スザクは金曜から泊まりたがったが、コーネリア一家との会食があったので断った。
代わりに、土曜はじゃあ早めに行くからね! と宣言され、実際に朝食が終わってすぐくらいのタイミングでチャイムが鳴らされる。


「……なんだ、その大荷物は」
「うん、泊まろうと思って」
「それは構わないが……だからって、何もそんな旅行並の大きいボストンで来ることもないだろう」


大体スザクの家なんてすぐそこだ。何か忘れても、普通に取りに戻れば良いのに。


「こうやって形にしておかないと、ルルーシュはすぐ邪魔者扱いして帰そうとする」


荷物があれば、仕方ないなって云ってくれるはず! と変に自信満々のスザクを前に、ルルーシュは首を傾げた。


「……そんなことあったか?」
「なかったっけ? あれ、夢かな」
「オイ今変な単語聞こえなかったか」
「気のせい気のせい。あ、荷物ルルーシュの部屋持ってくよー」


休日パワーなのか、いつにも増して俺ルール全開マイペースのスザクに、全身の力が抜けるような感覚になる。


「ああもう好きにしろ。朝食は食べたのか?」
「うん、済ませてきた。こっちで食べたかったけど、そこまでお世話になるとさすがに呆れられるかと思って。食べたかったけど」
「はあ、」


そこでそんなに恨めしげに見られても困る。


「ちなみにメニューは何だったの?」
「クラムチャウダーと、バゲット。焼き立てをロロが買ってきてくれたからな。あとはローストチキンサラダと、フルーツやらヨーグルトやら」
「モデルさんのようなメニューだね……」
「なんだ、悪いか」
「いや、君たち美形一家には似合い過ぎだと思うよ。でも良いな〜。ルルーシュの作るスープ美味しいよね。まぁ何でも美味しいんだけどね」
「……ちなみにバゲットがまだあるから、明日はオニオングラタンスープにしようと思っている」
「食べます! 食べたいです! ください!」
「ハイハイ」


落ち着いてくれたようだ。いや、テンションは盛り上がってしまったので、文字通りの落ち着きを見せたわけではないようだが。
ほっと安心したルルーシュに、荷物を置いたスザクがどこかわくわくした様子で近寄ってきた。


「もう始める?」
「そうだな……早めに片付けるか」


今日は天気も良く、まだ朝の時間帯だがそれほど冷えるわけではない。外で行った方が良い作業もあるので、早めに始めた方が良いだろうとルルーシュは頷いた。
ひとりでのんびり、必要なときだけロロに手伝ってもらおうかと思っていたときは土日両方潰す覚悟だったが、たぶんスザクが居れば今日だけで終わりそうな気がする。そうすれば、明日はスザクが好きなように付き合ってやれるだろう。
ルルーシュの返事に了解、と答えたスザクがやる気もあらわに腕まくりをしたので、思わず吹き出してしまう。


「やる気満々だな」
「まぁね。日曜大工的なことも好きだけど、ルルーシュの役に立てることも嬉しいし」
「なんだそれは……あ、組み立て前の荷物はこっちに置いてあるんだ」


普段は使っていない部屋にまとめておいたものを見せようと案内すると、部屋の中を確かめたスザクが目を丸くする。


「へぇ…って、何コレ、こんなに買い込んだの?」
「模様替え、考え始めたら止まらなくなってしまって」
「ああ、それは判るけど……これ全部、オデュッセウスさんのお財布からだと思うとすごいな」
「家具にすればリーズナブルな方だが。確かに、まとめると結構な金額だな」
「だよね。僕が今後、オデュッセウスさんを見掛ける度に吹き出しちゃったらどうしてくれるの?」
「もちろんお前を悪者にして俺は兄上に付くぞ。と云うか、何故吹き出すんだ」
「いやぁ、ルルーシュみたいな弟が甘えてきてくれたら、って思うと可愛がっちゃう気持ちは判るけど、こんなにホイホイ買ってくれちゃうなんて、よっぽど……と思ったら、ちょっと面白くなってきた」
「なかなか失礼な奴だな。間違ってはいないあたりが余計だ」
「僕誤魔化してはっきりとは云わなかったけど、それで合ってるの?」
「ああ、云いたいことは多分合ってる。だがスザク、気付かないふりをした方が良いことも、世の中にはあるんだ。真実を云い当てて同情することが、必ずしも兄上のためになるわけじゃない」
「真面目な顔して良いこと云ってるつもりかも知れないけど、全然響いて来ないからね」
「なんだ、ノリの悪い奴だな」
「……君最近、C.C.さんに大分毒されてきてるでしょ……」


