★ ■ ★ ■ ■ ■ ■ ■ ■闇を千切って ★ 夜にばら撒く■ ★ ■ ■ ■★ ■ ■ ★ ★ |
「オイ、アスラン」 「……なんだ、イザーク?」 「さっきから心此処にあらず、と云ったようだが……」 「え、そうか?」 「ああ。何を考えてるんだが知らんが、もっと集中しろ」 「だが今は待機時間だ。俺が何を考えていようが自由だろう?」 無表情に告げられたアスランの言葉に、イザークの身体がぴくりと反応した。その様子を見てディアッカが意味ありげにため息を漏らしながら天を振り仰ぐ。 ……とは云え、彼らの上にあるのは空ではない。無骨なコンクリートと鉄筋に組まれた、薄暗い闇だけだ。 その下で、ディアッカが危惧した通りの論争の火蓋が切って落とされようとしていた。 最早ディアッカに止める気は起きなかった。それはもちろん、この状況を回避できるのならばそれに越したことはないのだけれど。こうなってしまった以上、彼らを止めるのはあの隊長にだってできるのか疑問なほどだ。 ディアッカにできることと云えば、大人しくこの場で彼らを煽らないようにすることぐらいのもので、味方のはずの彼らに対し気配を殺さなければならなかった。口でも挟んだが最後、イザークに「どう思う!?」だの「そうだろう?」だの、凄まじい勢いで同意を求められるに決まっているからだ。それにしたって、イザークも特に返事を期待しているわけでもなさそうな辺り適当に往なせば良いのかも知れないが、残念ながら、そこで湧き起こる虚しさを感じないでいられるほどには、未だディアッカは達観の境地に達してはいなかった。 イザークがこんなに他人に構うのは今まで無かったよなぁ、と思うも、それは歓迎すべきことなのかどうかいまいち判断がつかない。曝け出せる相手が居るというのは良いことかもしれないが、ちょっと行き過ぎだ、実際。聞かされるこっちが疲れる。 だから面と向かって云われている方はたまったもんじゃないだろうと、ちらりとアスランの方を盗み見ると、その顔にはでかでかと"うんざりです"と書いてあって、思わず吹き出しそうになって咄嗟に顔を引き締めた。あれは明らかに不貞腐れている。 だが、イザークに反し、こちらの方は良い傾向だと云っても良いのかも知れない、とディアッカは思った。アスランのザフトでの評判は、鉄扉面・無表情・冷徹、まぁその辺の言葉全部かき集めた感じだから、例え厭そうな顔だとしても、それが"表情"と呼ばれるものである以上は、それは歓迎すべきことだろうと思った。 ただ、それを引き出しているのがイザークだという事実にちょっと笑う。イザーク自身は一所懸命すぎて気付いていないだろうが、恐らくアスランにとっては、イザークの存在は他と一線を画しているのだろう。……例えその分類名が"ウザイ"だとしても、だ。恐らくは家族などよほど近しい者以外、総て"関係無い"若しくは"どうでも良い"のカテゴリに入れてしまうどころか意識の端にも上らせないアスランからすれば、イザークは異質な存在だろう。だからそれは良いことだ、多分。 ディアッカが物想いに耽っている間に、事態は一見落着したらしい。イザークは肩でぜーぜーと息をしていたし(そこまで頑張らなくても、と思い、同時にそこまでしないとアスランには届かないのかとも、思った)、アスランはアスランは頬を膨らませてそっぽを向いていた。……ちょっと、可愛いなオイ、とか思ってしまったのはナイショだ。 「はいはいお二人さん、落ち着いた?」 パチパチと手を叩いて注意を促せば、アスランは横を向いたまま視線だけちらりと此方へ流し、イザークは、首の骨が鳴りそうな勢いで振り向きギンッ、という擬態語つきで睨んできた。わぁ怖い。 「ディアッカ貴様、大人しいと思えば今まで何を……!」 「何って、今は待機時間じゃん。大人しくしてて問題ないだろ」 「……話、聞いてなかったのか?」 「お前らの痴話喧嘩聞いて何が愉しいのよ」 「〜〜〜アホかぁ! 作戦の話をしてたんだろうがァ!」 「ええ!?」 いつの間に話が逸れてんの!? よっぽど云い返したかったが、これ以上イザークの説教を聞きたくは無かったので大人しく謝ってみた。直情型な割に、その辺の融通は利く奴だ。案の定、ぐ、と詰まって「次から気を付けろよ」などとぼそぼそと呟くイザークを見て、損な性格だなぁ、と思った。思っただけで何も云わなかったが。 「で、何?」 「俺とアスランとで突っ込む。ディアッカ、お前は後方支援だ」 「……それだけ?」 「……そうだが?」 他に何が要るんだと当然のように首を傾げられた。 いやいやいや、それは作戦って云えんの? 問い返したい気持ちでいっぱいだったが、アスランも何も云って来ないということは異論は無いのだろうし、ならばツートップに意見などできるはずもない立場のディアッカはああそう、と軽く頷くに留まった。 