枢木スザクがその顔に似合わず女好きで遊び人だというのは、もう既にわざわざ話題にするまでもないほどに有名な話で、だからルルーシュが枢木スザクからベタに校舎裏に呼び出されたときはとうとう自分にもお鉢がまわってきたのかと、少々呆れ果てた気分でルルーシュはその愛の告白とやらを聞き流していた。
場慣れているであろう割には赤い顔だな、なんてことを思いつつ、けれどきっとそれが手なんだろうと速攻で決断を下した。童顔のこいつにはあまりにも相応しい技だ。母性本能がくすぐられると、いつか噂話に混じって聞いた評判を思い出す。なるほど判らなくは無い。
枢木スザクはどうやら云いたいことが纏まり切っていないらしく、しどろもどろにさっきから取りとめも無いことをぽつりぽつりと漏らしている。
始めこそ男らしく直球に「ルルーシュが好きなんだ」と来たのだが、ルルーシュがさてどうしようかと考えているほんの短い間にその無言が居た堪れなかったのか以前ルルーシュが枢木スザクと話をしたときのことなんかを語りだした。
視線は照れている(ふりをしている)のか俯き加減ではあったが、時折ちらちらと期待をこめたような、それでいて不安そうな瞳で覗き込んでいる。(そう、ルルーシュの方がいくばくか背が高かった。)
そんな犬のような瞳を向けられたルルーシュはと云えば、枢木スザクについてもう語り尽くされた話の中に不思議と悪意のあるものがなかったことを思い返していた。確かに遊び人ではあるのかもしれないが、ひどい扱いをするようには見えない。それはまぁ、単に印象だけの話で、世の中にはエリートが実はひどい暴力男だったなんて話はざらにあるくらいなのだから本当のところは判らないのだけれど。
だけど本気じゃない、遊びの恋ならなるほど確かに適任なのかも知れない。本気じゃないなら、期待通りじゃなかった場合にすぐに別れれば良い話だ。どうせ枢木スザクの中ではルルーシュがだめだった場合に次に狙う女子もランク付けと共に決められているのだろうし。
別にルルーシュは彼氏が居ないことに対して引け目を感じていたわけではないし、欲しいと思っていたわけではなかったが、決めた人が居れば云い寄られることも減るだろうなと思ったのと、ついでにちょっと映画を観たり、行ってみたい場所があったり買い物したいなってときにすぐに呼び出して一緒に出掛けられる存在が居たら非常に楽だろうと、打算的と云えば打算的な、有り体に云えば非常にずぼらな考えで、まぁつまりはその枢木スザクの申し出にOKしたのだった。「奇遇だな」の一言で。
きっと枢木スザクも似たような考えの元に“遊び人”と称されるまでに至ったのだろう。
そう思ってのことだったが、枢木スザクは引き際を見失って喋りつづけていたのをそんな投遣りな一言とルルーシュの流し目に止められて、目を丸くして固まっていた。
「ほ、ほんとうに!? 良いの? え、って云うか良いってことだよね?」
「ああ。……と云うかなんでそんなに驚くんだ」
「だってルルーシュ、僕なんか相手にしてくれないと思ってたから。正直、玉砕覚悟だったんだ」
良かったぁ、と胸に手を当ててほっと息を吐き出す姿は、はっきり云って可愛い。
正直、好みの顔じゃなかったと云えば嘘になる。ルルーシュはふわふわした可愛いものが好きだ。例を挙げるとしたらあの天使の如きナナリーとかロロとか、あとはユフィとかだ。天使の如きと云うかもう天使だ。可愛すぎる。
今挙げた三人には到底敵わないが、枢木スザクもルルーシュのストライクゾーンに引っ掛かる存在であることは実は前々から自覚していた。髪はふわふわだし、運動ができる割にそうがっちりした体格ではないところがポイント高い。擦れ違えば挨拶をし、時折同じ輪の中で話をするくらいではあったが、話しやすい奴だとも思っていた。交際を了承したのは、その辺りの心象によるものも結構大きい。
「なんだそれは。なら始めから云わなきゃ良いだろう」
「だって、僕ら今度受験生だからこれから忙しくなるし、先輩はもうすぐ卒業だしさ。今、告白シーズンだろ?」
「まぁ……それはそうだが。なるほど、流行に乗ったわけか」
そう云えば最近やけに呼び出される。ような気がする。
ルルーシュの場合手紙だけというのは言語道断で、名も知らぬ奴なら一刀両断、呼び出し場所に行きさえしないこともままあるので良く判らないが。枢木スザクは呼び出すときも直接目を見てだったし、知らぬ仲ではなかったし、知らん振りをして関係が終わるのも寂しい気がしたからどんな返事をするにせよ行く気になったんだよなと、僅かな過去を振り返った。
(……あれ?)
