救う者と救われざる者





仕事が一段落し、与えられた宿舎に戻るべく警邏を兼ねて夜の王宮を歩いていたスザクは、幽かな気配を感じて足を止めた。


(……なんだ?)


殺気は感じない。だが、随分と小さなものだったので、上手く隠しているだけかも知れない。
それでも誰かを呼んで大事にするほどではないだろうと判断し、足音を消して気配を感じた中庭の方へと足を踏み入れた。
騎士候とは云え、普段なら侵入を赦されないような場所だ。
理由なら充分にあるし、良いよねと誰にともなく云い訳をして荊を掻き分ける。できるだけ花には傷つけないよう注意を払ったのは、何も棘を気にしてのことだけではなかった。
気配を感じたのは、そう遠くではない。移動していないとすれば、この辺のはず……音を立てないよう慎重に狙いを定めていた場所に辿り着いた途端、スザクは息を詰めることとなる。


「ね、こ……?」


不逞の輩ではなかったのは大いに結構。
だが、王宮に猫が迷いこむということは、蟻一匹さえ見逃さないとでも云うような厳戒態勢の中では、非常に珍しいことだった。
スザクを驚かせた猫は、一本の荊の木の下にくったりと横になって静かに息を立てている。警戒を解いたスザクの気配にも反応はない。


(侵入者が連れ込んだってことは……ない、よね)


それはさすがに考えすぎというものだろう。誰かの飼い猫という可能性はもちろんあるが、それにしては……
怪訝に思ったスザクはそっと猫に近寄ると、蹲る猫に合わせて跪いた。自分が猫に嫌われているのは判っているので、近寄った瞬間ひっかかれはしないかと恐る恐る触れる。しかし想像に反し、猫は何の反応も寄越してこなかった。


「随分……弱ってるな」


近寄ってみて漸く気付いたが、猫の息はあまりにも静か過ぎた。寝ているわけではなく、視線はしっかりとスザクを見ている。暗闇の中で、瞳がキラリと光を帯びた気がした。
血の匂いは感じないのでどうやら大きな怪我はしていないようだが、何せこの荊の中なので、ところどころ切っているのかも知れない。
どうしよう、と考えた時間は、しかし、ほんの僅かなものだった。
嫌われてるのは判っていても、結局は猫好きなのだ。こんな小さな命を見過ごすことはできない。


(まさか、王宮で猫を拾うとは思いもしなかったけど)


とりあえずこっそり世話をして、元気になったら上司か己の敬愛する主にでも相談してみよう。彼らなら咎めることはしないはずだ。
弱っているとは云え自分に抵抗しない猫の存在に些か感動すら覚えて、スザクはそっと猫を抱き上げた。安定するように両手で抱いて胸の下へ寄せると、猫は小さくにゃあ、と鳴いた―――気がした。