月曜日は調子が出ない。
休みを引き摺っているつもりはないが、その意識とは裏腹に、週末のたった二日の間に怠けた身体からはどうにも上手く力が出ない。この時間、昨日だったら横になって寝られたのに、とついつい考えてしまう。考えながら、頬杖をついて寝る。
火曜日もまだあまり調子が良くない。まだまだ一週間は長いな、と思うと絶望的な気分になる。
水曜日あたりから、ようやくすこし調子が出てくる。
たぶん一週間のうちで、金曜の夜が一番元気だ。
日曜の夜あたりからテンションが下がってくる。
A Bright, Brilliant Stardust
「ルルーシュ、今週末の予定は?」
そんなわけで、月曜日の昼からスザクにそう訊かれたときは間髪を入れず、月曜から俺にそんなことを考えさせるな莫迦、と悪態をついておいた。
スザクは質問してきたときと同じように朗らかに、莫迦ってひどいなぁ、と笑いながらサンドウィッチにかぶり付く。ローストビーフ、アボカド&シュリンプ、ハム&エッグサラダと用意してやったが、ローストビーフが特にお気に入りだったようだ。一番好きなものを最後に食べようとする癖は昔から変わらない。
対するルルーシュは、自分で作りながら一番愉しみにしていたアボカド&シュリンプを真っ先に食べ終わっていた。スザクとは逆で、家族が多いと戦争なのだ。無駄に多い兄弟たち全員と一緒に住んでいるわけではないが、共に食事をする機会は意外に多い。遠慮などしていたら損をするだけ。当然ルルーシュは、ナナリーとロロは優先するけれど、他は構っていられない。以前中華の大皿料理だったときにエビチリとエビマヨが遠慮しているうちになくなって以来、ルルーシュは学んだのだ。
スザクと一緒の食事ならもちろん、スザクに好物を奪われるということはないが (意外にスザクはそういう気遣いはできる)、これはもう身に付いた性のようなものだ。
ルルーシュの方が食べる量が少ないため先にメインを食べ終わり、ぶどうを詰め込んだタッパーを開け齧りついたところで、スザクがあれ、と首を傾げた。
「あれ、それ、皮ごと食べられるやつなんだね」
「ああ」
昨日大量に買って来たものだが、結構甘くて当たりだった。
悪くない気分でもう一個と手を伸ばすと、スザクがなんだかおかしそうにしている。
「……なんだ?」
「ルルーシュがぶどうなんて珍しいと思ったんだ。いつも面倒くさいとか手が汚れるとか云って、僕にむかせるじゃないか」
「うるさい」
だから教室で食べるのは嫌いなんだ、とルルーシュはそっぽを向いた。
最近ルルーシュとスザクの間でブームとなっている屋上は、今日はあいにくの雨のため迷うまでもなく却下。昼食自体は用意してきているので食堂に行く気も湧かず、わざわざどこかへ移動して月曜日から力を使うのも面倒な気分になり、珍しく教室でそのまま昼食をとる流れになった。
週末に課題の出ていた授業が午後にあり、スザクが判らない問題があったので教えてくれと云ってきたのも理由のひとつ。わざわざ勉強用具を持って出歩くのも、或いは早めに休憩を切り上げ戻って来るのも億劫だ。
つまりはそういう、妥協するような理由がなければ滅多に教室では食べないのだが。
人の多いがやがやした雰囲気もあまり好きではないし、その上今日は雨が降っていて窓を閉め切っているため、人間くさい。教室を避ける理由はいくつかあったが、しかし一番の理由はコレだ、とルルーシュは人知れずため息をつく。
スザクの、空気を読む気など全く皆無の台詞。
案の定、スザクの台詞に教室じゅうから「えッ!?」という空気を感じる。何故スザクの声は大きいというわけでもないのにこんなにも良く通るのだろう。べつに俺がスザクに甘えているわけではない! と叫びたかったが、藪蛇になりそうだったのでぐっと堪えた。
「美味しそうだね。これ食べ終わったらもらって良い?」
「……多めに用意してきたから、それはもちろん構わないんだが……」
スザクは周囲の声に気付いているのかいないのか、常と変わりない態度だ。皮も一緒に食べられるなんて楽で良いなぁなんて云ってにこにこしている。それが妙に悔しかったが、あまりにもスザクは普段通りなのでこちらが気にし過ぎるのもまた癪な気がして、ルルーシュはぶどうを食べることに専念した。
