あ、これ観たい。
風呂上りの無防備な格好で、わしゃわしゃと髪をタオルで拭いていたルルーシュはテレビから流れた宣伝にふと目を止めた。普段テレビなんて観ないのだが、クロヴィスの絵を本人のインタヴューと一緒に放映していたから仕方なく点けていた。観たくて観ているわけじゃなく、感想とかしつこく訊いてくるから仕方なく観ているだけだ。でもその合間に良さそうな映画を見つけたので、ちょっとは役に立ってくれたようなので良しとする。
普通のテレビ番組は滅多に観ないのに何故こんなに立派な液晶があるのかと云えば、それは時折(いや、もしかしたら頻繁に)テレビに出る父や兄弟姉妹を見るためにその本人たちから贈られたものであり、既に彼らの名前が登録され時間になると勝手にチャンネル切り替わり&録画されるように設定されていたわけではあるが、ルルーシュからすれば自分の映画好きを支える珍しく素晴らしく気の利いたプレゼントだった。
ほとんどDVDや映画専門チャンネルで済ませてはいるが、折角上映中の面白そうなのを見つけたのだし、たまには映画館に行って大きなスクリーンを満喫するのも良い。良いが……


(好みがな……)


ルルーシュは基本恋愛ものを好まない。恋愛を描くなら描くで、詩的すぎて難解なくらいがちょうど良い。ベタベタな展開は見てるこっちが恥ずかしくなって居た堪れないから、そういう、いかにも女の子が好きそうな映画は苦手だった。つまり逆に云えば、ルルーシュの好みは全く女の子らしくなかった。今惹かれた映画も、アクションではないにしてもあまり万人受けはしなさそうなものだ。まぁだからこそ惹かれたわけだが、そんなわけで友人はどうにも誘いにくい。ひとりで見に行くのも、平日なら良いのだが休日に混んだ映画館で友人連れやカップルに混じるというのも、いくら人目を気にしないルルーシュとは云え……


(……そうか、カップル)


自分もカップルになれば良いんじゃないだろうか。その考えが閃いた途端、あの笑顔が思い浮かんだ。


「……スザクを誘ってみるか」


そう云えばルルーシュには彼氏が居たのだった。適当に遊びに行くには丁度良いというくらいの付き合いの。
そうだ、彼氏ってそういうときのために居るんじゃないのか。結局3年になっても同じクラスだったスザクに休み時間の度に構われたり引き摺られて一緒に帰ったりしている所為で、いつの間にか校内ではスザクの今の彼女はルルーシュだという噂がすっかり広まってしまっているから、軽い付き合いとは云え名実共にスザクはルルーシュの彼氏だ。噂じゃなくて事実なのだしルルーシュは別に広まっても構わないが、こうなってしまってはスザクは今後身動きが取りにくいのではないかと思うのだが。


(でもそう云えば、あいつと前付き合った子って名前知られてないよな)


来るもの拒まず去るもの追わずと聞くが、「私が付き合った」だの「あの子が元カノの、」だのと云った、個人名を指す話題は出てこない。これはあれか、周りがその子に対し他の恋ができるよう気を利かせているのだろうか。それともそういう名前とかを本人が云い触らさないからこそのあの人気なのだろうか。じゃあルルーシュはこんなに広まってしまってどうすれば良いんだ。
と、すこし不可解な想いはしたものの、まぁ恋をする予定もないしとすぐに結論を出した。それに問題はルルーシュの側にあるような気もする。ルルーシュはコーネリア姉上に男に厳しくと云い聞かせられていることもあって、女子には基本フェミニストだが男子には結構きつい対応をしている自覚はあるし、告白されたときもきっぱり断っていたから、スザクのような相手と付き合ったのが意外でもあるのだろう。スザク自身も「相手にされないと思った」と云っていたことだし。莫迦々々しいとは思うが、学園という小さな世界では一人ひとりの男女付き合いでさえ大きな話題になってしまうということくらい、ここ数年の留学経験で良く良く思い知っていた。
まぁそんなわけで当分はあの枢木スザクと付き合っている女として周囲には指さされるのだろうから、このくらいの我が侭に付き合ってもらうくらい良いだろう。そもそも既に大分色々と連れ回されている。スザクがどんな映画が好きかなんて知ったことか。
電話するにもどうせ明日も会うんだし、一応先にメールで予定だけ窺っておこう。善は急げとばかりに携帯を手に取って用件を手短に済ませると、明日は体育があるから寝不足だと死ぬし、というわけでとっとと携帯を放り投げて寝た。ら。


次の日の朝、軽快なチャイムに起こされてインターフォンに出ると、そこには朝から爽やかな笑顔を引っ提げたスザクが立っていた。


(……は?)


「おはよう!」


にこにこと人好きのする笑みは、体育会系の割に朝見ても暑苦しくはない。だがそういう問題でもなかった。
とりあえずオートロックを解除して部屋まで来てもらう。帰りは何度か(というかもうむしろ毎日)送ってもらっているので家を知っていること自体は全然不思議じゃない。じゃないが、朝に迎えに来られたことはないので一体何の用かとルルーシュは訝しんだ。


「な、に……」
「ゴメンね朝早く。メール見たよ!」
「あ、ああ……」


メールって……直接返事をするものだろうか。
そんな必要ないから手軽で普及しているのでは、と首を傾げつつもとりあえず頷く。するとスザクはそんなルルーシュに気付いたのかそれとも喋りたかっただけか(多分後者だ)、玄関先で一気に捲し立てた。


