「ちょっと! なにやってんのアスラン!」
星歳時記
先ほどまでは意地でも自分から声を掛けるかという感じだったのに、そんなあっさり? と呆れ半分に首を傾げたアスランの様子は、どうも他の面々には違うように見えたようだった。
「え? 知り合い? にしては……」
「ちょっ、止めてくださいよ! アスラン困ってるじゃないですか!」
「何だ貴様!」
三者三様の問いかけにも構わずに、キラはイザークとアスランの方へ飛び込んで行った。(ちなみにイザークはアスランに手を握られたままなので、いまいち格好がついていない。)
アスランはそのキラの形相を何で? というように見遣っていたが、ニコルが本気でアスランに危害が及ぶと思っている様子なので慌ててキラが知り合いだということを証明しようとする。
「キラ! ……何だよお前、どうしたんだ」
「それはこっちの台詞だってばアスラン! なにそんな野郎と手なんか繋いじゃってんの!」
「これは友情の確認をしてたんだ」
な? イザーク、と問われても、いったいどう返したら良いのか、イザークは展開に付いていけずに戸惑っている。
「友情……? だからって手繋がなくても良いじゃない。それに、アスランには僕との紛れもない友情があるでしょ!?」
「そう云われても……」
「じゃあ何が不満なのか云ってみてよ」
むう、と頬を膨らませるキラは、さきほど取り澄ましていた顔とは打って変わって、むかしを彷彿とさせるものだった。ああ、単に不安だったのかも知れない、とアスランは思う。そしてまた、繋いだ手から伝わる熱もまた、実は内心混乱しまくっていたアスランを落ち着かせる薬となっていた。
(安定剤がふたつ……あれ?)
そこで改めて、アスランは自分の手の在処に思い至った。キラへ照準を合わせていた視線を、掌へ、そして正面の人物へと向ける。
「わ、悪いイザーク!」
慌てて咄嗟に繋ぎつづけていた手をあわあわと放す。それに、イザークは「いや……」と珍しく怒らずに歯切れの悪い返事を返した。
「……そこで何で顔を赤らめてるのかな〜?」
「キラ」
キラが業とらしいほどの笑顔でアスランをにこにこと見つめる。しかしその瞳は厭に真剣で、アスランは気を取り直してキラを見返した。ここでびびっているようでは、キラの相手なんてやっていられない。その点では、背筋を凍らせた周囲よりもずっとアスランは強かだった。
「えっと、」
「うん、何?」
「……そう云えばキラ、何で此処に?」
「ええ? そこからなの?」
キラがはーっとため息を吐く。すこし不機嫌そうなその態度に流されかけそうになって、アスランはいやいやと首を振った。
「だってキラ、プラントに来るなんてことひとことも……」
そう云えば、ついこないだ連絡を取り合ったばかりだと思うのに、キラは何も云っていなかった。聞き流しているはずは無いと思う。殺伐とした軍の中、キラとの会話はいつも清涼剤となっていたから、そんな重要なことをキラが云ったとしたら、例えあっさり暴露していたとしても必ず反応しているはずだ。……そう、キラのことだから、明日遠足行くんだーくらいの軽さで僕プラント行くことになったんだーとか云う可能性も大いに在るけれど、それを見越した上での結論でも、アスランは未だキラは月に居るものだと思っていた。と云うか回線がプラントからならすぐに気付いたはずだ。何の違和感も抱かなかったということは、やはりキラはわざわざ小細工をしてまでアスランにプラントへ来たことを隠していたということで……
「そう、そうだよアスラン! こんな僕の壮大なプランに何故ノッてくれないの!」
「はあ?」
「いつも飄々と澄ましてるアスランをこれ以上ないほど驚かせて慌てたところを見て愉しもうという僕の人生最大のサプライズが……」
「いや、俺はお前がそんなことを考えてる方がビックリだ」
「それにしたってさ! 『ええ……?』だよ!? それだけだよ? 何ソレ!」
皆さんもそう思いますよね!? とキラが見回した先のクルーゼ隊はぽかんとした様子で二人を見守っていて、とても展開に付いていけている様子では無い。
「えっと、つまり、二人は知り合いだったってこと?」
流石と云うか何と云うか、立ち直りが早いのはラスティだった。まだ正常な反応を示していない他のメンバーの中、唯一、二人に向かいお応えをどうぞ、とマイクを差し出すようなジェスチャーで促している。
「……え、僕のこと知らないんですか?」
「いや、キラ・ヤマトだっけ? それはさっき聞いたけど?」
今期赤服のトップでしょーと、何故今更そんなことをと不思議がりながら云うラスティに、キラの顔はどんどん青ざめて行く。しかも両手で両頬を抑えるオーバーリアクションのオマケ付き。思わずラスティは何これコント? と思ってしまった。
と云うか、どっかで見たことがあるような。
(あ、そうだ。ムンクの『叫び』)
何時だったか、芸術好きな先輩に見せられた画集を思い出す。なかなかインパクトの強いソレを、ラスティは画家の名と共にすっかり覚えてしまっている。何となく己の教養高さと記憶力の良さに自分で惚れ惚れとして、いやいやと心の中でツッコミをした。すっかりラスティの中ではコントということで結論が出ているが、自分まで巻き込まれて3人コントという有様は勘弁して欲しい。……いや、イザークが何処となくスパイスを効かせている気がするから、既に3人コントか。
しかしそんなラスティの内心には構わず、キラとアスランの掛け合いは益々ヒートアップし周囲を混乱と戸惑いの渦に巻き込んでいた。
「アスランー!」
「何だよ」
そんな叫ばなくても聞こえてるぞ? と眉を顰めるアスランに構わず、キラはアスランの肩に掴みかかってガクガクと揺す振る。
「君、僕の話してなかったの?」
「は?」
「『月にそれは仲の良い親友が居たんだ』とか、『俺にはキラが居るから気安く話しかけないでくれ』とか、云ってなかったの?」
「……はい?」
「何、アスランの中で僕はすっかり過去の男なの!?」
キラの爆弾発言にアスランが反応する前に、ガコン、という厭な感じの音が二人のすぐ近くで湧き起こった。
音の正体など、確認するまでも無い。今まで真横に居たのに放っておかれるどころか存在すら忘れ去られ様としていた、コントにおける隠し味イザークだった。彼が殴った壁には見事に亀裂が走っている。
「……一体何なんだ貴様等はさっきっから……!」
「え、ゴメンイザーク。何か気に障ったか?」
「謝ることなんてないよアスラン。すいませんけど其処のひと、今大事な話してるんで邪魔しないでもらえます?」
「ちょっ、キラ!」
「何アスラン、このオカッパ庇うの?」
「なんだとぉぉ!?」
「煩いってば」
拳を震わせながら立ち上がるイザークを、しっしっと追い払う仕草付きでキラが邪険に扱う。二人の剣幕に圧され、と云うかさっきから困惑の連続で既に反応し疲れしたアスランは総てを諦める想いで火花を通わせる二人を交互に見つめていた。
「何、オカッパって地雷なの? 自分でそんな髪形してるくせして?」
「貴様……!」
「でもそんな気はしたんだよね。だから始めはアスランの顔立てようと思って敢えて避けてあげたのにさー、自分が退かないのが悪いんだよ、オカッパ」
で、いい加減邪魔しないでくれる?
