態が一向に改善しないについて。
永遠のループを巡る路に入り込み、途方に暮れて十二の正座を見上げるような気持ちがしたので、大人しく入り口に戻ることにしました。




















最近、イザークと会わない。

アカデミーの頃はしょっちゅう顔を合わせていたのに、ガモフとヴェサリウスで配属された艦が違ってしまった所為で、随分長いことあの耀く銀髪を見ていない気がした。
けれど、所属する隊が同じな分、まだ会える可能性は高いのだから良いのかも。
……なんて、そこまで考えてからアスランはハッと我に返った。

なんでまた、イザークに会いたいだなんて思ってしまったのだろう。

イザークはアスランのことを嫌っているくせにいつだってアスランにつっかかってきて、チェスだとか勝負をしたがる上にいちいち結果に文句を云ってくるものだから、艦が違うと知ったときは、これで漸く平和な生活が送れる、とほっとしたはずだった。
……なのにどうして。
しかも、あのイザークの喧しさが無いのはつまらないとかまで思ってしまうなんて、どうして。
誰も居ないヴェサリウスの閑散とした通路を歩きながら、顎に手を当てて唸っていたら、肩をぽん、と叩かれた。


「よッ!」
「ミゲル!」
「どうしたお前、そんな考え込んじゃって」
「いや……なんだか、最近平和だなぁ、って」
「なんだよソレ。コンディションレッドの発令出まくりじゃねぇか」


余裕だねぇ、紅服は。
揶揄するミゲルを横目で往なして、アスランはため息を吐いた。
紅服はザフトのエリートなのだから、兵の士気のためにも、謙遜すべきでないことくらいは判っている。けれどかと云って、良くしてもらってる先輩にまであまり大きな態度に出たくは無いというのが本音だった。


「それはそうなんだけど……いや、そういうことじゃなくて」
「何?」
「なんだろう……静かだなぁ、って」


首を傾げたアスランに、ミゲルは一瞬同じように疑問に頭を擡げようとしたけれど、すぐに何かに思い至ったように表情を耀かせた。そしてにやにやしながらアスランの肩を抱いてくる。


「な、なんだよミゲル」
「……お前、ホントに人との接触ダメな。そんなんじゃ女の子とまともに付き合えねーよ?」
「よッ、余計なお世話だ!」
「ま、良いけど。そうだよなぁ、最近静かだしなぁ」
「……なんだよ」
「いや、その平和の原因ってさぁ」
「?」
「イザーク、だろ?」


ぴく、と身体が強張ったのが判る。アスランが自覚したくらいなのだから、肩を組むようにアスランを抱き込んだミゲルには、その動揺は直に伝わってしまっただろう。


「……お前、イザークと何かあったの?」
「な、なんでそんな……」
「いや、だって、動揺しすぎだし」
「そんなこと、」
「あるって」


ミゲルはなかなかしつこく、解放してくれそうに無い。ミゲルが何を期待しているかは知らないが、別にやましいようなことじゃないと思ったアスランは、このまま引き摺って変に勘ぐられるよりは、と素直に観念した。


「別に……イザークがどうとかじゃなくって」
「うん?」
「俺もちょうど、静かなのってイザークが居ないからだよなぁって思ってて」
「なんだ、自覚アリ? まあイザークの奴、お前のこと見たら構わずにはいられないみたいだからなぁ」
「は……?」
「あ、そこは判ってないのな。イザークも可哀想に……。まあ良いや、それで?」
「いや、それで、ちょっとあの怒鳴り声が恋しいな、なんて思っちゃって、」
「は!? マジで?」
「ああ。で、そんな自分が悔しくって……」
「ぶっ……」


恥ずかしくて頬を染めながらそんなことを云うアスランに、ミゲルが豪快に噴出した。


「ミッ、ミゲル!」
「わ、悪い……いや、だってお前ッ……!」
「なんだよ、もうッ!」
「いやー、もう……。かッわいーい」


肩に回していた手を離し、ミゲルはアスランの蒼髪を撫でた。なでなで、というその感触に、慌てるというより訳が判らなくなったアスランは、身を引き両手を上げてミゲルの撫でる手を諌めようとする。


