学園GEASS
「ぎゃあッ!」
突如として割り込んだ下品な悲鳴に、とりあえずのしかかっていた身体を足で退くよう指示すれば、案外あっさりとジノは身体を起こしルルーシュから離れた。
「……鍵」
「あは、先輩が心配なあまり忘れてました」
「お前な……それでこんな侵入者を赦してどうするんだ。それこそ危険だぞ」
「全くですよねぇ」
含みのありそうな笑顔で頷くジノを横目に、ルルーシュは部屋の入り口で顔を青くさせる侵入者を見遣った。
「違うよルルーシュ! 鍵なんか掛けたら余計危ないじゃないか!」
良く判らないことを叫ぶ侵入者は、まともに相手をしたら疲れるだけだということは判っているのでとりあえずジノに任せておこうか。そう考え、肩を叩けばそれだけで意図を正しく理解したらしいジノは忠犬よろしくルルーシュを背後に庇い侵入者に立ち向かった。
「それはどういう意味かなぁ、スザク」
「どうも何もそのまんまの意味だよ。君が同室というポジションを上手いこと利用してルルーシュにあれこれ良からぬことを考えているのなんか僕にはとっくにお見通しなんだからな!」
「……お前のその思考回路の方がよっぽど危ういと思うが」
「大体ルルーシュ! なんで僕と同室じゃないんだよ!」
聞いているのかいないのか。いまいち判らない理論展開で主張を張り上げるスザクの云い分はもう何度も聞かされているものだったので、ルルーシュはまたソレか……と呆れに肩を落とした。何か他の話題でも持ってくれば相手にしてやるものを。
「耳にタコだ」
「今日の僕はいつもと違う!」
「はぁ?」
会話になっているのかいまいち自信がないが、繋がってはいるらしいスザクの出した話題にジノも反応したらしく、身を乗り出す気配があった。ちなみに今ルルーシュはジノの背中に庇われているのでスザクの姿は見えない。しかし、どこか誇らしげな声音にきっと強がったあの笑顔が表情を支配しているんだろうと想像がつく。
「寮長から言質とってきたんだ。ルルーシュ、今年は僕と一緒じゃなくて良いって云ったんだって?」
「ああ、云ったな」
それがどうしたか? と首を傾げれば、スザクはジノの横に回り込んでルルーシュの姿を捉えようとする。が、ジノがそれを制した。
「なんだスザク、それなら全く希望ないじゃないか」
「シャラップ! ぽっと出の男は黙ってろ!」
「えー……ごめんなさい?」
ジノは口調に反し、言葉尻には明らかに愉しそうな感情が滲んでいた。ルルーシュの目の前に拡がるのは大きな背中だけなので判らないが、きっと表情は素晴らしいまでに晴れやかな笑顔なのだろう。一応スザクも先輩だと今更思い出したのかも知れないが、態度がよろしくない。しかしそれはスザクとジノが年齢を気にせず遠慮のない友人関係を築けている証なのだろうかと、ルルーシュが注意すべきか迷っていると。その間にとうとうジノによる砦を突破したスザクがルルーシュの腕を掴んできた。
「……何だ」
「なんでそんなこと……。僕とロロが同室っていうのも納得行かないし」
「スザク貴様……ロロが気に入らないとでも云うつもりか!」
「貴様呼ばわり! いや違うよ。そうじゃなくて、君とロロの方が兄弟なんだし、自然じゃないかと思って」
僕と君が一緒に居る方が自然だけどね!
独り善がりの注釈は聞き流して忘れてしまうことにしても。確かにスザクの云うことも間違っては居ないので、このまま騒がせるよりは、とジノをそっと退けてスザクと向き合った。
というか良い加減黙らせたい。
いくらスザクが喚いたってもうルルーシュはジノと同室になったのだし、人見知りだったはずのルルーシュは既にジノに慣れ始めている。スザクの主張は胸に僅かな嬉しささえ齎せて響くのだが、このままスザクにばかりひっついているわけにも行かないのだから。
「云っておくが、俺から寮長に云ったわけじゃないぞ?」
「え? なにソレ、寮長からってコト?」
「そう。各学年の人数で上手く調整できないとか困ってたから」
「えー……でも敢えてルルーシュに云う辺りが、なんか策略っぽいものを感じるんだけど」
それは心底同意したい気分なのだが、その寮長の提案に乗ったのは間違いなくルルーシュだったので黙っていた。不穏分子を自分からまき散らすわけにはいかない。苦笑と共に僅かに肩を竦めるに留まったルルーシュの代わりに、ジノが疑問に首を傾げる。
「寮長が部屋割りまで決めるんですか?」
「ああ、そう。寮は実は生徒会以上の恐怖政治だ。だから寮長と仲良くなっておくと特だぞ」
「んー……。いや、多分私みたいなタイプは可愛がられないと思うんで無理ですよ」
「そうか?」
点呼時くらいしか直接交流はないだろうに、ジノは物知り顔で頷いていた。
「スザクもそうだろうな。だから先輩と同室にさせてもらえなかったんでしょう」
「……ナルホド」
判りやすい事例を用いた、判りやすい説明だ。つまりルルーシュは優遇されているということなのでどうでも良いが。
「なんかあのヒト、幼馴染は一緒にさせてくれないとかいう変な噂があるんだよね」
被害者をもうひとり知ってる、とスザクがぶつぶつ云っているが、ルルーシュはそれはそれで納得なような気もした。