それこそ失礼な、と吐き捨てた。
母の友人としてこの家に入り浸っていることの多いC.C.は、同じように昔からこの家に居る時間の多いスザクと必然的に顔を合わせることが多くなる。それでもスザクが彼女に対し苦手意識があるのか、それほど仲が良いというわけでもなさそうだし、C.C.の愉快犯のような部分をあまり良く思っていない様子だったのに。
厭な顔を思い出してしまったが、だからと云って拗ねている場合でもない。


「まぁ、良い。最初は簡単そうなのからやるか」
「あ、うん。組み立てるだけじゃないのとかあるね。これ、板? どうするの?」
「ああ、本棚なんだが、既製品でサイズがちょうど良いものがなかなかなくて。いっそ作るかという結論に至った」
「へぇ。工具はどうしたの?」


結構揃ってるけど、と云いながら、ドリルを探し当てたスザクがもの珍しそうにまじまじと手に取って眺めている。


「本家を漁ったら出てきた」
「……ルルーシュが?」
「いや、オデュッセウス兄上が」
「……そっか……」
「何か?」
「いや、うん。何でもないよ。まぁ、始めようか……」
「ああ」


いざ作業を始めてみるとスザクは自ら宣言しただけあって手際も良く、着々と仕上げて行ってくれた。
いくつか小さな棚を組み立て、運ぶところまで手伝ってもらい、そろそろ一番面倒な本棚に取り掛かるかと云う頃には昼も近くなっていたが、それでもひとりよりはずっと早い。
中庭に出て芝生の上にビニールシートを敷き、ホームセンターで購入してきた板にやすりがけをしていると、何か愉しそうなことをしているとでも思ったのか、ゴールデンレトリバーのジノがうろうろと周りをまわりはじめて面白い。
鋸や釘が散乱していて危ないのですこし離れた場所で紐に繋いだままだが、近付こうとしてくんっ、と紐に引っ張られる、という動作を繰り返していた。首が苦しくないのだろうかと思うが、彼は始終笑顔だ。莫迦可愛くてたまらない。


「悪いな、スザク。疲れないか」
「いや、大丈夫だよ。やっぱりこういうの愉しいし。でもルルーシュ、ここまでのことをひとりでやるつもりだったの?」
「大変なところはロロに手伝ってもらおうとは考えていたが」
「それでも大変そうだけど。あれ、そう言えば今日ロロは?」


ナナリーはさっき居たけど、ときょろきょろと窓から家の中を眺めたスザクに、若干迷ってから教えてやった。


「お前が来るって云ったら、何処かへ出掛けてしまった」
「……随分な嫌われようだな……」
「夕飯は一緒だと云ってある。大丈夫だ、拗ねてるだけだろ」
「まぁ、君がそう云うなら良いけどさ……」


でも複雑、と云いながらルルーシュによる設計図と当たり線の通り鋸で板を切り落としたスザクが、ふと気付いたら汗を拭っていた。愉しいと云ってくれてはいるけれど、汗をかくほどの重労働かと思うとやっぱり悪い気もする。
そろそろ休憩を、と思うと、タイミングよく家の中からナナリーが「お昼にしませんか」と声を掛けてきた。
さすがはナナリーだ。気遣いが素晴らしい。


「時間もちょうど良い頃合いですし、そろそろお昼にしましょう、お兄様、スザクさん。ずっと休憩なしでしょう?」
「ああナナリー、ありがとう」
「良ければこのまま、このテラスで食べようかと思うのですが如何ですか?」
「良いね、そうしようか。スザク、」


珍しく真剣に取り組んでいたスザクに声を掛けると、話は聞いていたらしくぱっと顔を上げた。


「うん。あとこれだけやっちゃって良いかな。そうすれば、鋸が必要な作業全部終わりだから」
「じゃあ、準備しておく。あまり根詰めるなよ?」
「うん」


軽く手を振ったスザクを認め、食事の前にタオルも用意してやろうと思いながら、既にナナリーがある程度準備を進めてくれていた食事をテラスへと運ぶ。今作業している場所も、ジノも良く見える位置だ。
テーブルに総て並べ終わった頃、スザクもちょうどキリが良かったらしく汗を拭いながらテラスへとやってくる。服で拭こうとするなと窘めてタオルを渡し、テーブルの上を見てスザクが歓声を上げた。