スザクもぶどうに取りかかったところで、それでさぁ、と声を掛けられる。
「結局、今週末の予定はどうなの?」
ルルーシュの思惑など全く気遣わないスザクの再度の問いかけに、今度は隠しもせずはぁ、とため息を吐く。
「今から聞いてどうするんだ」
「だってルルーシュ、ちゃんと予約しとかないとすぐふらふらどこかへ出掛けちゃうじゃないか」
「は?」
「出不精かと思いきや、意外に行動派だよね。あんまり休日に家でじっとしてることってなくない?」
「……そう云えば、そうかも知れない」
放っておけば引きこもりになるタイプだと自己分析しているが、云われてみればちょくちょく何処かへ出掛けている気がする。まぁ、大体が連れ出された結果だが、とは思いながらも頷くと、何故かスザクは若干不機嫌そうだった。
お前も俺を連れ出す代表格のくせに、と心の中で突っ込みを入れつつ恨みを飛ばしたが、スザクの云いたいことはどうやらそういうことではなかったらしく。
「土曜日だって構ってもらおうと思って誘いに行ったのに、ロロに『兄さんは出掛けてます』って追い返されちゃったし」
「来てたのか。ロロからは何も聞いてなかったが」
「そりゃまぁ、ロロだしね。ナナリーだったら、きっと伝えてはくれたんだろうけど」
「おい、ロロがまるで仕事ができないかのような云い方はやめろ」
ルルーシュが何かを頼む前に自分から率先して手伝ってくれる、気の利く良い子なのに、と続ければ、今度はスザクがため息を吐いた。
「いやむしろ、仕事ができすぎるって話だけどね……」
「は?」
「兄から悪い虫を追い払うことに関しては、優秀すぎるって云うか……」
「なんだ、お前は悪い虫なのか」
「あ、いやしまった、いまのは言葉の綾で! 良い虫でお願いします」
「虫は虫か」
ふうん、と頷けば、スザクがそういうことじゃない、とがくりと項垂れる。それにすこし良い気分になったが、すぐに持ち直したスザクがまたしても同じ質問をしてきたのでげんなりとする。
「で、だから週末は?」
「何が”だから”なのか……」
「細かいことは気にしないでよ。用、あるの?」
深いふかいため息を吐いて肩を落としてやったが、当然スザクがそれに怯むようなことはなかった。判ってはいたが、これは気分の問題だ。
「用、ってほどのことでもないが。やりたいことがあるから、多分土日とも家に居る」
「え、珍しいね。何、やりたいことって?」
どこか嬉しそうに首を傾げたスザクから、何となく視線を逃し逃し答える。
「……昨日、色々と買い出しに行って。ホームセンターとIKEAに行って来たんだが、」
「IKEAって、あの、家具のお店?」
そう、と頷くと、スザクが不満に満ちあふれた表情をする。
「ええー、何ソレ。良いなぁ」
「良いなぁって、」
「僕も行きたかった! 誘ってくれれば良かったのに。てかルルーシュ、電車で行ったの?」
あそこって車の方が楽だよね、と考えながらスザクが云うのに、ああ、と頷く。
「荷物が多くなると面倒だしな。車で行った」
「車って……誰の? 車出すって云うと、ジェレミアさんとか?」
母の秘書を休日に呼び出して車を出させるほど常識知らずではない、と突っ込みたかったが、話が逸れるので口に出すのは止めておいた。
「いや、兄と」
「兄って……どのお兄さん?」
「オデュッセウス兄上だ」
「え! 意外!」
「そうか?」
「うん、休日に一緒に出掛けるくらい仲の良いお兄さんって云うと、シュナイゼルさんかクロヴィスさんかと思った」
「あの二人がIKEAとか…?」
「いやルルーシュ、云いたいことは何となく判るけど、それを云うなら君も大概だからね」
「何を云う。俺は良い物をできる限り安く手に入れる主義だ。そのためならどんな手も尽くすし、場所など選ばない」
「ホントに主婦だよね君はね……」
「悪いか?」
「ううん。将来有望で良いと思うよ」
「ふうん…?」
スザクはルルーシュにとって理解にしくいことを良く云う。云っている意味というか、意図が判らない。だがスザクの中では自己完結している様子なので、突っ込んで聞くのも藪蛇になる気がして、いつも放置だ。スザクが説明をしてくれたところで、理解できるわけではない。