何かが引っ掛かる。
基本判らないことをそのままにしておくのは嫌いな性質だったので過った想いを振り返ろうとするが、スザクのじと目に阻まれて考えはそこで中断した。
恨めしげではあるが、はっきりと意思のある目だ。いつもの生温い眼差しよりはずっと良い。
「そういうわけじゃない。ただ、ルルーシュはいっぱい告白されてるんだろうし」
それはお前もだろう、とは思ったが、何やら続く気配だったので黙っておく。
「その中の誰かにもしルルーシュがOKして、気持ち伝えないまま終わっちゃうのやだなぁって思ったんだ。来年クラス別になっちゃったら、きっと接点もなくなっちゃうだろうし」
「意外にネガティブなんだな」
「そりゃ自信もなくすよ。だって相手はルルーシュだもん」
「なんだそれは。お前の中の私は一体どんなイメージなんだ」
「それは……その。僕みたいなガキっぽいのじゃなくて、もっと大人の男のひととかがさ。理想なんじゃないかなって」
枢木スザクは自分の科白に自分で落ち込んだようで、段々と肩を下げていった。
けれどそれは確かに当たっている。ルルーシュの理想はシュナイゼル兄上。これはガチだ。この先どんなに素敵な男性との出逢いが訪れようが、これだけはきっとずっと一生変わらないだろう。
「まぁ……そうだな。枢木がガキっぽいかどうかはともかく、落ち着いた男が好みだ」
「やっぱり……てか、そんなはっきり云わなくても」
「良いじゃないか、私はお前にOKしたんだ」
枢木スザクが自分でガキと表現したことに違和感を感じたが(何せあれだけの浮名を流す女好きだ)、別にルルーシュの理想に年齢は関係なかった。年上なら良いというわけではない。だってクロヴィス兄上なんかよりは枢木スザクの方がよほど落ち着いて見える。クロヴィスほど突き抜けていれば、まぁあれはあれで良いかという気にはなるけれども。
理想通りの相手と付き合うなんて誰にとっても稀なことだろうし(シュナイゼル兄上のようなひとがそこかしこに居たらそれはそれで困る)、枢木スザクに理想を突きつける気もない。それに好きでたまらなくて相手に色々望んで付き合うのとはわけが違うのだし、今のところ不満もない。当然だ、まだほとんど何も始まっていないのだし。
そう思って考え込んで擡げていた頭を上げると、枢木スザクが目を瞠ってルルーシュを見つめていた。
「……枢木?」
「いや、うん……そう、そうだよね。ありがとう、ルルーシュ!」
「は? いや……どうも?」
いきなり御礼を云われる意味が判らないので、とりあえず頷いておく。すると枢木スザクはずい、と前に身を乗り出してきた。一瞬引くが、そう云えば付き合うことになったんだから普通か、と思い直した。
「ちょっと夢見心地でまだ実感湧かないけど、でもすごく嬉しいよ。ルルーシュの彼氏って……彼氏かぁ。そう云って良いんだよね? そうだ、折角だからスザクって、名前で呼んで欲しいな」
苗字なんて余所余所しいし、それにあんまり好きじゃないんだよね。
最後だけトーンが落ちたものの、驚くほどの弾丸トークで捲し立てられた。しかもいつの間にか手を握られている。
「ス、スザク……?」
「うん、何?」
普段こんなに他人(ナナリーとロロは除く)と近付くことをしないルルーシュにとっては正直ちょっと心臓が持たないのでもうすこし離れて欲しかったのだが、名前を呼んだ瞬間、にぱあと笑顔になったスザクを見て結局ルルーシュは何も云えなかった。
くそう、可愛いじゃないか。
「いや……何でもない。その、スザクは部活は良いのか?」
「あ、今日は他の部の練習試合で場所使えないから自主練なんだ。だから一緒に帰ろうよ。ルルーシュ今日は予定あるの? できればお茶くらいして行きたいなって」
「予定、は……別に。あまり遅くならなければ構わないが」
ちょっとスザクははしゃぎすぎじゃないだろうか。
そう思いながらも勢いに圧されて答えてしまった。
けれど、放課後にお茶。良いじゃないか。数すくない友人は皆規格外なルルーシュにとって、それはできれば済ませておきたい高校生っぽいイベントだった。
そうやってちょっとだけ寄ってお話して行くっていうのにむしょうに憧れる。イメージじゃないと思うので人に話したことはないが。
何せミレイ相手だとせめてオシャレなカフェに行けば良いのにいつの間にか高級レストランに連れ込まれているという有様だ。ミレイ曰く「良いじゃなーい。ルルちゃん相手じゃなければこんな贅沢できないんだし」とか云っているがルルーシュは逆に贅沢なしの場所に行きたい。「似合わないわよ」と一刀されてしまったが。
シャーリーは水泳部と生徒会の掛け持ちで忙しいし、カレンは病弱なことになってるから放課後の寄り道はできないし。ニーナ相手だと数式の話で白熱してしまうのでどうにも。あとはなんだ。リヴァルか。あいつと出掛けるのなんて賭けチェスくらいだ。
そんなわけで、ルルーシュの密かな野望である爽やか女子高生ライフは今のところ何一つとして達成できていない。
それは別に彼氏じゃなくても良い話なのだが、やっぱり居た方が気軽に夢を現実にできそうだ。本国にいるナナリーたち弟妹が遊びに来たときに連れて行ける場所の下見にも今度付き合ってもらおう。
ルルーシュがぐるぐるとそんなことを考えている間に、スザクはますます嬉しそうに微笑んで(表情の変化で云えばむしろ大人しくなったのだが、まるで静かに歓びを噛み締めているように目を細めている)、名残惜しそうに手を離した。
「良かった! あ、荷物持つよ」
「いや、そこまでしなくても」
「良いよ、気にしないで。僕今嬉しさのあまり力有り余ってるんだ」
ぶんぶんと振り回す腕は、確かに何かで押さえつけておかないと止まらなさそうに見えた。
いやだから、そんなに歓ばなくても良いんじゃないだろうか。
(今までの彼女も……こんなに可愛く歓ばれたら、嬉しかっただろうな)
しかもこの気の効きよう。スザクなら……良いかも知れない。そう思えるくらいには、元から悪くない株は一気にアップだ。
ルルーシュが今まで出会った男をこっそりランク付けしている“ナナリーを任せても良いと思えるランキング”の、もしかしたらトップを狙えるかも知れないぞと、ルルーシュは今自分が彼女であるという事実を棚に挙げて胸の中で声援を送った。