「うわぁ、すごい! カフェみたいだね!」
「良かった、そう見えるように盛り付けてみたんです」


かごの中にバーガーとポテト、オニオンフライリングが乗せられていて、それは確かにまるで何処かのカフェで出てくるようなものと相違がなかった。さすがナナリー、センスが良い。


「これ、全部ナナリーが?」


スザクがわくわくした調子でナナリーに訊ねる。


「お兄様が朝のうちにほとんど準備してくださっていたんです。それを私がいま形にしただけで」
「へぇ、じゃあふたりがかりで用意してもらったってことか。光栄だな」
「スザクさんったら。チーズバーガーと、アボカドバーガーと、チキン梅じそタルタルバーガーにしてみました。それぞれ二個ずつありますから、お好きなものをどうぞ」
「え、どれも美味しそう!」
「ハンバーグを焼いたのは私ですが、ほとんどお兄様の味付けだから味は保証付きですよ。バンズまで手作りですから」
「そうなのルルーシュ?」
「ああ、どうせ作るなら徹底したくて。食事作るって約束だったしな、朝に焼いておいた。でも俺では、こんな風にセンス良く組み合わせられないな。さすがナナリーだ、ありがとう」
「いいえ、お兄様の用意があってからこそですから」


ナナリーといちゃついているあいだもスザクは迷っている様子だったので、優柔不断なのは珍しいなと思いながらチーズバーガーを手渡してやる。


「多分、これが一番熱いうちに食べた方が良いだろう」
「あ、そっか。そうだね。じゃあいただきます!」
「はい。朝の残りで申し訳ないですが、クラムチャウダーもどうぞ。ピクルスもありますよ」
「やった! 遠慮なくもらうね!」
「はい」


スザクの歓びっぷりにナナリーもくすくすと笑いながら、スープを差し出す。


「落ち着いて食べろよ。俺は二個も食べられないし、慌てなくてもなくならない」
「あ、じゃあスザクさん、全種類食べられそうですか? それなら、お兄様と私はひとつずつ、それと残りを半分こするのは如何でしょう」
「ああ、なるほど」


ナナリーの提案に頷くと、スザクもチーズバーガーを頬張りながら何度も頷いていた。


「ふたりがそれで良いなら、僕はもちろん三個行けるよ!」
「ふふ、じゃあそうしましょう。お兄様、チキンを半分こにしましょうか」
「そうだね。ナナリー、アボカドとチーズ好きな方を選んで良いよ」
「えっと、えっと、」
「悩むよね〜。判るよ、ナナリー」
「そうですね……」


妙に偉そうなスザクに突っ込みを入れそうになったが、ナナリーも真剣に悩んでいる様子だったので黙っておいた。
結局チーズを選んだナナリーと、チキン梅じその方を半分に切り分けてランチを楽しむことにする。
たまにジノが思い出したようにこちらに吼えてくる以外は静かなもので、そうしているうちに、家でのんびりする休日も良いものだなという気になってくる。いや、もともとそういう休日の過ごし方は好きなのだが、最近は遠退いていた。スザクの指摘通り、何かしらどこかへ出掛けていた気がする。天気の良い日こそ、出掛けずにこういう過ごし方をするのも良い。
ふと、先日の本家のリビングの光景が思い浮かぶ。先週も、天気の良い穏やかな日ではあった。
オデュッセウスもそうだったのかも知れないが、しかしルルーシュがいま感じる穏やかさはナナリーとスザクの存在があってからこそのものだ。ロロもいればもっと幸福を味わえただろうが、夕飯は皆で過ごせるだろうからまぁ良しとして、やはり何よりも愛する家族が居てこそなのだと実感する。……まぁ、かと云って自分がオデュッセウスにとってのそういう存在になろうとまでは思わないのだが。早くそういう相手か、人じゃなくても何か対象を見つければ良いのに、と他人事ながら思った。ジノのようなペットでも良い。


「なんか……良いよね、こういうの」


ぼんやりとルルーシュがもの想いに耽っていると、斜め横に座っていたスザクが楽々と二個のバーガーを平らげ、三個目を片手に持ちながらももう片方の手でポテトを摘んだ態勢で、ぼんやりとした調子でそんなことを云う。


