四重奏
-quartetto-




「……お見事」


パチパチと乾いた音を立て拍手をするリヴァルを、ルルーシュが溜め息を吐きながら見遣る。


「扱いやすい奴らだからな。容易いことだ」
「うわぁ……なんだろう。良いコトしたはずなのに悪役に見える……」


呆れたようなリヴァルに「結構」とだけ返し、ルルーシュは作業机の定位置に着いた。
休憩くらい挟んでも良さそうなものなのに、こういうときだけ厭に真面目なルルーシュは既に書類に手を掛けている。
その態度にひゅうと口笛を鳴らしたリヴァルは、自分も大人しく席に戻った。
処理の途中でスザクのマジ切れに遭遇して投げ出してしまったので、また一から考え直さなければならない。だがもしかしたらこの書類の期限を気にするどころの騒ぎでは済まなかったかもしれないので、いま一度顔を上げてルルーシュの横顔を盗み見た。


「……まーでも、助かったよ。思ったより早く来てくれて」


別にルルーシュもサボっていたわけではなく、仕事中だと知っていた。生徒会で誰よりも忙しいと判っているルルーシュの邪魔をするのは気が引けたが、さすがにこのスザクを抑えるのは自分ではムリだと早々に見切りを付け、スザクとジノには見つからないようメールでヘルプを送った。
そのうちに落ち着いて見えていたジノまでなんだか変になるし、マジでどうしようと結構リヴァルが慌てていたところに、颯爽とルルーシュ様のご登場だ。
いつもだったら、ホントにお前は良いトコ取りなんだからーとからかうところだが、今回ばかりは本気で助かった。
それに、リヴァル自身が良いところを見せたいと思う人がこの場に居るわけではないので、まぁ良しとしよう。


「いや、あの状態のスザクを抑えるのは、骨が折れるからな。比喩だけでなく、割と本気で。お前も良く耐えたよ、ご苦労様」


苦笑したように微かに俯いたルルーシュはそれほど疲れてもいない様子で、さすが幼馴染、慣れているのかと納得した。


「いやマジどうしようかと思ったけど。スザク、切れるとあんなんなるのな。ジノもやけに煽るし、普段は良いヤツらだけに怖ぇわ」
「……スザクも、色々と不満が溜まって爆発したんだろ。今回が初めてってわけじゃない」
「ふーん。前にもあんの?」
「……そうだな。ここまで激しいのは、二回目だ」


そう呟いたルルーシュの瞳はどこか遠くを見ていて、もしかするとそのときの記憶を思い出しているのかも知れない。だけどそれは恐らく聞いてはいけないことなのだと、リヴァルは本能で悟った。
それに、別に対処法が知りたいわけではなかった。
どうせスザクをあんなふうに落ち着かせることができるのは、ルルーシュだけだ。だからリヴァルがそのコツを聞いたところで、どうにかできるものではないだろう。
特に、先ほどのスザクとルルーシュを見ていてそれは強く感じた。
ふたりだけの世界。そこに切り取られたのかのような。
元々あのふたりは幼馴染という枠の中でも、なんだか特別に見えていたけれど。

―――多分、とリヴァルは思う。

多分、それを誰よりも知っているのは、入学以来ふたりとつるんでいるリヴァル以上に知っているのは、ジノなのだろう。
ルルーシュはスザクが暴れているという情報だけを得ていたのだし、何より生徒会室に来た正にその時、スザクがジノに殴り掛かろうとしていたから、ジノの様子もおかしかったことには恐らく気付いていないはずだ。
ルルーシュがまずスザクに駆け寄って宥めたときも、ジノはただそれを静かに見つめていた。そう、見ているだけ。
それに違和感を感じたのは、リヴァルだけだった。スザクは当然そんな些細なことを気付ける状態じゃなかったし、ルルーシュはスザクを真っ直ぐに見据えていた。そんなふたりにジノを気遣ったのは、自分だけ。だから、云える。


(……ただゲームだなんて、そんなわけがない)


ジノが本当にただの快楽主義者であったのなら、あんな眸で見つめたりはしないだろう。
けれど別にリヴァルは、友人同士の痴情の縺れなどというものが気になるわけではなかった。そんなものは色ボケしたお前らで勝手にやっててくれと思う。
だからリヴァルが気になるのは、ただひとつ。


「じゃあさぁ、そんな俺にもご褒美くれよ」
「―――なんだ、薮から棒に」
「ルルーシュでも苦労するスザクを、ちゃんとお前が来るまで持ちこたえさせたんだからさ。俺にだって褒美くらいあって然るべきだと思うわけ」


むりやりな理論かとは思ったが、ルルーシュは顰めた眉のままそれでも微かに頷いた。よほど切れたスザクは手に負えないと思っているらしい。


「……それで、何が欲しいんだ?」
「そうだな、コーヒーでも煎れてくれよ」
「そんなことで良いのか?云っておくが、休憩は入れないぞ」
「十分だって。俺だって仕事がやばいことは理解してます。そんなルルーシュの時間奪ったんだからな。この程度にしておいてやるよ」
「……判った。会長が隠してるクッキーくらいあったはずだ。ついでに持ってきてやろう」
「マジで!おっし、やる気出て来た」


ちょっと待ってろと云って立ち上がるその動きに隙は見えなくて、リヴァルはこっそりルルーシュを眸で追い掛けた。
書類に向き直るポーズを作ったので、ルルーシュはそんなリヴァルの視線には気付かずに給湯室へ消える。
その背を見て、やはり違うと確信する。
ただ歩いているだけ、その背筋でさえ、ルルーシュはどこかがいままでと違って見えた。
そう、リヴァルが気になるのは。

何かを決意したような瞳と、吹っ切れたような潔さを見せる悪友、その態度の意味ただひとつだ。