「戦場へ向かう兵士にとって、邪魔なモノはなんだか知っているか」


始め、その言葉がまさか己に向けられているとは思わなかった。
まるで低く唸る、呟きのような小声だったし、なにより質問にしては、それは随分と語尾が平坦だったものだから。
けれど、今、アスランの側に居るのはイザークだけだったし、何より、今の状況で話ができるのはお互いしかいなかったから、それは必然と云えば必然だったのかも知れない。


「え……?」


質問の意味が判らなかったわけでは無い。ただ、意図が判らなかった。イザークが今此処でその内容についてこの己に質問する、その意図が。
イザークもそれは承知の上だったのだろうか、チッと小さく舌打ちし、視線を躱してふんぞり返った。


「良いだろう、暇なんだ」


付き合えよ。
イザークが己とまとも(かどうかはこの先の展開を見ないと甚だ疑わしくはあるが)に会話をしようとすること自体、珍しいどころの話では無かったので、アスランはただそれだけのことで開目し、未だ視線を向かい合う自分たちの横へと投げるイザークを見遣った。


「で?」


何故会話をしようと思ったのか、その問答は省く気らしい。確かにそれは彼らしい、そう思ったアスランは、えっと、と前置きし、視線を此処では無い何処かへ彷徨わせた。
多分それは宇宙、だったと思う。
ザフトのパイロットであるアスランたちは、そこで命の遣り取りをすることが多かったから。イザークの言葉を借りるとするなら、兵士として。
イザークの態度はいつもと変わらず、自分から話を持ちかけたくせにイザークの領域からアスランを排除しようとしていた。だからこそ、アスランはイザークの求めるような己の姿をつくり出し、その虚像の己が云いそうなことを、推理して答えた。
危険だ、と思った。
今此処で、もしかしたら歩み寄ろうとでも思っているのかも知れない彼に、真実の己を曝け出すことはあまりにも危険だ。常と同じように、アスランを虚仮にする材料を探ろうとしているとしても尚更。


「覚悟、かな……」


死ぬ覚悟。殺し、殺される覚悟。そんなものは深いほど却って邪魔にしかならず、ただ兵士は訴えかける感情を受け流し機械的に命令を聞けば良い。


「フン」
「なんで其処で鼻で嗤うんだ? 人それぞれだろう?」


だからお前はわざわざ俺に聞いたんじゃないのか。
兵士ひとりひとりに同じことを聞いて、その答えの統計を取っているのかも知れないと、アスランは半分本気で思っていた。そうでなければ、イザークからアスランへ勝負事以外で話し掛ける理由が思い至らない。
けれどイザークはそんなアスランへ苛立つように眉を寄せ、そこで初めてアスランへと視線を向けた。


「人それぞれ違うものなど、ただそれぞれの胸の内に秘めておけば良い。だが、共通するものも在るんだよ」
「だとしても、それだってイザークの持論だろう?」
「俺の世界に通用する論理としては、例え持論だろうと何ら問題は無い」
「……君らしい」


今一度。イザークはハ、と小馬鹿にするように嘲笑った。
悔しいというよりは、それでこそのイザークだというような感慨が湧き起こる。


「それで、君の世界で、兵士に余計なものとは一体なんなんだ?」


純粋に。そう、純粋に。
いつもなら受け流すようなイザークのその持論を、聞いてやっても良いかも知れないという気になったのは
それはきっと、彼の云う世界というものをすこしだけ見てみたい、という気がしたからだ。いつになっても、寧ろ時を経、数々の戦を経験するほど安定しない揺らぐ景色を、支えとするヒントくらいにはなるかも知れない。


「聞きたいか」
「聞いてやっても良い」


厭に自信をもった様子が鼻につく。そんなアスランのその返事に逆上するんじゃ無いか、という懸念は在ったけれど、イザークはその挑発には乗らず、やはり口端を業とらしく上げ、そこにすこしの隙間をつくった。


「―――感傷だよ」


常ならば据えようともしない視線を、今ばかりはしかりとアスランの瞳へと寄せ。そう云えば、この色合いの瞳をこの角度から見るのは初めてだと、思った。虹彩が今まで思っていたよりも意外に濃かったと感じたのは、其処に決意のようなものを秘めている所為だろうか。


「……なにが云いたい」
「別に? 貴様がそれになにか思うところが在るのだとしたら、貴様が邪魔なものを背負う兵士だということなんだろうな」
「忠告か?」
「……戯言だ」


それこそ珍しい、と。
イザークが意味の無い会話を(特に己とだなんて)するはずも無いから、やはり今のは忠告、或いは喚起、若しくは単なる苦情であったのだろう。


「ひとつの参考として、胸に留めておくよ」
「それが貴様にとってなんの役に立つかまでは知らんがな」
「別に良い。それでも、考える切欠にはなる」


今完全に別たれる途が、またすこしでも君の途と重なったら、そのときにまた話くらいはしよう。


オレンジに透く光が、まるで和らいだように感じる錯覚の中、アスランはイザークへ背を向けた。
イザークも今度は何も云わない。ただ、背中に突き刺さるような視線を感じる。その自慢の銀髪は、夕焼けの光に曝されて、きっと綺麗な色合いで瞬いているんだろうな、と今になってきちんと見なかったことを後悔した。
けれど別に振り返ったりはしない。イザークもそれを望んでいない。

それでも、今一度
出逢う機会が在ったとしたら。





そのときこそは、素顔の己を曝け出せたら良い。