-どうかどうかどうか-
DaZZLe
























ギギィ、と大儀そうな音をたてて、玄関の扉を開く。
使ってない証拠だな、と苦笑しながら、アスランは力を使っていることをばれないようにドアを抑えて、イザークを中へ入るように誘った。
後をついてきていたイザークはそこでアスランを追い抜いて、そしてドアを閉めているアスランを振り返る。


「……なぁ、」
「なんだ?」
「自分で云うのもなんだが、俺はアポもなしに突然来た。なのになんで茶の用意ができてるんだ」
「君が云ったんじゃないか。茶くらい出せって」
「だから、それをどうやったのかと聞いている。これから用意するんじゃないんだろう?」
「見れば判るよ」
「俺の知らないうちに誰か世話役でも入ったか?」
「まさか、そんな。物好きも無駄金も、このプラントにあるはずもない」
「当たり前だ」


イザークの見る限り、アスランはずっと外に居て、花に水を遣っていた。そしてイザークの来訪に驚いた素振りを見せていた―――はずだ。それは確かに。そしてそれ以降、イザークはアスランと共に居た。なのにアスランはお茶の用意はできてると云った。一体いつそんな暇があったと云うのだろう? イザークの知る限り、この未だに全貌の知れない屋敷に、アスランはひとりきりで居るはずだと云うのに。
玄関から応接間までの、見知った道のりを悶々と考えつつ歩いていたイザークは、ソファーに座らされた瞬間その答えを知ることとなる。
ギィィ、ギィ、ウィーン、プシューという幽かな音を、たぷたぷと揺れる紅茶の水音に紛れさせながら近づいてくる、不可思議な物体。


「……―――なんだ、コレは」
「お茶請けロボット。正門のセンサーに反応して、人数に合わせたお茶を淹れてくれる仕組みになってる」


なかなか上手くできてるだろう?
今までになく嬉しそうに語るアスランが、それ以上の専門用語を次々と口から引っ張り出してくるのを必死で押し留め、イザークは蟀谷を押さえながら大きく息を吐いた。
―――ロボット。なるほど確かにロボットだ。頭が痛くなるほどに、いかにもロボットらしいロボットである。円筒形の頭に、丸みを帯びたメタリックボディ。無機質なのに愛嬌のある顔(?)。表情が変わらない代わりに目がときどきレインボーに光る。身体部分からは嘘くさいばねみたいな腕が伸びて、手は鋏みたいな形をしている。それほど大きくはなく、足はローラーなのだろうか、とにかく足と呼ばれる部位は無い。と云うか、まるで昔の宇宙間戦争を描いた映画に出てくるマスコット的なロボットまんまだ。どこでどう支えているのか判らないままトレイを乗せて近づいてくる様は、ロボットと云えど思わず「頑張れ!」と応援したくもなってくる。
イザークははらはらしながら最高級のカーペットに零しはしないかと御曹司らしからぬことを考えていたが、対するアスランはどこまでも愉しそうだ。イザークを出迎えたときどころか、花に水を遣っていたときよりよっぽど表情が外へ出ている。これは製作者の余裕だろうか、それとも単にイザークとアスランの性格の違いだろうか。考えるだけ馬鹿らしい。


「……これこそ、才能の無駄遣いと云うんだ」
「何を云う。タイミングばっちり。……味も、」
「は?」
「味だって、君の好みに仕上がっているはずだ」
「―――味……?」


ロボットが淹れた紅茶の、品評をしろとアスランが云っている。正直、怖い。淹れる瞬間を見ていないのだから尚更だ。だが今までになくこどもらしい、プレゼントを開ける前のようなわくわくした表情をしたアスランの前に、さすがのイザークもそれ以上我を通すこと敵わなかった。
ガシャン、と些か乱暴な音をたてて、ロボットがトレイをテーブルへ置く。そしてまたウィーン、と云いながら、後ろへ下がっていった。


「―――しまった。ここは失敗だな。もっと優雅にやってもらわないと」
「こんな無機質全開のロボットに優雅を求めるか、貴様は」
「だって俺がつくってるんだし」


アスランは当然、と云うように頷いてティーカップを持ち上げたが、イザークからしてみれば「だって」の意味が判らない。けれどここで追及してもどうせ混乱の増すだけだろうと今までの経験から悟ったイザークは、大人しくアスランに従ってティーカップを持ち上げ、香りを検分した。……すくなくとも、申し分ない。見かけの色の濃さ、香り、その点においては。まぁそれならさすがに、飲んでみれば噴出すような事態は避けられるだろうと思ったから、そのまま口をつけた。恐る恐るではあったが―――美味い。


「な?」


誇らしげに微笑んだアスランが何故だか憎たらしくて、イザークは顔を背けた。ちょうどその先に窓があったので、そこから見える景色を望む。
完璧に統制された箱庭。棘のある薔薇が蔓延る楽園……ふと、アスランは望んでこの庭を生み出したのかと取りとめも無いことを考えた。暇つぶしには、一番丁度良いんだ。いつかそう云っていたのを聞いたことがある。そのときは一瞬納得しかけたが、良く考えなくてもこいつのことなら、暇があったらこんな庭師みたいなことじゃなくて機械弄りにいくんじゃないかと思い直したのだ。百歩譲って庭弄りだとしても、母の意思を継ぐなり倣うなり、家庭菜園の域の方が合っているんじゃないだろうかと。土に塗れた姿はともかくとして、考え方としてはそっちの方がよほどしっくりくる気がした。……まぁ実際、こうやって用でもないロボットは相変わらず製作しているらしいが、それはそれとして。
償いか、或いは皮肉。その意味を図れぬほど、イザークは幼くはない。見たくないと云って目を背けていたこども時代は、疾うに過ぎ去った。だけどほんとうにそれだけだろうか。アスランがあんなに一心不乱と云っても良い程に花を育てるその意図は、ほんとうにそれだけだろうか? 薔薇に囲まれたアスランの浮世離れした姿は正直目を見張るものがあるけれど、イザークはあまりその光景が好きではなかった。