四重奏
-quartetto-











     ***










大会が近いらしい。
何処から湧いて出たのか、屋上へと勇み足を運んでいたジノが曲がり角にさしかかった途端、袴姿の野郎共の猛襲を受けた。
ざっと十人ほどの軍勢に囲まれて、さしものジノも咄嗟の反応ができずにぐっと立ち止まる。


「うっわ!?」
「ヴァインベルグ! 今日からは特訓だぞ!」


これでも体格は良い方を自覚しているので、身体ごと持ち上げられ、しかも運ばれたのなんて初めての体験だ。運ぶ方も慣れていないのか、ガクガク揺さぶられる振動に舌を噛みそうになる。


「ちょっ、え、何?」
「先週から来いと連絡しておいただろう。ちっとも顔を出さないお前が悪い!」


常にも増してテンションの高い主将は、実に愉しそうにジノに笑いかける。ちなみに主将本人は少し離れたところから高みの見物を決め込んでいて、構えた矢でジノを突き刺すふりをしていた。
となると、今自分を持ち運んでいるのは同輩たちか。
間近で自分の腕を抱える奴に視線を切り替えると、謝られるかと思いきやこちらも心底愉しそうだ。


「大会に向けて集中特訓開始だ。デートなんかしてる暇はないな!」


実に輝かしい、良い笑顔だ。スポーツマンよろしく白い歯がまぶしい。
……そうだ、そうだった。
我が至高の恋人様は、全校生徒、特に体育会系の生徒からの憧れの的で、高嶺の花なのだった。
そして彼が今誰と付き合っているのかなどという話は、隠すだけ無駄というものだった。


「だからってこんな…! せめてルルーシュに挨拶だけでも、」
「だったら俺が言付かってやろう! 何処だ、何処で待ち合わせしてるんだ!?」
「それはダメだ! 私が自分で云いに行く!」
「そのまま逃げる気だろうが。それこそダメだ。期待を一身に背負った秘蔵のエースは、今度の大会で颯爽とデビューを決めて、既に伝説となっている副将の枢木と並んで我が弓道部の歴史に刻まれるんだ!」
「主将は刻まれないのか」
「お前ら二人に、とっくにプライドは切り刻まれている!」


阿呆な云い合いをしているうちに、いつの間にか鍛錬場に着いていた。
ジノを担ぎ上げていた者たちは結構な運動量だっただろうが、それも訓練のうちだったようで、「良い汗かいたな」などと朗らかに笑い合っている。ウォーミングアップをしていたらしい先輩たちが、そんな彼らに良くやったと親指を立てて賞賛を送っていた。
ダメだこの部。


「……大会って、いつなんだ?」
「一ヶ月後だ」


ジノの背後に立った主将がすかさず応答する。しかしその返事にジノは目を丸くした。


「え、まだそんなに?」
「何を云っている、もうほとんど時間はないぞ! 明日からはちゃんと朝も来るように。六時半集合だ」


いやいやそれこそ何を云っているのか。
それではルルーシュとの時間がほとんど取れないではないか。
確かに普段練習に出ていないことなど大目に見てもらっている部分はあるが、もうちょっと事前に連絡とか。
いや、してくれたらしいが、色んなところでやっかみを買っているため、伝言ゲームがジノのところへ来るまでに綺麗に捻じ曲がってくれるので、ほとんど意味がない。


「でも私だって自分で鍛錬は積んで……って、お、スザク」


ちょうど書類の束を腕に乗せて入り口から顔を覗かせたスザクは、ジノの姿を認めるにつけ、ずざっと扉の影に姿を消した。


「え…何?」
「どうした枢木」


おかしいと思ったのはジノだけではないらしい。
主将や他の者の呼び掛けに様子を見ながらすごすごと再び入ってきたスザクは、けれど不自然にジノの方向へだけは視線を向けてくれなかった。


「お、おいスザク…?」
「え? あ、ジノ!? びっくりしたぁ。やっと部活来る気になったんだね!」


……何だコレは、わざとらしい。
ものすごくわざとらしい。
さっき扉に隠れる前に一度目が合ったではないか。
しかもめちゃくちゃ目が泳いでいるではないか。


「……むりやり連れて来られたんだよ」
「そ、それは君が悪いんだから、うん」


不自然な笑顔は、いつもと違う場所に皺を作っている。真新しい表情皺が痛々しく見えた。
スザクは一体何に頷いたのか、そうジノに告げるなり、主将に書類を手渡すとカニ歩きでジノの横、壁の間の隙間を通り抜けて、用具入れ部屋の方へと走って行ってしまった。
呆気にとられた主将が鍛錬場は走るなと注意する隙もない。


「何だ、枢木はどうしたんだ」
「さぁ……」


まぁ予想はつくんだけど。
思った以上の反応をしてくれるスザクに、ジノの嗜虐心がむくむくと湧きはじめる。
だがひとまずはこちらを何とかしなければと思ったジノは、主将に向き合おうとして不意に、思わぬところから攻撃を受けた。


「まさかヴァインベルグ、ルルーシュに何かしたのか?」
「は?」


声がした方へと視線を向けると、そこには何か考え込むようにして顎に手を当てた先輩の姿。確かルルーシュやスザクと同じクラスだったような気がする。


「何がだ?」
「スザクが変になるなんて、ルルーシュ関連しかないだろ。つまり、お前がルルーシュに何かしたことになる」
「何その論法!」


間違ってはいないけど!
だが理論としては支離滅裂で意味不明なのに、何故か部員のほとんどはその台詞に反応してジノを睨みつけていた。


「まさかお前……とうとう別れた、とか」
「まさか!」


それはさすがに、破綻しすぎの結論だ。


「何だよ違うのかよ畜生!」


ジノのきっぱりした返答に、あからさまにがっかりした部員たちはそれで一気に興味を失くしたようで、各々ストレッチに入っていた。
判りやすい連中で助かった。
だがむちゃくちゃな理論を突きつけてきた本人だけ、未だ首を傾げてジノの動きを注視している。


「何だ、違うのか……今日ルルーシュ居なかったし、てっきりそうなんじゃないかと、」
「え…ルルーシュが居ない?」


都合良く聞き付けたジノに、しかし一旦は興味が失せたはずの連中がふたたび顔を上げた。


「姫は体調不良らしいぜ」
「でも学校には来てるって聞いたけど」
「保健室には居なかった」
「俺、朝見たぜ。顔色悪かったけど、来てはいるよ」
「早退したのか? いつ?」
「校舎を出てくのは見てないけどなぁ…」


待て待て。
判ってはいたが、お前らルルーシュを気にしすぎだ。大体、健康優良児の体育会系部員が保健室に行くか普通。それに、何故クラスが違う奴らまでそんなことまで知っているんだ。練習しろお前ら。そこは人のことは云えないが。
呆れつつ、しかし耳はひとつひとつの情報を細かく拾って行く。
つまり、と頭の中で情報を統合させているジノに、一番の問題発言をして下さった、件のルルーシュと同じクラスの先輩が更なる情報を付け加えた。


「リヴァルは知ってるみたいだな、四限居なかったし。多分昼までは居たと思うけど」


さすがに今頃は帰ってるかも知れない、という台詞が出る前に、ジノは駆け出していた。


「あ、おい! 練習!」
「明日から頑張りまーっす!」


張り切って上げた声は、駆け出したスピードの所為で部員たちには尻窄みに聞こえたが、ジノにそんなことは関係なかった。