Buried on Sunday,











 8/7.Sun.  
   
 それでも子どもは嬉しそうに  
 笑う  
   
   
   
   
   
   
   
   
   




















「我ながら汚い色だ」
「そうか?」


そう云いながら、イザークは確かにそうかも知れない、と思った。その気配をアスランも感じ取ったようで、ただ「そうだよ」と云ったっきりソレを手で玩んでいる。
ひと房の宵闇。
それは、イザークがずっと求めていたものだろうか。……そんな気もしたし、違うような気もした。何にせよ、空をその手で掴むことができるのだから、こいつは愛されている。


「ねぇ、イザーク」
「何だ?」
「十字架の刻まれたナイフ……やっぱりイザークは知ってるだろう?」
「知らんな」
「そんなわけない」
「その自信はどこから……」
「イザークは、蟻の行列なんか邪魔に思うどころか気付きもしなさそうなのに、俺には気付いた。仔犬が血塗れで啼いていたら、その啼き声が煩いと云って止めを刺しそうなのに、俺のことは助けた。だから、俺はイザークのことを優しいひとなんだと思う」
「おめでたい頭だな」
「それでも良い。単なる事実だから」
「……で?」
「……で。イザークの優しさは、だけど、柔らかいものじゃなくて冴えてると思うんだ」
「冴えた優しさだと?」
「うん。だからイザークは、俺のナイフにも気付かないふりをしてそうだ」
「―――何故?」
「何故? それをお前が訊くの?」


アスランはそのところどころの抜け落ちたような論法の結論に甚く自信があるらしく、唇の両端を持ち上げていた。片方が自嘲に歪むのは良く見た気がするが、両端が上がっているのは初めて見た。けれどそれは計算されつくしたかのように完璧な角度だったので、イザークとしては当然、面白くは無かった。


「それこそ俺の科白だ。俺は見てない」
「嘘だ」
「本当」
「そんな……」


あまりにも悲愴な顔だ。よくよく表情の変わる、とは思っていたけれど、必ずそこに無表情のワンクッションを置いた展開は、ひどく痛々しいものに感じられる。
アスランが表情を変える度、首を傾げる度、本人の云うところである汚い色が一緒に揺れるのを見ながら、イザークは気付けば口を開いていた。


「まあ、俺を優しいと評価した貴様に礼をしてやっても良いが」
「……嬉しかったのか?」
「愉しくはあったな。新鮮だった」
「ふうん……。じゃあ皆、イザークの優しさに気付かなかったんだな」
「―――重い荷物の所為で貴様の脳がいかれてるんじゃないのか」
「え?」


数秒、沈黙。
さすがイザークが見込んだだけあって、きちんとその真意を読み取ったらしい。尤も、気付かなかったらそれはそれで飴のひとつでもくれてやって、それ以上を語る気なんてなかったのだけれども。
アスランがごそごそとその重苦しく大袈裟な服を漁るたび、イザークの耳には幽かな聞きなれた音が響いてきた。当人は気付いていないらしいが、これはこんなにその存在を主張しているのに。慣れ親しんだその肉を切り刻む音は、まるで今ここで展開されているかのようにイザークの内部に響く。―――早く見つけてくれ、と思った。


「あ……」


カシャン、二日前アスランが倒れ込んだときと同じ、それより直に床に触れた分だけすこし鋭さを伴った音が反響した。途端イザークはナイフの呪縛から解放される。アスランに気付かれぬよう、ほ、と息を吐く。尤も、アスランの意識は総て床に注がれていたのでそれは杞憂に終わった。


「あ、った……」


ふわ、とも、ほにゃ、とも。
語彙のすくない(と云うかそんな変な擬態語つかったことも無ければ出逢ったことも無い)イザークにはどう表現したら良いのか判断に困るほど、アスランの顔が安堵に緩んだ。それはまるで波のように変形して空気を伝わり、イザークの元へも届けられた。けれど別に受け取りはしない。イザークが静観したことで、それはイザークの身体をすり抜けて壁へ向かって行った。
アスランがそのナイフをどう使用するのか、気にならないではなかったが、予想と同じ事が行なわれるのも、予想が違っているのも、どちらにしても悔しい気がしたのでイザークは目を逸らした。
ブチッ、ザク、ザク、
けれどそれと時を同じくしてかなり豪快な音が聴こえてきたので、思わず視線を返してしまう。


「……何してるんだ」


予想、したわけでもしないわけでもなかったが。
アスランはまず首にかけられた紐をぶった切り、次いで、その頭に纏った夜空を切り落としていた。何の躊躇も無く。何の表情も無く。


「俺、夜明けって嫌いなんだ」
「……貴様の名前だろうが」
「そうなんだけど……始まりとも終わりともつかないあの感じが堪らなく厭で厭で。だから、その時間はじっと俺の色が消えてゆくのを目で追うのが好きなんだ」
「……訳が判らん。結局どっちなんだ」
「なら、一回一緒に見てみよう」
「遠慮する」
「残念だな」
「俺はそうでも無い」
「………」


頬を膨らませたまま、アスランは相変わらずザクザクと髪を切りつづけている。ただひとつの決意を秘めているその様はいっそ潔くはあったが、どうも見ていられないと思ったのは元来の不器用さが見せる業だろうか。


「俺としたことが今更気付いたんだが」
「うん」
「……鏡、要るか?」
「うーん……変?」
「今のところは何も問題も無いんだがな。先が怖い」
「でも、赤い血の混じった青って、たまらなく汚いと思うんだよ」
「坊主にする気か」
「そこまでの勇気は無い」
「ならその辺にしとけ」
「うん。―――イザーク、」
「何だ」
「また伸びてきたら教えてくれる?」
「で、また切るのか」
「うん、いつか純粋な青になるまで」
「判った。なら、その死体を棄てに行くか」
「死体?」
「それはアスラン・ザラの死体だろう?」


アスランは床に散らばった夜明けの破片と、アイデンティティに視線を落とした。


「……本当だ」


無様だな、と呟いた声は、聴こえないふりをした。アスランが冴えていると評価を下した、その優しさでもって。