「ああ、お茶のお代わりが来た。そうだ、RU、そろそろ食事の用意も頼むよ。二人分な」 お茶請けロボットとか云っていたくせに、食事まで兼用してしまうらしい。しかも勝手にイザークも食事を一緒に摂ることが決定なようだ。もうなんでもアリだな。イザークは今度は大人しく替えられたお茶を手に取った。 ロボットは平坦な抑揚のアスランの命令を受け止めたのか、目を交互に淡く光らせて再び後ろへ下がっていった。アスランはそれを満足そうに見遣っている。……了承、の合図らしい。よく何も操作せずに声だけで命令を認識してしまうロボットを、こんな閉鎖されたような場所で、しかもひとりきりでできるものだ。成る程確かに。脅威かもしれないと、イザークは巧みにフレーバーの変えられたお茶を啜りながら茫洋と考えた。アスランがこんな馬鹿げたことにばかり才能を無駄遣いしているうちは良いが、確かにMSなんかをいちからつくろうとしたならヤバイだろう。どうせそんな日は永遠に来ないだろうとも、同時に思ったが。 どうにも間の抜けた瞬間ができてしまい、さきほどの話を蒸し返す気には更々なれなかった。 「アールツー?」 「名前。略だけどな」 「……ハロじゃないのか」 「……そんな、お前。俺がなんにでもハロって名前をつけるみたいに」 つけてるだろうが。 思わずつっこみそうになったのをぐっと堪え、最初にお茶と共に出された焼き菓子を手にとる。見た目だけで美味しそうなそれを、掌ですこし玩びながら、ふと思い立ってイザークは訊ねた。 「こんなものまであのロボットはつくるのか?」 「ん? ああ、それを焼いたのは俺」 ぽとり。 思わずお菓子を落としたイザークを、一体誰が責められよう。製作者さえ、ああやっぱり……という表情で苦笑している。 「……お前が?」 「そんな驚かなくても良いだろう。第一、ここに居る限り自炊なのに」 「それはそうだが……いや、お前。こんな、模様のついたクッキーとか……?」 「なんだよその疑問形は。やってみると結構愉しいぞ? 材料計って、やり過ぎない程度に順番守って混ぜて。まるで爆薬か毒薬でもつくってるみたいだ」 「……食う気が失せた」 「なんだよ。お前のために愛情込めて、とか云って欲しかったか?」 「余計悪いわ!」 「そんな怒鳴らなくても良いだろう。あ、食事できるまでちょっとあるから、その間チェスでもしようチェス。うん、我ながら良い考えだ。機械相手だとどうせプログラム組むのは俺だから、面白みが無くてつまらない」 盤どこやったっけなどと呟きながらいそいそと席を立つアスランに、なんだかやりきれないものを感じて声を掛けた。アスランはさきほどまでの静かな表情を一変、今はひどく人間らしく見える。どちらにしても顔の筋肉があまり動いていないことに変わりはなかったが、それでも感じ取る何かが違った。 「貴様、俺が何か用があって来たとは思わないのか」 わざわざチェスの対戦相手を求めにきてるとでも思ってるのだろうか。そしてアスランは丁度良いからあわよくばロボットの実験台にでもしようとでも思っているのだろうか。 まさか、と考え始めたそれが、まるでいかにもありそうに思えてしまったので思わずイザークは身を竦めた。 「は? 用? 何かあったのか?」 「貴様……今頃……」 「だってイザークの用なんて、いつも俺を引っ張り出そうと勧誘にし来てるだけだろう?」 「は?」 「で、今日もまた失敗に終わった、と。違うか?」 そう向き合って訊ねてきたアスランの表情はひどく凪いでいて―――とりあえずイザークは、今まで抱いていた印象のうちいくつかは誤解であったのだと瞬時に悟った。 「貴様……まさか、」 「でもどうせ、俺はここから出られないんだけど」 にこり 絶妙のタイミングで業とらしいほどの笑み、奴は絶対判っている。だけど勧誘が失敗に終わったというその事実、それは真実に過ぎなくて、だからイザークはそれ以上何も云えなかった。否、もしかしたら本当にアスランは判っていないのだろうか。ひとつだけ確かなことは、アスランは今日はこれ以上何も語らないだろうということだけだった。アスランの思惑を推し量ることは、既に諦めている。判るわけないのだ。こんな思い込みが激しくて屈折した人間の考えることなど。いつだって信念にまっすぐ芯を通し、それに逆らわず生きているイザークが、ただ穏やかさだけを求めて彷徨っているアスランの行き場所くらいは判っても、考えまで理解すること到底敵わない。 けれどそれはそれで良い気がした。ここでもうコイツはだめだと見限りたくても、どうせまたイザークはこの家の門をくぐることになるのだろうから。そのときにまた、訊いてみれば良い。そうしていればいつかきっと、この牢獄を出る気になったアスランに出会えるだろう。また、イザークの前に羽ばたくあの力を目前にすることが、きっとできるだろう。そうでも思わなければ、やっていられなかった。 |
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