌てるほどできないわけじゃないから、テストの日は学校が早く終わって良いよな、くらいしか感慨はないのだが。
「ひどいなぁ、僕だってそれなりにやってるよ。あ、じゃあ一緒に勉強でも良いね。図書館とか行ってさ」
図書館デート。それはちょっと爽やか高校生っぽくて惹かれる。だが、その様子を想像するにつけルルーシュは既に疲れたような想いがした。
「……それはつまり、教えろってことか?」
「いやぁ、ルルーシュは綺麗にノート取ってそうだよね」
ほんわかした笑顔でなかなかなことを云ってくれる。さすがやり手はちがうな、なんてことを思った。
「期待できるようなものじゃないぞ。それに、週末は無理だ」
そう、残念ながら。
図書館デートはちょっと名残惜しいが、しかしそれよりルルーシュには優先すべきことがあった。
きっぱり断ったルルーシュに、スザクは残念そうに眉尻を下げている。垂れ下がった耳まで見えるようだ。
「そう……何か予定?」
「デートだ」
「……は?」
ぴた、とスザクの足が止まる。
横を歩いていながらも真っ直ぐ前を見ていたルルーシュは数歩歩いてから漸く立ち止まったスザクに気付いた。隣に在った気配が消え怪訝に想い振り返ると、スザクは呆然自失とでも云うべき顔をしている。
「スザク?」
「デートって……僕とじゃないよね?」
「今断っただろう」
何を云っているのかとルルーシュは首を傾げる。
すると、スザクのごっそり抜け落ちていた表情に、次第に色が戻って来た。と云っても、それは困惑のようだったが。
「……どういうこと?」
と思ったら今度は……怒りだろうか。眉間に皺が寄っている。
ぴり、と空気が張り詰めたような気さえしてルルーシュは身を竦めたが、何に怒っているのかは良く判らなかった。とりあえず一から説明した方が良さそうだと判断して口を開く。
「どうって……兄が仕事で日本に来るらしいんだ。それで、週末はオフだから私の様子も見たいしデートしようって」
「デート……」
「ああ」
「兄……ってお兄さん、と?」
「ああ」
今朝あったばかりの電話を思い出す。
シュナイゼルは確かにデートをしようと、開口一番に云ってきたのだ。ルルーシュもその瞬間は何云ってるんだと思ったが、それ以上に久々の兄との会話で気分の盛り上がったルルーシュは憧れのシュナイゼルとのデートという響きにすっかり舞い上がり、一も二もなく頷いたのだった。その気分はもちろん今でも続いていて、朝来る途中大学部の前で会ったミレイなんかには散々機嫌の良さを怪しまれた。尤も彼女はスザクと何かあったのだと思い込んでいたようだったが。
だからその気分のまま、スザクに同じように伝えたのだが、確かに彼氏に対し他の人とのデートというのはいくら兄とは云え表現がまずかったかと、今になって気付いた。けれど兄なんだし、怒られるようなことは何もしていない。スザクはあれか、遊び人の割に付き合っている間は義理を通す派なのだろうか。まぁ悪いことじゃないが、だとしたらこちらの方が悪いことをした。
当人のスザクは暫し呆然とした後、ゆっくりと溜め込んだものを吐き出すかのような長いため息をついた。
「なんだ、お兄さんか……心臓に悪いよ、ルルーシュ」
「なにが」
「デートって単語が。始めからお兄さんと会うって云ってくれれば良いのに」
「ああ……どうやら私はブラコンらしいからな。単に会うと云うより、デートと云った方が嬉しいんだ」
「へ、へぇー……まぁ、離れて暮らしてるんだもんね。どんな人なの? 歳近い?」
「歳、は……近くはないな」
なんたって大台だ。
細かく云ってしまえば歳の近い兄も居ることは居るし、ブラコンの対象に入る者と入らない者とが居るのだがその辺りは黙っておいた。説明が面倒くさい。
「ふうん。じゃあきっとお兄さんもルルーシュが可愛いだろうね」
「だと良いな。あのひとは私の憧れだから」
「……へぇ。なんだかルルーシュの眼、恋でもしてるみたいだね」
「そうか? まぁ初恋ではあるな」
「へー……」
暫しシュナイゼルの雄姿を思い出して悦に入っていたルルーシュだが、ふとスザクの様子が奇妙しい気がして首を傾げた。
なんだろう、声が低い。そう思って仰ぎ見た視線の先、目が据わってる気がする。
「どうしたんだスザク?」
「いや、なんでもないよ……そんなお兄さんと会えて愉しみだね?」
「ああ。だから悪いけど今度の週末は、」
「良いよ、そういうことなら仕方ないし、諦めるよ。その代わり放課後と、テスト終わった後は僕とデートしようね」
僕と、の部分が随分と強調されていた気はするが、もちろん異論はないので大人しく頷いた。
でもそれよりはシュナイゼル兄上とのデートだ。ああどうしよう、何着て行こう! とまるで普段のクールさからは掛け離れてはしゃぐルルーシュに(しかも週末までずっと)、スザクの機嫌が急降下して行ったことなどルルーシュは知る由もなかった。