「ちょっ……」
「あー! ずるい、ミゲル!」


もがくアスランと更にそれを楽しむミゲルの間を引き裂くように、突如として叫び声があがる。
あるはずのない声に、ミゲルも動きを止めて通路の先を見遣った。


「お? ラスティ?」


その先には、オレンジを筆頭に、翠、金、―――そして銀、と派手な色合いが揃っていた。
アスランと同期のその四人が、本来居るべきガモフでは無くヴェサリウスに居ることにアスランは混乱して頭がついていけなかった。
ついでに、丁度話をしていた人物がすぐ近くに居ることにも。
―――ただし、傍目には何の変化も無かったのでアスランの態度は冷静にしか見えなかったが。


「もー、何やってんのミゲル。俺の可愛いアスランに!」
「誰がお前のだよ……」
「いやー、ついつい。だって本気でかわいかったからさー」


ミゲルはまたぐりぐりとアスランの頭を撫で回して、漸く満足したのかアスランはミゲルから解放された。
と、同時に、ラスティに抱き込まれる。


「ちょ、ラスティ……」
「アスラーン、久しぶりー! 会いたかったよ〜」
「はいはい。それは判りましたから、アスランをひとり占めしないでくださいね、ラスティ」


ぐい、とラスティを退けて顔を出したのは、アスランに懐いている年下の少年だった。


「ニコル……」
「はい。本当にお久しぶりです、アスラン」


にこやかな笑顔とは裏腹に、アスランを抱くラスティの腕をぐぐぐと力いっぱい離そうとしているニコルは、ラスティを引き剥がすことに成功すると、すぐさまアスランとラスティの間に入り込んだ。


「ああ、久しぶり。こっちに来るのって珍しいよな」


ちらり、視線を後方へと向けると、現れたときからずっと腕組みをしているイザークと目が合った。


「……何か不満か、貴様」


更に眉間の皺を増やしたイザークは、静かに地を這うような声を発した。
なんで怒ってるんだろう、と思ったけれど、静にしろ動にしろ、イザークは怒ってるところしか見たことがない気がしてアスランは気を取り直した。


「い、いや。皆が揃ってこっちに来るの珍しいから、何かあるのかなって」
「―――クルーゼ隊長がお呼びだ」
「隊長が?」
「あ、ヤベ。そうだった」


初めて聞かされた召集に目を丸くしたアスランは、背後でぼそりと呟かれたミゲルの言葉におそるおそる振り返った。


「……ミゲル?」
「まあそう怒りなさんなって。そういや俺、それでお前呼びに来たんだった」
「お前なぁ……」
「ま、良いじゃん。俺らもこれから行くトコなんだし」


一緒に行こーぜ、とラスティに腕を引かれながら、アスランはなんとなくちらりと後ろに居るイザークを見遣った。本当に他意はなくて、付いてくるかな程度に思っただけのことだったが、ミゲルがいやにニヤニヤして肘でつついてきたので、むきになって視線を逸らした。
そこでまたイザークが不機嫌のオーラを濃くしたことには気付かずに。ただひたすら、話し掛けて来るラスティやニコルの方ばかりを見るように気をつけた。


(ミゲルの所為で、変に意識しちゃうじゃないか)


そんなミゲルは既にそんな会話を忘れたかのように飄々としていたけれど。アスランはどうも背後の気配が気になって仕方が無かった。
―――会えたのは会えたけど、イザークが静かなままなら関係無い話のはずなのに。
ましてや、マゾじゃあるまいし怒鳴りつけられたいわけでもないのに。
なんで今、召集を知らなかったアスランに対し(ミゲルの所為ではあるが、いつもイザークはそんなこと構わずに「貴様がぼーっとしてる所為だ」と云って怒る)イザークが静かなことについても気になってしまうんだろうと、アスランは首を傾げた。

答えなんて、ひとりで考えていたって出るはずもない。
でもどうせ話したって今のミゲルみたいに遊ばれるだけだろうと思ったアスランは、ずっとぐるぐる同じことを考えていた。










※注釈 と云う名の云い訳
書き終えてから気付きましたが、ラスティはアスと同室なんだからヴェサリウスですよね、そうですよね…