「元からの知り合いよりと一緒にいるより、新たな付き合いをつくれってコトだろう?」
「くっそ、寮長め……」
横暴な……
低い声で呟くスザクに「悔しかったら俺のように可愛がられてみろよ」と告げれば、「ルルーシュはそれ以上媚売っちゃダメ!」と怒られた。とりあえず失礼な気がしたので一発殴っておく。
が、思いっきりやったつもりだったのに、ジノにまで微笑ましいものを見るような優しげな眼をされてしまった。
ムカつくことこの上ないが、これ以上やってもどうせまた恥をかくだけだろう。フン、と鼻を鳴らして横を向けば、ちょっとだけ黙り込んでいたスザクが思い出したかのようにこほん、と咳払いした。
「じゃあさあ、ロロはどうなの? なんで君じゃなくて僕と?」
「幼馴染の理論と一緒だ。折角寮生活っていう貴重な体験をするのに、兄弟同士だと意味がないだろって云われたんだ」
「うーん、それは納得できなくもない、けど」
「でも中等部の子は、いくら人数調整だって云っても普通高等部の奴と同室なんて厭だろ? その点ロロなら俺が居るから高等部の連中とも交流取りやすいし、年上の男に慣れてるだろうし……。でも、俺、ロロを他の奴に任せるなんて心配で……それで、スザクなら、って……!」
そっと眼を伏せて、ついでに胸の前で手を組めばスザクがう、と詰まる気配がした。もう一押しだ。
「で、その我が儘聞いてもらった代わりに、俺が後輩と組むことになったんだ」
「……そうなの?」
「ああ」
「……なんでソレ云ってくれなかったの?」
「お前が聞く耳持たなかったんだろ?」
「そ、それはそうだけど。でも僕に相談もなしって……」
「悪い。お前なら判ってくれると思ったんだ。でも、寂しい想いをさせてしまったのかな……」
「寂しいって云うよりは悔しいんだけど……」
「うん?」
「いや……うん。まぁ良いや。じゃあ来年はまた人数も変わるだろうし、ルルーシュは僕と一緒ね!」
「いや、俺はジノとが良い」
「「は?」」
またスザクと一緒の部屋なんてなったら、卒業の年なのにルルーシュはスザクから絶対に離れられなくなってしまうだろうし、ロロと一緒になるなんて家族から離れて生活している生徒たちの中ではきっと贔屓になってしまうし、だったら2人以外で唯一平気だと思えたジノが良い。
スザクの半強制的な希望を却下するために自然と口から滑り出した本音だったのだが。
途端、ルルーシュの演技に騙され大人しくなっていたスザクと、どうやら気付き感心していたらしいジノが勢いを取り戻し迫ってきた。力のある男2人に囲まれるというのはなかなか怖い。ルルーシュが咄嗟には反応できないでいるうちに、2人は突如捲し立て始めた。
「なんで!? ジノ、君なにかしたの?」
「そんな……先輩、そんなに私のこと気に入ってくれてたんですね!」
「聞けよ!」
「もっと素直に云ってくれて良いんですよ。私はいつだって受け入れる覚悟が、ってスザク痛いな! 良いところなんだがら邪魔するなよ!」
「するに決まってるだろ! 大体なんだよさっきからずっとお前らくっついて! 羨ましいんだよコノヤロウすぐに離れろッ!」
「厭だね! 大体先輩から縋り付いてくれてるのにそんなもったいないことができるかっての!」
「ルッ、ルルーシュからだなんてそんなッ……恐ろしいことを云うな! 気の所為にきまってる!」
「じゃあ見てみろよこの先輩の手を!」
「そりゃそのちょっとだけそっと腕を掴むのなんてまるで慣れない初デートで恥じらいが出てるみたいで可愛いけど、って怖いことを云わすな!」
「認めたな! ほらほら、先輩は私が良いんだってよスザク。大人しく部屋に帰るんだな。先輩の居ない部屋に!」
「煩いッ! ルルーシュとジノをこのまま2人っきりにさせるなんてそんな恐ろしいことができるか!」
話題に出た瞬間腕なんかパッとジノから離したのに、2人の云い争いは留まることを知らない。ルルーシュの話題のようなのにルルーシュは蚊帳の外だ。
正直ものすごく煩い。キンキン頭に響く。怒りたいが、かなり大声で云い合っているのでそこに割り込むのは至難の技のような気がして開きかけた口を閉ざし、擡げかけた勢いは溜め息に発散させた。するとどっと疲労感が押し寄せ、そう云えば俺体調不調だったんだっけなぁ、と今更ながらに思い出す。気持ち的なことが大きいので昼間は休日を感受すべく寝ていただけだったが、なにやら今になって本格的に胃が痛い。
さてどうしようかと。彷徨わせた腕は、そのときちょうど震えた携帯のバイブに咄嗟に伸びた。ほとんど事務的にそれをポケットから取り出すと、リヴァルの名が液晶を光らせている。
すぐに止まったのでどうやらメールのようだが、今日休んだルルーシュに対し一体何の用だと云うのか。生徒会関連の面倒くさい用件だったらソッコーでゴミ箱に突っ込むだけだから良いのだが、ジノの出勤要請だとしたら勘弁してもらいたい。自分で迎えに来いと云いたい。そんなことを考えつつ開くと、しかし。
Sub ::: 腹減った↓
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どーせ元気なんだろ?食堂の味
飽きちゃってさー。バイク出すから
外行かね?
