「俺は犯罪者と、馴れ合う気はない」 それは、彼の口から出た、辛辣な言葉。 いっぱいいっぱい云い返したかったけど、その台詞に間違ったことなんて何もなくて、その全てが真実で。 俺の喉に詰まったままの、この言葉の方がよっぽど気持ちまかせの、現実味のない言葉だった。 だから、何も云えない。彼の瞳すら、見れない。 体が氷ついたように冷たかった。 |
滅多に人に心を開くことがなくて、一見人当たりがよさそうだけど、それは猫かぶりの賜物で。自分のことは一切話そうとしないし、自分から人に質問するだなんて以ての外。 誰とでも話すけど、誰の近くにもいない、そんな人物。 気まぐれで、それなのに人は彼に惹かれる。もちろん、高校生探偵、という肩書きもその原因の一つに間違いなく挙げられるのだろうが、その整った容姿に、その容貌から発せられる空気に、まず人は惹かれるのだ。 そして、予想以上に高い壁。普通ならばマイナス要素に含まれるものであろうが、彼にとってはそれをも、魅了する要素の一つとなる。 そんな彼を、人は必死で気にかけようとする。滅多なことでは興味を示さない、彼を。 そして自分も、違い漏れなくその中の一人に過ぎなかった。だからこそ彼にとっては、今の自分は間違いなくその他大勢に含まれてしまうであろう。だから、思いつく限りの様々な方法で、彼の気を引こうとした。 夜の自分の姿ならば、向こうから興味を向けてくれるのに……なんて、苦笑まじりに考えながら。 時には得意のマジックをしてみたり、覚えててくれるなら、と多少やけくそ気味に"変なヤツ"も演じてみたりした。 自分は周りの人間と違って、興味本位ではなく純粋に仲良くなりたいのだから。探偵としての彼ではなく、昼の太陽の下で、笑う彼を見てみたい。 それはキッドとして彼に会っていたうちからあった願いであった。 そして、努力の甲斐あって、彼の"友人"というポジションまで上り詰めたのだ。それでも、知り合いのレベルですら人と係わり合いを持ちたがらないあの探偵にとっては、大きな存在であることは確かだ。 ここまで順調だし、これなら念願の恋人までもあと少し? なんて考えもあった。 最初のうちは、たしかに興味があっただけかも知れない。でも、次第に抜け出せないところまで来てしまった。 気まぐれで、何にも興味を示さない。 そんな彼を何とかして、自分に振り向かせようとした。キッドとして対決するよりも遣り甲斐がある。 彼の魅力に、とっくに囚われてしまっていたのだ。 次第に深まる、独占欲。 そして気付く。その時、彼の側に居た誰よりも近くに居る自信があったからこそ、気付いた。"友人"という立場に立ってすらも、自分を見てはくれないことに。俺が話し掛けるから、答えているに過ぎないのだと云うことに。 "友人"と言う認識すら、彼の中には存在しないのだ。 そのことにショックを受けたのもあり、そんな彼が少し憐れだったのも、あった。 要は、自信のプライドと、ほんの少しの人間らしい気紛れが起こしただけの話だ。 "キッドとしてなら――探偵である彼の探究心、好奇心、向上心、全てをそそる条件を持ち合わせるキッドとしてなら、自分を見てくれるのだろうか―――" そんな疑問が浮かんだのはいつからだったか。もともと、後ろめたい気持ちはあった。以前は、欺き通してやる、と思っていたけど。 そうしたら、あの麗しき光の人は少しでも興味を示してくれるのだろうか。 これは"賭け"。 どうせ、このままでは何も進まないのだし。 ―――つまりは、夜の姿の自分を、見せた。全てを話した。 何処までも深い、その青い瞳を見ながら、俺は全てを話した。 最初に浮かぶのものは、きっと驚愕だろうと賭けた。 賭け金代わりになるものは、キッドとしての未来と黒羽快斗としてのこれからの生活。 相手も、同じように未来を賭けるのだ。 現実は厳しかった。 結果を言えば、俺は賭けに負けた。 彼の表情に現れたものは、驚愕でもなければ、拒絶でもなかった。 其処にあったのは、"虚無"。 「俺は犯罪者と、馴れ合う気はない。」 それは、彼の口から出た、辛辣な言葉。 いっぱいいっぱい云い返したかったけど、その台詞に間違ったことなんて何もなくて、その全てが真実で。 俺の喉に詰まったままの、この言葉の方がよっぽど気持ちまかせの、現実味のない言葉だった。 だから、何も云えない。彼の瞳すら、見れない。 体が氷ついたように冷たかった。 飲み込んだ言葉が、出てくることすら許されず、ただ、遠ざかる背中を呆然と見詰めていた。 『俺は新一が好きだから、純粋に仲良くなりたかったんだ……』 |
続く。 |