退屈に埋もれる王子様の話
The sport of fortune
尖塔のマリオネット
 
Next.




「あっれ、イザーク。美形が台無し」
「……誰の所為だと思ってる」
「さぁねー?」


にやにやと。
本来、賓客が座るべきソファに堂々と腰を下ろし、剰え足を投げ出してすっかり寛いでいるラスティを、イザークは投げ飛ばしてやりたい衝動に駈られた。だけど悔しい哉、彼の云う通りに最近部屋に詰めていた所為で体力が落ちている上、寝不足でだるさを訴える身体は思うように動いてくれない。前はちょっと寝られないくらいなら全然支障なかったのに。この歳でコレはまずくないか、と思うも、そんな考えさえ億劫だと思う始末だ。
……不健康。確かに不健康かも知れない。
目の下の隈は、イザーク自身厭と云うほど確認し、何とか隠せないものかと試行錯誤してきた後だった。結果としてはどうにもごまかしようが無く、彼の白い肌にはくっきりと、黒ずんだ寝不足の証が刻まれている。


「なんだよイザーク。しっかり気になってるんだろ?」
「……別に」
「無理しちゃってまぁ」
「黙れ貴様」


ガン、と本の角で頭を打っても、ラスティは何処吹く風でわらっていた。いつもならばそろそろ臨界点に達したイザークにディアッカが気付き、調子に乗ったラスティを引っ張り出してくれる頃だ。しかし彼は今、彼自身による申請により辺境の地へ赴いている。
ディアッカめ、と思うも、一応彼の視察はごもっともな理由で行なわれているため、それ以上この場に居ない人間へ文句を唱える虚しさはそこまでで打ち切ることにした。


「でも実際、放っとけない話ではあるだろ?」


ラスティがゆうべ、眠れないこどもへする夜話のようにイザークに聞かせた話は、確かにイザークへ強烈な印象を与えた。
それはもう、今まで効率良く睡眠をとるために夢など久しく見ていなかったイザークが、久々に細部まで覚えているほどの夢を見てしまうほどに。しかもその夢の結末に驚いて飛び起きてから、気になって気になって寝付けなくなってしまうほどに。


「……おかげさまで、俺はほとんど寝られなかったけどな……」


ゆらり影を従えてラスティの方へ歩み寄ったイザークにはさすがにラスティも慌てたと見える。ストップストップと身体の前で両手を広げ、イザークの進攻を食い止めた。


「まあまあ。俺だって初めは気になって仕方なかったもん。当然っしょ」
「……何故そのときに云わなかった」
「そしたらお前、聞いてた?」


確信犯的な笑みをもって制する、その思惑を。厭という程読みとってしまったから、イザークは黙り込んだ。確かにラスティの話なんていつも眉唾ものばかりで、イザークからすればとんでもなく馬鹿馬鹿しい噂話ばかり持ち込んでくるのだ。だからいつだって話半分、というように聞き流していた。
今回に限ってラスティの話をきちんと聞く気になったのは、それはイザークが心身共に疲れ果てていたから、それに尽きる。そんな話で現実逃避をするのも良い、そう思った結果だ。
ならば、とイザークは考えた。ならば、ラスティの話は信じるには値しないものではないのか?
疲れているあまり今回は聞く気になっただけなのに、何をこんなに気にする必要が?
そんな疑いばかりぐるぐると持て余していたが、結局、イザークはゆるりと首を振った。……違う。ラスティの普段の行いだとか、イザークが疲れていただとか、そんなことを理由にすることさえ厭わしい。そう思ってしまうくらいに、イザークはその話をただ何の屈託も無く信じたかった。
忙しすぎて退屈な日々に一筋の光明。
今も塔に閉じ込められ、色の名の知識だけを所有物とするお姫様なら、この退屈を判ってくれるだろうか。
イザークはそっと自嘲のような笑みを零した。
眉間以外の顔の筋肉を動かすこと自体久しぶりすぎて、ぎしりと音が聴こえた気がした