-どうかどうかどうか-
DaZZLe
























プップー、と間延びしたクラクションが夜に染まった空気を切り裂き、鼓膜を刺激する。振り返ると、夜に同化したような色をした男がエレカから顔を上げていた。


「イザーク!」
「……ディアッカ。今上がりか?」


車道に駆け寄ると、目線で乗れと示してきた。有難く恩恵に肖ることにする。一瞬見られていたのかとドキリとしたが、なんのことはない、確かディアッカは今日この近くにある軍施設に視察に来ているはずであり、それが終わったとしたら時間も程良い頃ではあった。


「そうよん。お前が居なくてなかなか大変だったんだから」
「そこで俺が罪悪感を感じる必要は無いな。正式に休みを取ってある」
「そらそうだけどさ。そこで行く場所があそこって、どうなの」
「非難のつもりか?」
「いんや。心配してるつもり」
「ディアッカ?」
「―――お前じゃなくてね」
「ああ……」


既にザラ邸からは大分離れている。それでもイザークは思わず後ろを振り返った。もうザラ邸は屋敷の屋根のほんの先しか見えない。ザラ邸、という云い方はすこし違うかと、イザークは首を捻った。アスラン流に云うと、監獄だ。アスラン専用の。


「どう、アイツ? 生きてた?」


一言目、呑気に尋ねる単語ではない。だがもちろん、言葉通りの意味ではないとイザークも判っていた。


「だめだな。用でもないもんばかりつくって、用でもないことばかり考えてやがる」
「ひとりだとそれしかないんでしょ。で、用でもないもんって?」


アスランがアールツーだとか呼んでいた、お茶請けロボットのことを話すと、あろうことかディアッカは運転しながら爆笑した。笑っている場合ではないと思ったが、「それを商売にしないところがアイツらしい。ソレ特許取ったら多分すげーぜ」などと云うのですっかり毒気を抜かれて、イザークはシートにぐったりと凭れ掛かった。なんだか仕事よりも数倍疲れた気がする。


「それよりさ、ヤバイかも」
「何が?」
「何がなんでもアスランを屋敷から引っ張り出す動きが強まってる。特に今日行った支部はザラ邸に程近いからな。公然の秘密ったって、アスランがあの屋敷に引き篭もってるのは明白だからな。傀儡にするのかはどうかはともかくとしても、大人しく従う気はないだろ、アイツ」
「……、」


そうだろうな、と云い掛けて、何かが引っ掛かった。足りないもの。お前の役目だ。俺は待ってるだけ。アスランの抑揚の無い言葉が甦る。


「おい、イザーク?」
「そうでも……無い、のかも知れない」
「はぁ? どういうことだよ?」
「アイツは多分、アイツの望むことさえしてくれたら、歓んで人形にもプロパガンダにもなるだろうよ」
「なんだよソレ、どういう心境の変化?」
「いや、ただ……今日なんとなく、そう感じただけだ。アイツの考えなんて誰にも判らんさ。アイツ自身にもな」


吐き捨てるように告げると、ディアッカは笑った。不謹慎な場に相応しい笑いだと、イザークは思った。


「確かにそうだ。で、アイツの望むものって?」
「恐らくは……ラクス嬢やフリーダムのパイロットと、同じことを」
「同族意識?」
「違うな。云い方が悪かったか。別に同じ場所に行きたいわけではない」
「ああ……なんとなく判った。アイツの考えそうなことだ」
「全くだ。しかも、その役目を俺に委ねようとしている」
「あらら、好かれちゃってまぁ」
「貴様……」
「まあまあ。確かに、一番……適任では、あるけど」
「ほんとうに? そう思うか?」


クッ、と喉の奥を慣らして横目で見てみれば、相も変わらず飄々としたまま、


「対外的には、どうか知らないけどね」


どうにも無責任な言葉を放ってくれた。


「それに、アレだろ。どっちかって云えば良い傾向なんじゃん?」
「はぁ?」
「だって、生きてるだろ」


そうだ。生きてる。生きようと、している。だけどそれだけで良い傾向だと云われる、その事態の方がどうなんだ、実際。
考えるだけ無駄だと悟ったので、イザークは今一度、ザラ邸の方角を振り返った。当然だが、もう何も見えない。アスラン専用に用意された監獄。花の咲き誇った楽園のような場所で、ロボットと暮らす囚人。プラントの総意で外に出してはならぬと閉じ込められた、危険人物。イザークは、今日観てきた限りの屋敷の光景を脳裏に思い描いた。
毀された鍵は以前来たときよりも錆び付き、白い柵は朽ちて根本から腐っていた。外観だけ寂れていて、中に入ってみるとその色彩鮮やかなこと、妙にアンバランスだと思った。それはそのまま、アスランの精神状態に準えるような気さえした。
どうなのだろう。アスランにはしかりと錠の掛けられた、柵に囲まれたただの監獄に見えるのだろうか。それとも在るがままの姿を、見ないふりで楽園に仕立てあげようとしているのだろうか。どちらにしても、既に覚悟は決めているのだろうと、そう思った。そして、彼は、絶対に自分から出てくることはないだろうとも。


「生きて、いるだけ……良いと思ったんだが、な……」
「? 何? 何か云ったか?」
「いや、何も……」


アスランは、生きている。生きようとしている。……ほんとうに、そうだろうか?
ディアッカの言葉を借りて、漸くアスランの去り際に残した不可解な台詞に関しては謎が解けた。だけど、ほんとうに……それだけか? あれだけの覚悟を、受け入れているのに? ならば、あの花は?
あれは……餞じゃないのかと、イザークは唐突に思った。そうだ。そう思うと総てが納得行く。あれは、餞だ。死者への、手向けの花だ―――。