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なんて素晴らしいタイミング且つ内容のメールだろうか。
いつの間にかお互いの胸ぐらを掴み合っている2人に仲良いなぁという感想を抱き、そっと脇から抜け出す。どうやら本気でルルーシュは視界に入っていないらしかった。それはそれでムカつくのだが、巻き込まれるのはそれ以上に厭なので怒鳴りつけたい気持ちをぐっと堪え気配を消して部屋から出る。
喧しい声を背後、できるだけ廊下に響かないよう小さめに開けたドアを閉めれば、リヴァルは斜め向かいにある彼の部屋の前で待機していた。部屋から滑り出たルルーシュに気付きニヤリと笑う。つまりは、アレか。さすが悪友様ということだろうか。
「……助かった」
「あー、やっぱ? スザクがすげー形相で部屋入って行くなーと思ったんだよな」
でも、メシ行きたいのもホント
にっかり笑った顔に、こんなに癒されるなんて思わなかった。疲れと呆れと逃げ出せた安堵と、色々な感情が渦を巻いて深い溜め息となる。リヴァルはそんなルルーシュに「お疲れさん」と声を掛け、軽く肩を叩いた。
その感触に、普段なら仮令僅かでもボディタッチを赦さないルルーシュだが今回ばかりは妙に安堵する。漸く現状が現実感を帯びた、というか。
ドアを閉めてさえ何やら漂う不穏な気配と物音に、早く離れたい一心でリヴァルを促し歩き出した。
「ライは良いのか?」
リヴァルは同室の人間とかなり上手くやれている部類だろう。元から友人同士というのもあるが、何と云うか穏やかだ。そういう関係が羨ましい。
食事もいつも一緒というわけではなく、各々好き勝手にやってる辺りが適度に突き放していて良いなぁ、と思うのだが。その辺りスザクはもちろん、ジノにも期待できそうにない。
何はともあれ、さすがに外食するなら一緒に行きそうなのに。リヴァルと同室であるライの姿が見えないので尋ねれば、リヴァルはああ、とすこし残念そうに頷いた。
「誘ったけど、今月は妹へのプレゼントで厳しいから節約するって」
「へぇ? なんて格好いい理由なんだ。俺もこれから断るときはそれで行こう」
「つまり嘘ついて断るときはってコトだよな」
「スザクなら納得しそうだろ?」
「まーねー……。今宣言したからには俺には通用しないって一応云っとくぜ。ライはホントだろうから良いけどさ。どっちにしろシスコン同士の会話には俺はついて行けないし」
「お前も妹が居れば仲間に入れてやったのに」
「妹が居る人種みんなお前らみたいだと思うなよ」
「そうだな。お前の妹も可愛いとは限らないもんな」
「ちょ、ソレひどい!」
「お兄ちゃんウザイとか。お兄ちゃんの後にお風呂は入りたくないとか。云われるタイプだよな、お前」
「マジっぽいからやめて! しかもその話するなら、フツー相手は父親だしね!」
アホな会話をしつつ、しかしナナリーにそんなことを云われたら俺はもうきっと実家に帰れないだろうと思ったりもして。そのうちに玄関に辿り着き、リヴァルが会話を中断させて振り返る。
外はまだ明るいが、夕闇が差し迫った独特の色合いの空がどんよりと待ち構えている。硝子越しでも、むわんとした湿気が迫ってきそうな気配がした。
「暑いし、ココで待ってるか? バイク転がしてくるけど」
「いや、追いつかれたら意味がないから一緒に行く」
大した距離じゃないだろ、とそのまま入り口のドアを開ければ、リヴァルも納得したように空笑いを返してきた。
「愛されてますねー、ルルーシュさん」
「安心しろ、お前もリストに入ってる」
「マジっすか」
なんのだよ、と巫山戯たように笑うリヴァルの笑顔の中、確かに嬉しそうな気配を見つけてしまい。俺の周りはバカばっかりだ、と外に出た途端予想通りの湿った空気に苛立ちを込めた溜め息を吐いたが、上手く響かなかった。