「ねぇ私たち、良いパートナーになれると思わない?」 断られるとは思ってもみない、自信に満ちた様子の彼女に、しかし彼は、愚かな、とは思えなかった。それ程我武者羅になってまで相手を想うという感情は、彼にも覚えのあるものだったから。そして確かにその点において、彼と彼女は同類だと、思ってしまったから。 「―――君は、それで良いの?」 それでもそう問わずにはいられなかったのは、偏に、己が弱虫で感情を割り切ることができずにいる、ただそれだけのことだと彼は思った。彼女には、なんの問題も無いのだ。だから、その質問の答えも、彼には判りきっていた。 「今更よ。それに……」 云いかけて、俯く。ステンドグラス越しの光が彼女の自慢のピンクの髪に反射して、不思議な色合いがキラリ瞬いた。 「これは傷の舐め合いじゃないわ。あたしに欠けるもの、それを補おうとしているだけよ」 それに彼が頷きかけてしまったのは、彼女に耀きが一瞬翳ってしまったように思ったからだ。けれどそれは美しさを損なう類いのものではなく、寧ろ彼女という存在に深みを増すもので、彼は決して同情心から頷こうとしたわけでは無い、とそっと心の裡で首を振った。 そんな彼の内心を知ってか知らずか、彼女はぱッと何かを振り切るかのように顔を上げた。 「で、返事は?」 瞳は決意を秘めていた。―――それと同時に、諦めも。 その瞳に、彼は奥底に大事に取っておいたものを探り当てられてしまいそうな錯覚に陥った。実際、彼女は彼の中に燻るそのうちのひとつを嗅ぎ当てたのだろう。だからこその、この提案だ。 知らず、思考とは裏腹に肯定は口から滑り出ていた。 「―――良いよ」 強張った彼女の表情に、色が加わる。けれどそれが歓びだったのか安心だったのか、或いは落胆だったのか、それは彼には判らない。知る必要も無いことだ。 彼女の想いは彼女だけのもので、それは自分にも云えることだと、彼は思った。だから余計なことは云わない。最低限、伝えるべき事実だけを述べ、心までは伝えてはならない。これはそういう契約なのだと、彼はこの短い遣り取りの中、敏感に悟っていた。 「だけどひとつ、云っておく」 「何よ? 条件が必要?」 「―――俺に欠けるものを、きみが補うことはできない」 彼女の瞳が大きく見開いた。その驚愕に彩られた表情に、彼はどうしてそこまで自信を持つことができたのかと不思議に思った。それでもやはりと云うべきか、呆れることすらできずに 言葉を見失った彼女から視線を外し、あやすように嘯いた。 「……それを条件を受け取るかどうかは、きみ次第だ」 最後まで云えたかどうか、というところで、彼は席を立った。もう逃げだと云われても構わなかった。 だってここに停留する空気ときたら、あまりにも粛然としていたものだから。これに耐えることができるのは、よほど自信に溢れているか、若しくは神経の図太い人間だけだろうと彼は思った。彼はどちらも満たしていない。いつだって自信なんかひとつも無いし、常に細い神経を張り詰めている自覚がある。だから耐えられるはずなんてなかった。 会計を終えても、彼女は追ってこない。つまりは、そういうことなのだろう。そのひどく頼りないようでいて毅然とした背中を一瞥し、―――彼は、その背中をため息のために僅かに落とした彼女をひとり残し、呼び出されたカフェを出た。 ため息は、安堵か絶望か、意味については考えないことにした。 |
君 は 空 に 愛 さ れ た |
知っている。気付いている。そんなも のは疾うに。これは契約だ。心ばかり 血 を流す、_契約_なのだ。 |
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