「ルルーシュから誘ってくれるなんて初めてだから嬉しくって。だから僕、ちょっとはしゃぎすぎたメール送っちゃったかなぁって送った後で後悔したんだけど、その後返事なかったからさ、もしかして呆れられたかなって不安になって、それで、」
「いや、そんなことはない」
「え、」
「悪いな、寝てたんだ」


放っておけば止まらなさそうなスザクの台詞の合間をむりやり縫って入り込む。ルルーシュにとって、起き抜けにその長文は辛い。辛すぎる。それ以上つづけられたらきっと理解できなかっただろうから、彼氏に対してのこの扱いも非道ではないはずだ。


「そ、っか……。なんだ、良かったぁ」


スザクはそんなルルーシュの葛藤は気にならなかったらしく、ほっと息を付いた。


「じゃ、行く気なくなったわけじゃないんだね?」
「こっちから誘ったのにそんなわけあるか。と云うか、一緒に行ってくれるのか?」
「もちろんだよ! 何云ってるの!」


勢いづいて前に進み出てきた。思わずびびる。いやだからお前、そんなむきにならなくても。


「いや、だって……好みの分かれそうなやつだし」
「でもルルーシュは好きなんだろ?」
「まぁ、前評判の限りではな」
「なら良いじゃん。ルルーシュの好きなものを、僕も知って行ってもっと近付きたいんだ」
「お、前……」


そうホイホイこっ恥ずかしい台詞を吐くな! と叫んでやりたいが、恥ずかしがっているということがばれたくないので咄嗟に黙った。きっとばれていた方が恥ずかしかったに違いない。なんとなくスザクの性格が判ってきていた。性格と云うか、もてる秘訣と云うか。


「なに?」
「いや……良い。それより玄関先ってのも何だしな。入れ」
「え、良いよ。押しかけておいて、そんな。ご家族に直接会うにはまだ心の準備が、」
「? 気にしなくても怒るような人間は居ないぞ? 私一人だ」
「……え?」
「云ってなかったか? 家族はブリタニアに居るんだ。だからここは私一人で」
「ちょ、ちょちょちょちょちょっ、待って!」
「なんだよ」
「ひとり、暮らし……だった、の? こんな良いマンションに?」
「だからさっきからそう云ってるだろう。それにマンションは普通だ」
「よ、余計だめだよ! 入れないよ!」
「はぁ? 気にしなくてもまだ学校行くには早いし、お茶くらい出してやるけど。あ、それともお前朝練か?」
「いや、今日はないけど、そういうことじゃなくってかルルーシュ、それまさかパジャマ!?」
「今更気付くか……?」


スザクはなんだか知らないがひとりで勝手に慌てている。なんかもうちょっと落ち着いた奴だと思っていたのだが。と云うよりは、中等部に比べて大分落ち着いたと云うべきか。成長したと思っていたけど、結構変わってないんだな、なんてことを思う。


「いやだって、て云うか、あの、可愛いね」
「は……?」
「あ、でもそれよりはアレか。寝てたところ起こしちゃったのかな。ゴメン」
「いや……もう起きなきゃいけない時間だからそれは構わないが……」


だがご指摘通りパジャマなわけだし、そろそろ着替えたり準備始めたいし、スザクが先に学校行くというなら構わないが待つなら待つで良い加減はっきり決めてくれないかな、というのが正直な想いだ。
スザクはそんなルルーシュの方を見ずになんだかもじもじとやっている。なんだお前、可愛いな。


「そうだよね、もう準備とか始める時間だよね。あの、僕折角来たから、一緒に……行っても良いかな?」
「そのつもりだったんだろ? だから中に入れって」


珍しく空気を読んだというかその場の状況に気付いてくれたので、ルルーシュは半ばほっとしつつ中へ促そうとしたのだが、スザクは途端凛々しい顔付きできっとルルーシュを見上げてきた。


「だめだよ。付き合ってるって云っても女の子の、しかも家族も居ない部屋にそんな軽々しく入れないよ」


どきっと胸が高鳴ってしまったのは内緒だ。絶対に本人にそんなこと云えやしない。
だってそれが手だって知ってるのに。
だからルルーシュはなんとか平静を装った。


「……じゃあお前、どうするんだ? 別に先に行ってても良、」
「マンションの下で待ってるよ。入り口の、オートロックの外に出てるから。あ、ゆっくりで良いからね」


すこしルルーシュから視線を外しながら、けれどいつもと同じ強引さでスザクはとっとと踵を返して行った。


(……紳士だな)


ちょっと感心した。そしてちょっとだけ、ほんのちょっとだけときめいてしまった。だけどそれがスザクに伝わったら、今の対等な関係が崩れてしまう気がしたので絶対に本人にはばれないようにしようと自分に誓う。
だって、先に惚れた方が負けだと云うし。


(……惚れた?)


はた、と我に返ったルルーシュは、先走ってばかりの己の感情に鞭打つように首を振った。
いやいやいやまさかそんな。そんなわけあるか自分に限って。
自分に限ってそんな負け試合、するわけがない。
だからこれは、あれだ。ちょっとスザクと付き合うことが、思ったよりも愉しいから、それだけだ。


(そう、だってあいつは私のことを好きだとか、そういうわけじゃない)


気に入ってくれてるんだろうな、くらいはさすがに思うけれども。だって噂から鑑みるに、どうやら自分は付き合いが長いようだし、なんたって周囲に知られてしまっているし。
けれどこの付き合いには終わりが見えてるんだということに今更気付いて、その事実に目の前が暗くなるような気がした。