にしても、スザクとルルーシュの話に周囲がかなり耳を傾けていて、そちらの方が気になった。シュナイゼルとクロヴィスなんていう有名人の名前が出てきたからだろう。一応発言には気を付けようと思うものの、それならばこそ問題はスザクの方にある気がして、ルルーシュはこっそりと嘆息する。
「でもオデュッセウスさんて、確か一番上のお兄さんだよね。まさか、ふたりで行ったの?」
「ああ。なんだ、まさかって」
「いやだって、そんなに仲良かったっけ? 年も結構離れてるよね」
「そうだな、ひとまわり以上だ。たぶん昨日も、兄弟じゃなくて親子に見られていたと思う」
「だよね。話してるとこなんて見たことなかったから、ふたりで出掛けるなんて意外。どういう流れでそういうことになったの?」
やけに食いついてくるな、と若干面倒に感じながら、たった二日前のことなのに妙に薄れている気がする記憶を掘り起こす。
「どうって……土曜日に、本家に行っていたんだが」
「あ、なんだ、そうだったの。それなら良いや」
「は?」
良いってどういうことだと視線で問い詰めれば、スザクはあっさりと白旗を上げる。
「僕以外の誰かと遊んだりしてたわけじゃないなら良いよ。家族ならしょうがない。それで、本家でどうしたの?」
スザクや家族以外の誰かと遊んだら、なんだと云うのだろう。
突き詰めて考えたくない気がして、ルルーシュはその勘に従った。
「……オデュッセウス兄上が、リビングで朝からのんびりコーヒー啜って新聞なんか読んでるから。もう良い歳して独り身で、仕事を愉しんでるとかならそれで良いとは思うんだが、シュナイゼル兄上ほど忙しいわけでもないようだし、せっかくの休日だって云うのに朝から実家のリビングでひとり暇そうにしてて。クロヴィス兄さんみたいな趣味もなさそうだし。しかもカリーヌ……妹が、リビングに入ってオデュッセウス兄上に気付いた途端、嫌ッそうな顔して避けるみたいに出て行ったものだから、何だか哀れになって」
「……何か僕まで哀しくなってきた」
男でそういう話に傷付かない奴は居ない、と判らなくもない持論でスザクは頷く。
「そうだろう。だから何となく見ていられなくなって、誘ってやったんだ」
「そこで上から目線なあたりがルルーシュだよね」
「だが判りやすいほど歓んで、良いって云ってるのに、たまには兄らしいことをさせてくれとか何とか云って山ほど買ってくれたからな、儲けた」
「……珍しくルルーシュに誘ってもらって、相当嬉しかったんだろうね」
使われてることにも気付かないなんて、という台詞を聞き流す。
「珍しくもないぞ。実は同じような流れで、ちょくちょくふたりで食事とかには行ってるから」
「へぇ? そうだったんだ、知らなかった」
「金を使う機会もないほどに暇なようだから、協力してやってるんだ」
胸を張るルルーシュに、スザクが怪訝そうに眉を顰める。
「……あの、ルルーシュ。ひとつ聞いて良いかな」
「なんだ?」
「あのさ。―――どこから策略だったの?」
声を顰めたところでオデュッセウス本人が聞いているわけでもなし、意味もあるまいにと思いながら肩を竦める。
「失敬な。土曜に本家に行ったのは、ちゃんと別件だ。そろそろ本棚を買いたさないとと思っていたのもたまたまだし」
「ああ、つまり、オデュッセウスさん見掛けた瞬間から金蔓のターゲットに決めたってことだね君ね……」
「人聞きが悪いが、まぁ否定はしない」
「しないんだ……まぁでも、ふたりで、って云うのは気になるけど。オデュッセウスさんなら人畜無害そうだから良っか」
「おい、人の兄を捕まえて何を……」
「あれルルーシュ、ナナリーとロロ以外の兄弟を庇うとか似合わないよ。どうかしたの?」
「バレたか。まぁ一応、付き合わせてしまったのは事実だからな。あとは、俺以外の兄弟に疎まれ気味なことも、確かな事実だ」
「……思春期の娘にそういう扱いを受ける父親の話は良く聞くけど、娘どころか結婚もしてないのに哀しいね……」
「そうだな。だからってわけじゃないが、俺から誘うからか可愛がられている自覚はあるので、俺以外が莫迦にしようものなら一応庇っておいてやろうという気持ちくらいある」
「なるほど……たまたま僕が見たことないってだけで、結構仲良かったんだね」
「ああ、それなりに」
「そうだったんだ……ルルーシュのこと何でも知ってるって思ってたけど、知らないことって意外にあるなぁ」
なんか悔しい、と呟くスザクに何を云っているんだと呆れ果てる。
