俺はきっと待っているんだ。















何を、とは問えなかった。





ただ左手を握り締めて、きつく固く握り締めて、込み上げる何らかの感情を耐えた。
其れらは一体何だったか。
怒りかも知れなかったし、悔しさかも知れなかったし、哀しみだったかも知れない。或いは、其れら総てか。
何にせよ、湧き起こる感情の犠牲を利き手ではない方の手を無意識に選んでしまった時点で、俺は負けていたのだろう。
けれどアスランはその勝利に誇らしげに笑うでもなく。その顔に浮かべる憂いに滲む染みをひとつ、増やすだけに留まった。その静かな牽制に俺の方が絶えられずに、此方を向かない顔に声を掛ける。
――その視線、その興味を惹く一切のものを振り切って、どうか此方に気付いて欲しい。


「そんなに宇宙を見つめて、その先に、一体何が在ると云うんだ」


デブリベルトじゃあるまいし、そんなところを見つめたところで、お前が探すような死体は顔を現したりはしない。
アウランは俺の質問にすこし考える素振りを見せたが、その迷いの隙を見せぬ瞳に、答えなど始めから決まっているのだろうと気付く。堪らなく気分が悪かった。馬鹿にしているわけではなく、俺へ、そしてアスラン自身へ、心構えをするための時間を与えられているだけなのだと判ってしまったから尚更だ。嘗めるのも良い加減にして欲しい。
闇の中、まるで何かの象徴のように静かに点在する光。例え人間が愚かにもその身を滑り込ませたところで、宇宙が遠いことに変わりは無い。いくつかの惑星がその目で見ることか可能になっただけの話だ。
その壮絶な拒絶を前に、アスランはゆるゆると首を振った。


「別に、何かを見ているわけじゃない」
「貴様のその瞳は、何かを探しているようだったがな」


間髪入れずに返された俺の声に、アスランは開目した。それが俺に対する驚きだったのならこれ以上に不名誉なことはないだろうと思うところだが、今のアスランはごっそりと表情が抜け落ちていて、まるで自分自身へ抱いた戸惑いを持て余しているかのようだった。


「そうか。それなら……俺は、きっと、待っているんだろう」


それはお前をその闇から救い上げてくれる誰かか。それとも、終焉の時を告げる鐘の音か。或いは、ほんの一時心を安らげてくれる何かか。
アスランは吐き出した声と共に目を伏せて、俺と話すことで吐露される想いの流出を塞き止めた。
ああ閉じてしまったと、俺は想う。それが意図的にせよ、己自身への敗北による無意識の行為にせよ、これで当分の間、アスランと外界との扉が開かれることはないのだろう。
きっと、待つものの姿があの翡翠の瞳の奥に渦巻いているに違いないのだ。





俺はきっと待っているんだ。そう云って分厚く外を隔てる窓の奥を見つめる瞳に、しかし、制覇する人間を次々と締め出す無慈悲な宇宙からアスランが待つものなど現れる筈はないと想いながらも、俺はそれ以上を問うことが出来ない。





何を、と。問うことができれば、何かが変わるというのだろうか。
それこそ、無言をつづける宇宙の前に、俺はゆるゆると否定の動作を繰り返した。




















そしてピエロするまで延々とつづく、
探り合い不可視のループ