だが目敏くイザークに切り込んで来られる。 「なんだその反応は」 「いやだって、それくらいしかなくね?」 そんな適当な作戦で、敬礼とか虚しすぎる。 だが結構形式に拘るイザークからすれば赦し難いものがあるらしかった。 「良いかディアッカ、確かに俺は指令する立場では無いが、」 「ザフトのために!」 こんな場所で説教はゴメンだ。 それに、なんとなく気付いていたが、イザークはアスランの前でちゃんとしたところを見せたいだけなのだろう。いじめたいが、良いところも見せたい。そんな行動に当てはまる年齢は疾うに過ぎ去っただろうと、ディアッカは必死にこみ上げる笑いを堪えた。 アスランは既に此方には興味を無くしたようで、またどこか判らない場所を見遣って意識を飛ばしているようだ。何を考えているのかはさっぱりだが、今見ればただぼーっとしているようにしか見えないのに、それでもいざ作戦開始して戦闘ともなればまるで鬼神と化すのだから、確かにやってられない。こちらがどんなにアスランを気に掛けたところで、アスランはそんなの俺の知ったことじゃないと云って嗤うのだろう。そして、そんな人物が居たことすら忘れるのだろう。だからディアッカはアスランのライバルの地位を早々に諦め、辞退した。力がどうこうではなく、此方を意識もしていない奴に敵うわけがないと、思った。一旦そうしてみれば軍の訓練はそう厳しいものではなかった。なんだ、と思った。なんだ、アイツがすごいだけなのか。それを理解するだけで、とてもとても楽になった。 だがイザークは絶対に諦めようとはしなかった。幼い頃からその粘着質な性格はこれでもかと云うほど思い知らされているが、こんなにコイツがひとつのことに執着するのも珍しい、と思い、或いはそれだけの何かをアスランは秘めているのだろうと思った。ディアッカは既にその任を降りたのだけれど。それでも、アスランが気にかかっていることは事実だから、まぁ精々頑張れ、と思った。それにそのおかげでイザークはどんどん強くなっているのだから、ディアッカにとっての重荷だったそれはイザークにとってはプラスになるのだろう。始めこそ置いて行かれる気がして悔しかったけれど、最近は段々気にならなくなってきた。そもそもあんなに無視されても尚突っかかっていける幼馴染の熱さが良い加減眩しくもなってくるというものだ。 「じゃ、お前等ふたりに任せたからな。ちゃんとやってくれよ」 「貴様こそ。後方支援はただ見てれば良いってもんじゃないからな」 「判ってるっつの」 フン、と高圧的に嗤うイザークの、その瞳の奥にある信頼をアスランも読み取ることができれば良いのに、と思った。同時に、アスランは決して他人の目を見て喋らないから永遠にそれは無理かもしれないとも思ったが。 ただイザークはディアッカのことだってちゃんと別の次元で気に掛けていて、実力を認めてくれている。一本気なようでいてちゃんと周囲を良く見ている。それに比べてアスランは、イザークとディアッカが互いに決起し合う中でも、すぐちかくに居るのに輪に入ろうとはしなくって、これがトップかとディアッカはそっと肩を竦めた。或いは、周囲を省みず自己と向き合い闘うタイプの方が能力的には優れているのだろうか? だとしても、例えばイザークとのこの作戦前の会話を無駄だと思いたくはない。そして、例えアスランには必要の無いものでも嗤って欲しく無い。 「おい、アスランも」 「……え?」 ディアッカの呼びかけにイザークが驚愕の表情でディアッカを見遣ってから、数拍遅れて漸く第一声が脳に到達したらしいアスランは、面白いほどイザークと同じ表情でディアッカの方を振り返った。 「後方は俺が護る。だから、任せたぞ」 「あ、ああ……」 「好き勝手やって来い」 「―――ちょっと待て。それは困る」 僅かに生まれたアスランと繋がる糸を、すこしでも強いものにしようと思って発した台詞がイザークの逆鱗に触れた。しまった。折角の交流をこのままではイザークに取られてしまう。 「今回は貴様と俺との協力戦線だからな! あんまり好き勝手に動くなよ」 「……お前こそ、俺の足を引っ張るなよ」 「な、んだと貴様ァ!!」 「おい、お前ら……」 呆れと疲れの入り混じったディアッカの制止に気付く様子も無く。ヒートアップするばかりの戦線を遮るように突如として響くアラート。その音に面白いほど機敏に反応し、同じ素早さで臨戦体勢に入ったふたりを、ディアッカは自分も同じようにしながら苦笑いで見守った。 ―――もしかしたら、思ったよりもアスランは俺らに対して無感情ではないのかも知れない。 それは実感ではなく、ほんの直感でしかないけれど。いつの日かそれをもっと感じ取ることができれば良い、と思いながら、戦場へと駆けてゆくMSの背中を見送った。 |
一方的ワンサイドゲームは終了。 |
(そして個人プレー開始) |