「ストーカーかお前は」
「うん、本人公認のね」
「いや許可した覚えは全くないが」
「まぁまぁ。でもさっきの、別にオデュッセウスさんを 莫迦にしたわけじゃないよ。シュナイゼルさんとふたりよりは、オデュッセウスさんとの方がずっとましな気がする」
ああなるほど、と頷く。そういう意味なら納得だ。確かにシュナイゼルに比べれば人畜無害だろう。
まぁもともと、ルルーシュもノリで云ってみただけであって、スザクが本気でルルーシュの兄、しかもスザク自身はほとんど交流のないオデュッセウスを悪く云うようなことはないと判っているので、それ以上は突っ込まずにそうだな、と頷く。
「そうだな。シュナイゼル兄上とふたりで食事なんか行くと、完全に恋人としてエスコートされてるような気分になるな」
「ちょっと!」
「気分だ、気分。兄上がそんな扱いをしてくるってだけ」
「いや、余計悪いよ」
「弟をそんなふうに扱ってどうするんだろうな。練習台にするほど困ってもいないだろうに」
「いやホントだよね……ホントだよね !!」
「なんだいきなり。そんなに力説して……」
「いや、未だに睨まれるからさ……良い加減認めてくれても良いと思うんだよね」
「……認める?」
「うん」
えへへ、と笑ったスザクはなんだか照れてる様子で可愛いと云えば可愛いのに、何故だかぞわりと背筋をかけ上がるものがあって、ルルーシュは視線を逸らした。
「あれ、でもそれでIKEAがどうしたの?」
「え、ああ。本棚とか色々、買い込んできたから。週末はそれを組み立てようと思って」
ルルーシュがそう素直に答えると、スザクはぱっと顔を上げた。
「何それ面白そう!」
「え?」
「僕手伝うよ。売り物だから組み立ては簡単なんだろうけど、でもひとりじゃ大変でしょ。押さえたりとかさ、多分人手は必要じゃない?」
「まぁ、それはそうだろうが……でも、悪いし」
「良いのに、気にしなくて。僕結構、そういうの好きなんだよね。体育以外では、技術が唯一得意な授業だよ」
「ああ……そう云えばそうだな。しかし……」
いくらスザクとは云え、休日にそんな家のことを手伝わせるのはさすがに気が引ける。
だが、手伝いはロロに頼もうと思っていたが、スザクの方が力はあるし、もしスザクが手伝ってくれるのなら助かると云えば助かる。
唸っていると、スザクがあっ、と何かに気付いたように声をあげた。
「じゃあさ、ご飯作ってよ」
「飯?」
「うん。もし気になるなら、お礼はそれで充分だからさ」
スザクは特に誤魔化している様子などもないし、……むしろ尻尾を振っているのが見えるようだし、それは本心なのだろう。
この前の土曜日もルルーシュを誘いに来たと云うし、今のスザクはそういうモードなのかも知れない。友人と遊びたいモード。
「そうか……じゃあ、お願いしようか」
「うん、ぜひ!」
「お礼付きで頼むからには、扱き使わせてもらうからな?」
「はは、うん、了解だよ! 僕がんばるねルルーシュ!」
「ああ、よろしく」
ほら課題やるんだろと声を掛ければ、あっそうだったとごそごそ準備をし出して、それを待っている間に、わりと近くで食事をしていたシャーリーがこちらを見ていることに気付いた。
「……シャーリー?」
呼びかけると、妙に真剣な顔をしてこちらを見てくる。
「……何て云うかさ、」
「うん?」
「ルルとスザクくんの会話って、結構面白いよね」
あっゴメン聞くつもりじゃなかったんだけど!とシャーリーは身体の前で手足をばたつかせている。
一応気をつけていたので別に聞かれて困るような話はしていないし、普段教室にあまり居ない人間が居たら目立つのは仕方ないだろうと思うのでそれは構わないのだが。
「面白い……?」
「うん。テンポが良いって云うか。付き合いが長いからかな? なんか、夫婦みたい」
「良いこと云うね、シャーリー。ありがとう」
突然割り込んできたスザクがそんなことを云う。
「何故、お礼…?」
「え? だって嬉しいこと云ってくれたから、お礼するのは普通だろ?」
「はぁ…?」
「それよりルルーシュ、ここ!この問題!」
スザクがテキストを指すと、シャーリーがあっゴメンね邪魔しちゃって。どうぞどうぞと離れて行く。
良く解らない会話だったが、スザクにせがまれるうちに忘れてしまったので、まぁその程度のことなのだろう。