ロボットのつくった妙に絶品の料理に微妙な気分で舌鼓を打ち、屋敷を出る頃には既に暗くなっていた。道があってないようなものだから、とアスランは門までの見送りを申し出る。薔薇の迷宮に陥るだなんて笑えなかったし、暗闇で話したいような気分でもあったからイザークはそれを了承した。 夜の静寂ばかりが色濃い薔薇の合間を抜ける。アスランは、イザークよりもその花ひとつひとつに見入っているようだった。 「花、を……」 「うん?」 「育てて、それで何になる?」 「それ、さっきも訊かれた」 「納得がいかない」 「へぇ……なら云おうか。ここにはひとつ、欠けてるものがある」 「は?」 「足りないものを、補ってるんだ」 「……それが何か、判っているのか?」 「判らないよ。だから、どうせ補うなら、花の方が美しいだろう」 「……何と比べて?」 「……キャベツか、ハロ?」 気が抜けたので、イザークは追及を諦めた。 真実だろうと虚偽だろうと、もうどちらでも良いような気がした。ただ、なにかが足りないというのは事実だろうと思った。こんなに色鮮やかな薔薇でさえ、アスランがひとりで抱える屋敷の物哀しさを誤魔化しきれていない。償いか、皮肉。それもきっと正しいのだろう。 「イザーク、」 「なんだ?」 「また来るか?」 「二度と来ない」 「そうか。あのな、チェスに勝ったご褒美が欲しいんだけど」 「……来ない」 「うん。それは聞いたって。それでな、」 「聞いてないだろーが!」 怒鳴るなよ、とアスランは耳を塞いだが、イザークはその先を聞かずすたすたと先を行った。もう門が見えているので、案内なしでも問題無い。アスランはそれ以上近寄って来なかった。 (……見えてしまうからな) 見たくないものが。門まで来てしまえば、アスランが一番見たくないものがどうしたって見えてしまうから、アスランは耳を塞いだその場で、門に手を掛けるイザークをじっと見据えていた。 お陰で門の周囲だけ、花がなく寂しい。成る程確かに、花は何かを隠すにはちょうど良いのかも知れない。この庭に花もなければ、屋敷に足りないものは何なのか一目瞭然だっただろう。 「じゃあな」 余韻も何もなく去ろうとしていたのだが、アスランはその瞬間何か思いつめたような貌をしてイザークを呼び止めた。 「イザーク、」 「……なんだよ」 「俺はずっと、ここに居る。今までも、そしてこれからも」 「そうだな。貴様が逃げつづける限り」 「違う。俺は待っているんだ」 「なら、貴様が追いかければ良い。鍵も、鎖も、柵も。薙ぎ払うことくらい、貴様には簡単なことじゃないか」 「違う。俺はそうやって、ここに行き着いた。後はお前が、腹を括るだけ」 「……何故、俺が」 「イザーク。俺はずっと、待ってる。そのために、お前に託したんだ」 「……なに、を?」 ああそう云えば、さっきもそんなことを云っていたっけなと思い。そのとき、アスランは答えをはっきりとは云わなかったことを今更になって不思議に思った。 「お前の、役目だ」 「それはさっきも云っただろう。総ては貴様が背負うはずだったと。それを今更になって、俺に押し付けるのか?」 白けて云ってやったが、アスランは強硬な顔つきを崩さなかった。 「違う。それは力がどうとかではなくて、絶対に俺にはできないんだ」 「はぁ?」 「俺は受け入れたさ。だから次は、お前の番だ」 不穏な台詞だ、とイザークは思った。それはアスランの強張った表情にも後押しされる。眉を顰めて、どういうことだと意味を聞き返そうとした頃には、しかし、アスランは背を向けていた。拒絶だ、とイザークは思った。文字通り花の闇に掻き消えるその背中は、ただ拒絶に彩られていた。 |
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