キラの瞳は本気だった。だが、それ以上に俯いて拳をふるふると震わせるイザークも、臨界点ギリギリまで来ているらしい。
(いや、イザークの場合は何時だって本気だから……)
キラは本気と云うよりも、イザークの人となりを既に認識して愉しんでいるだけなんじゃないのか、と。そう思いついたらもうそうとしか思えなくて、アスランは己の「ええ……?」というそれだけの反応の所為でイザークがキラのフラストレーションの捌け口となってしまったのではないかと心配になってきた。
それはちょっと、何と云うか…………申し訳ない、かも知れない。
でも普段は取り澄ましているイザークが熱くなるのはどうも己に対してだけらしい、という自覚のあったアスランは、キラの存在も同じように扱われているのを見て、これはアスランにとってもイザークにとっても良いことなんじゃないか、という気もしてきた。これでアスランばかりしつこい勝負責めに遭うこともなくなるのだし、イザークも熱くなれる存在が増えるというのは良いことだろう。
(……良いか?)
ちょっと良く判らなくなってきた。
ぐるぐるとアスランが考えている間にも、キラとイザークの抗争はつづいていて、周囲は更に呆気に取られている。
そんな光景を見回して、とりあえずこの状況だけは打破しなければ、と思ったアスランは、徐にさっきまで掴んでいたイザークの手と、久方ぶりの感触のキラの手を掴んで、その二つの手の皺と皺を合わせた。
アカデミーに今も耀かしい記録を残すエースパイロットは、華奢な身体付きで儚げな容姿でありながらその力はさすがとしか云いようのないもので、イザークとキラは驚いたこともあってアスランの為すが侭、しあわせ、をすることになってしまった。
「……おい、貴様」
「アスラン、何のつもり?」
「握手」
顔を顰めながら疑問符を浮べる二人に、アスランは見て判るだろと云わんばかりにその繋がれた手に視線を合わせながら重々しく頷いた。
「「は?」」
「仲悪いのは結構だけど、始めから合わなさそうだとは思ったし。イザークと俺も仲良くはないと思うし」
「貴様……!」
「え、何だよイザーク」
「パッツンは黙っててよ。それで? アスラン」
パッツン……? オカッパの進化系か? と疑問に頭を傾げながらも、アスランはイザークの怒りに思い至らぬまま真面目至極な表情でつづけた。
「でもお前達はこれから同じクルーゼ隊で共闘するんだ。たとえ気に入らない相手でも、背中は預けないとならない」
「それは、貴様は俺のことが気に入らないということか?」
「そうは云ってないだろ、イザークとキラの話だよ」
何で俺の話になるんだと横目で諌めたアスランにイザークは不可解そうにもともと寄せていた眉根を更にキツくさせる。キラはその様子にすこし満足そうに笑ったが、イザークに視線を合わせると厭でも目に入る、繋がれたままの己の手を見て厭そうに顔を顰めた。
「だから、握手」
当の二人の表情を決して見ていない辺り、確信犯なのは間違い無いのだろうが。アスランは満足そうにひとつ頷くと、背後を振り返ってミゲルに「悪かったな、時間取っちゃって」と告げている。
「ああ、良いよ。面白いモン見れたし。とりあえずアスランはソイツと知り合いなんだな?」
「ああ、月に居た頃からの幼馴染だ」
「そうだったのか、なら納得だ。じゃ、そこの二人を筆頭に親睦会を始めるとしますか」
その場を取り仕切ったミゲルの計らいで自然と視線を集めた二人は、ゴゴゴ……という効果音が聞こえてきそうな背景を携えて、口許だけの笑みでギリギリと手を握り合っていた。
「コレカラヨロシク……イザークさん、でしたっけ……?」
「ああ、貴様はキラ・ヤマトだったか……!」
その横でにこにことしているアスランが、また何とも云えない壮絶な光景を其処に生み出していて、クルーゼ隊は戦々恐々としながらミゲルの指示通りに席に着いた。―――が。3人の周囲だけはクレーター状態と化していて、誰が隣に行くか、ミゲル・ラスティ・ディアッカ・ニコルがいつまでも肘を突付き合っていた。