「……こういう、って?」


慌てるなと云ったばかりなのにまるで独占するように食べ物を抱え込むスザクに、注意したい気持ちとすこしだけ用意した甲斐があって嬉しいような気持ちが綯い交ぜになって、どうしたら良いか良く判らなくなりただそれだけを訊ねる。


「なんか、のんびりした休日って云うかさ。日曜大工で家族サービスして、奥さんが準備してくれた美味しい御飯で幸せ感じられるって、すごい贅沢だよね。ルルーシュと結婚したらこんな日常になるのかなって」
「……途中から流れがおかしくならなかったか」


奥さんのあたりで咄嗟にナナリーのことかと思い、怒鳴ってやろうかと思ったが。


「え、何処が?」


スザクはきょとんとしている。


「私は良いと思いますよ」
「ナナリー!?」


突拍子もないスザクの発言にちゃんと付いて行っている様子のナナリーが、にこにこと爆弾を落とした。


「スザクさんは入り婿ということでよろしいですか?」
「そうだね。ルルーシュをもらうなら、そのくらいの覚悟じゃないと。僕ひとりっこだから親はなかなか納得しないかもしれないけど、でも説得がんばるよ」
「ゲンブおじさまはむしろ、お兄様にお嫁さんに来て欲しいかも知れませんね」
「ああ、それ云ってたことある。でもナナリーやロロからルルーシュを奪う気は更々ないから安心して」
「精々頑張ってくださいね。そうなったら私、小姑ですから。ロロと組んで、誠意を込めて邪魔して差し上げます」
「わー、怖いなぁ。やっぱり新婚のうちだけはふたりで部屋借りようか、ルルーシュ」
「何の話をしているんだ、お前たちは」
「将来設計だよ、ルルーシュ」


何を云っているのかと言わんばかりの表情をされてしまったが、俺か。俺が悪いのかとルルーシュは眉を顰める。


「いまも倖せだけど、そういう未来でもずっとこうやって休日を過ごせたら良いよね。でもルルーシュはやっぱり、こういうのより何処か出掛ける方が好き?」


いろいろと突っ込みたいところはあるのだが。本質の部分は頷くしかなくて、スザクもナナリーも変な話をしていたわりにやけに穏やかに微笑んでいるし、その言葉の魔力に、仕方なくルルーシュは肩を竦めた。


「……いや、悪くない」


ルルーシュを置いてきぼりで話を進めるくせに、こういうときだけ安心したように微笑むスザクの表情も。
そう、悪くはない。
……絶対に、云ってはやらないが。
しかし変に伝わってはしまったらしく、スザクもナナリーも更に笑みを深くしている。ジノがまるで羨ましがるようにわん、と一言鳴いて、そこで夢から覚めたような気持ちになった。
ナナリーもそれは同じだったようで、それでは、とピクルスを齧りながら仕切り直すように云う。


「おやつのときは、私が何か作りますね。スザクさんは、お兄様の手作りじゃないと物足りないかと思いますが」
「そんなことないよ! ナナリーだって大事な家族だよ。それにルルーシュから教わっただけあって、ナナリーの腕も相当だし」
「あら、ありがとうございます」
「待て、何しれっと家族発言してるんだ」
「妬かない妬かない、ルルーシュ。ナナリーの一番も僕の一番も君だからさ」
「誰がそんなことで妬くか莫迦!」
「照れない照れない」
「照れてなんかない!」


いつからスザクはこんなに話が通じなくなってしまったんだ……と思いながらも。そんなスザクでもこうやって傍に居ることに安心してしまうのだから、いっそ自分が情けない。スザクと別々に過ごすのもそれはそれで良いのだが、結局こうやって一緒に過ごすと、それが自然なような気がしてしまうのだから遣る瀬無い。
せめてもの抵抗として、そんなことばかり云ってると明日の朝食はお前だけただのコンソメスープにするぞと悪態をついておいた。
慌てて謝罪してくるスザクに気分がすこしだけ浮上して、それで。


(ああ……悪くないな)


何かがあるようで、何もないただの休日も。ふたりにはばれないように微笑んで、穏やかな日常に瞳を閉じた。










End.

ルルーシュがウさんに懐いてたらかわいいなと思ったんだけど、
あんまり純粋に慕ってはくれなかった。